【二】







 お見合いパーティーが開催されるホテル・ヴェルバニアは、第五東京湾がよく見える立地にあった。地上三十階建てのホテルで、会場以外のフロアにはレストランやバー、客室が入っている。

 到着した依織はエレベーターに乗って、橙色の海を眺めながら五階へと向かった。

 会場であるホールには、レトロなシャンデリアがあり、白いテーブルクロスがかけられたテーブルがいくつも並んでいた。その上には、シャンパンタワーやケーキ、様々な料理がある。

 自由に歓談する形式との事だ。名札を受け取ってから、依織はフルートグラスを一つ手にする。そして会場中がよく見える壁際に立った。早めに到着したので、入口をそれとなく眺め、一人、また一人と入場してくるのを確認する。

 その内に、パーティーが始まった。

 地球系の人類、それも男性は、やはり少ない。依織に対してもそうだが、他惑星系人類からの視線が、地球系男女には集中している。しかし地球由来の人類同士は美醜感覚が同じなので、彼ら彼女らにとっては、依織は平凡な容姿に映っているだろう。依織の方もそれは同じで、今のところ容姿が好みの地球系はいない。いないが、多少の妥協は可能だと考えている。

 そう思って周囲を値踏みしていた時――入ってきた一人の青年に、思わず目が釘付けになった。会場中の視線も集中している。

 地球系人類らしく、鴉の濡れ羽色の髪に、僅かにつった大きな目、スッと通った鼻梁に薄い唇をしている青年だ。地球系から見ても端正と評するほかない人物が入ってきたのである。

 緑のマフラーに茶色いコートを身に纏っていて、その下はシャツとジャケット、濃い茶のスキニーのボトムス姿で、私服のコーディネートも目を惹く。

 会場にはコロニー防衛軍属らしき濃紺色の軍服姿の者が多いから、彼のいで立ちも非常に目立つ。もっとも依織も、会場内に白衣は一人だけなので目立ってはいるのだが――レベルが違った。気づかれないようにしつつも、依織はじっと観察する。絹のような髪も、一見して分かるなめらかな肌も、いずれも麗しい青年だ。

 案内係の人間から、青年は名札を受け取り、首から下げた。素早く依織は名前を確認する。須原降矢と記載されている。

 横に表記されている年齢は、三十六歳とあるから、己の五つ年上だ。だがどう見ても自分と同じくらいか、少し若く見える。

 彼の身長は、百七十四センチの依織よりも高そうで、目測で百七十代後半から百八十代前半だと判断できた。均整の取れた体つきをしているようで、痩せすぎず太すぎずの理想的な体躯に思える。

 外見は、完璧である。

(この会場なら、あいつがいいな)

 依織はすぐにそう考えた。競争率が高そうであるから、なるべく早くに話しかけると決めて、それとなく一歩前へと踏み出す。問題は、彼に家事が出来て、専業主夫になってくれて、セックスが巧いか否か、贅沢を言うならば上辺だけでも平穏に家庭生活を営める性格をしているか、そういった条件面となる。

 依織は毛足の長い絨毯の上を進んでいき、須原降矢がテーブルにのるグラスに手を伸ばしたところで、彼の横に立った。他にも同様の事を考えていたのだろう周囲が、依織の姿を確認して悔しそうに足を止めた気配がする。

「こんばんは」

 微笑を浮かべて、依織は須原降矢に話しかけた。

「っ、あ……こんばんは」

 すると驚いたように顔を上げた彼が、大きく瞬きをしながら挨拶を返してきた。それからじっと依織を見た後、須原降矢は両頬を持ち上げ、唇で弧を描く。

 気圧されるくらい、完璧な美だった。しかし結婚したくてたまらない依織は、ここで見惚れて沈黙していてはならないと、そう意識を切り替えて、会話を続行する事に決める。

「僕は、鷹凪依織と言います。こういうところが初めてで緊張してしまって……同じ地球系の方かと思って、つい話しかけてしまいました。もう、ビクビクしていたから、やっぱり同じ地球系の方だと安心できるかなって思って」

