【兼貞×絆】大晦日のテレビ
――十二月三十一日、夜。
「はぁ……」
兼貞のマンションで、俺はテレビを見ている。キッチンの向こうでは、楽しそうに兼貞が年越しそばの準備をしているけれど、俺は国民的な歌番組をまじまじと見据えている。いつか、審査員になりたい。
……。
一応今年は、俺もかなり売れたと思う。きっとこれは俺だけが思っているわけではないはずだ。多分、おそらく、きっと、絶対に!
来年や再来年は、もっともっと飛躍し、このままフェードアウトといった事態にならないように気を付けたい。頑張りたい所存である。
「絆、あとは蕎麦を茹でるだけだけど、どうする?」
「ん。どうするって……」
「年越しまで、俺は待てそうにないんだけど」
「お腹空いてるのか?」
「そうじゃなく。早く絆と一緒に寝たいって事」
「言ってろ。俺は今年活躍した有名人の確認に忙しいんだ。それに年越しそばは、年越しに食べるものだろ?」
適当に兼貞に言い返してから、俺はその後もテレビを凝視した。
するとさらりと俺の隣に座した兼定が、不意に俺の肩を抱き寄せてきた。
「絆って、意外とこういう番組好きなの?」
「へ?」
「俺って、年末にみんなが見るようなのって、あんまりこれまで見てこなかったから、何年ぶりにこの番組見てるんだろうって気分なんだよね」
「……まぁ。俺の家は年末年始は忙しいから、基本的には家族が家にそろってて……そうすると何気なくテレビをつけて、その……なんとなく見る。見てた。だから俺もそういう番組に出られたらいいなぁとは思う」
「そっか。じゃ、一緒に目指すか」
「……別に、兼貞となら一緒に出てやってもいいけど」
「あー、でも俺としては、来年も再来年も、二人っきりで過ごしたいかも」
「……」
それはそれで悪くないと言おうとして、俺はやめた。
最近、恋人としての仲がどんどん深まっていて、俺は兼貞の事も大切な家族のように感じる場合がゼロではない。たまにはある。今となっては俺もマイノリティの道に進んでしまったわけだが、それがいつの日か国としてもサポートされるのかは完全に不明な現在……俺と兼貞は、口では家族になれても、公的にそういうポジションになるわけではない。ただ別段俺は、それを寂しいとは思わない。隣に兼貞がいるのが分かっていて、そばにいられるこの瞬間が大切だから、別段俺は戸籍などにこだわりはない。
「絆。来年も再来年も一緒にいてくれるか?」
「兼貞こそ」
「絆が嫌だって言っても、俺はそばにいるよ」
兼貞はそういうと、チュッと音を立てて俺の頬に口づけた。
全く恥ずかしい奴である。だから、俺が照れてしまったのだって仕方がないだろう。頬が熱いままで、俺はチラリと兼貞を見た。そして――一瞬だけ、兼貞の唇に、触れるだけのキスをしてやった。すると虚を突かれたように兼貞が目を見開いた。
「絆……可愛い」
「黙ってろよ」
「ねぇ、絆? もっとキスして?」
「断る!」
「じゃあ俺がしてもいいか?」
「だから俺はいまテレビに忙しいと言ってるだろうが!」
結局そんなやり取りをしながら、俺達はベタベタしつつ、テレビ番組を見終えた。
現在画面には、除夜の鐘などが映し出されている。
「そろそろ茹でるか」
兼貞が立ち上がったのは、年越しが迫った頃だった。俺はその背を眺めながら、ふと考える。一緒にいるのだから、『よいお年を』と今更述べるのも変だろう。では、『あけましておめでとうございます』はどうなのだろうか? 新年になったら、俺はまず最初に兼貞になんて言えばいいのだろう。俺の気持ちを素直に述べるのならば、それは『好きだ』で終わってしまうし、恥ずかしいから口が裂けてもそんなことは言えないが。
「絆、出来た」
「食べる」
こうして俺達の年越しが始まった。
簡潔に言って、おそばは非常に美味である。兼貞は、ごく一般的な料理が本当に上手だ。今年は春先からほぼ一緒に暮らしているようなものだけれど、もう何度も作ってもらったから、俺もそれは知っている。あとは、俺も少しだけ、料理を覚えたのだったりする。
刻、刻一刻と年明けが迫ってきて、テレビからはカウントダウンの音声が流れ始めた。
まだ俺は、考えている。最初に、兼貞になんて話しかけようかと。
5,4,3,2――1。
こうして新年が訪れた。
「絆」
「兼貞」
俺達の声が重なった。すると瞬きをしてから、兼貞が微笑した。
「ん? なに?」
「あ、っその、そっちこそ」
「絆から話してくれ」
「――好きだよ」
結局俺は、本音を伝えてしまった。すると目を丸くしてから、兼貞が破顔した。
「知ってる」
「そ、そうか。それで? 兼貞は何て言おうとしたんだよ?」
「――愛してる」
「知ってる」
「新年一秒目から相思相愛の両思いだと確認できて、俺は幸せだ。絆、これからもよろしくな」
「ああ。今年もいっぱい、その……一緒にいような」
そんな風にして、俺達は新年を迎えた。
なお――ローラさんが享夜に結婚したいと繰り返し告げていて、法律的に、というか人間と人外であるし困難ではと、亨夜が困惑しながらも赤面する日が増加傾向にあるという話を、俺は新年になってから紬に聞かされるのだが、それはまだずっと先のお話である。
俺としては、兼貞と、これからもずっと同じ道を歩いていけたら、それで幸せである。