 嘘偽りである。少なくともお見合いパーティーには何度か来ているし、緊張感など微塵もない。単純に人当たりがよく純朴そう雰囲気を、依織は演出しただけだ。

「そうなんですか。実は俺も初めてで……俺は、須原といいます」
「えっと、須原降矢さん?」

 依織は今初めて彼の名札を確認したような素振りをして見せた。

「ええ」

 相手が頷いたのを確認してから、依織は己の名札を持ち上げる。

「僕の事は、よかったら依織って呼んでください」
「あ、それなら俺の事も、降矢で構いません。よろしくお願いします」
「それに、敬語じゃなくても……なんだか、逆に緊張してしまうので」
「ああ、分かった。俺に対しても気楽に喋ってくれ」

 にこやかな降矢の声に、依織もまた唇の両端を持ち上げて頷いた。

「降矢さんは、おいくつですか? あ、名札に書いてあるのか……」
「そうだな。俺は三十六だよ。依織くんは、三十一歳か。俺から見ると、とっても若い」
「そうかな? なんだか照れちゃいます。あっ、降矢さんは、どんな相手の方が好みなんですか? ここ……そういうのを聞く場所なんですよね? 僕、友達の誘いで来たんだけど、その友達に急用が入っちゃって……だから一人で本当に不安だったんだ」
「そうだったのか。俺も初めてだけど、俺は真剣に結婚相手を探しに来たんだ。なんだか恥ずかしいな、改めて言うのも。ただ、その分タイプも明確なんだ。俺は……家庭に入りたい。専業主夫になりたいんだ。だから、それを許してくれる相手が、しいて言うなら好みだな」

 依織は内心でガッツポーズをした。専業主夫を希望だなんて、自分の理想通りすぎる。もっともこのコロニーの価値観としては、家庭に入りたいという男性は珍しくないので、比較的想定内ではあった。

「えっ? 僕、家庭に入ってくれる男の人と添い遂げられたらって思っていて……わぁ! 降矢さんみたいに素敵な方が、旦那様になってくれたら嬉しいな……」
「本当に?」
「はい! よ、よかったら、連絡先を教えてもらえませんか?」
「あ、ああ。俺の方こそ、教えてほしいよ。そ、その……よかったらこの後、二人で飲みなおさないか?」
「えっ、いいんですか? 僕、すごく行きたい!」

 なんと降矢の方から誘ってくれたので、その場で連絡先を交換しながら、依織は内心で、手間が省けたと考えて、ほくそ笑んでいた。

 そのまま少しの間雑談をし、パーティーの終了を待たずに、途中で依織は降矢と二人で会場を出た。

 向かった先は、ホテルの上階にあったバーである。窓際のテーブル席に座り、海に映りこんでいる夜景を眺めながら、古い地球の歌であるクラシックの調べに耳を傾ける。

「降矢さんは、何にします?」
「そうだな……依織くんは?」
「僕はジントニックにします」
「じゃあ俺も同じものを」

 その後注文をし、届くまでの間、二人は笑顔を浮かべていた。

 現在までに、依織から見て降矢は、会話能力もパーフェクトである。上辺だけだとしても雑談は続くし、今後豹変でもされなければ、円満な家庭を構築できそうだと依織は判断した。顔よし、性格よし、専業主夫志望の点も好感が持てるし、志望するくらいなのだから、家事もきっとできるだろう。

 問題は――……体の相性の確認だ。

 依織は結婚というのは即ち、特定の相手と無料でセックスできるようになる事だと思っている。つまり娼館に行く必要が消え、相手探しに苦労せず、楽にできるようになるのだと考えている。

 万が一これで体の相性が最悪だったならば、娼館に行く事や不倫を許可してくれる相手でなければ、性欲が解消できないので困る。

 残るはいかようにして、降矢のテクニックを確かめるかだ。

「あの……依織くん」
「はい?」

 思考が逸れていたので、依織は降矢の話を聞いていなかった。そのため若干、慌てた。

「実は俺……一目見て、君をその……抱きたいと思ったんだ。華奢だし、首筋なんかドキリとするし、鎖骨も指でなぞりたくなる……だから確認したいんだけど、依織くんは、上か? 下か?」

 なんと性的な話題を降矢が口に出した。渡りに船である。驚いたような顔を取り繕ってから、少し照れたような表情で、依織は答える事にした。

「僕……下しか、経験がないよ。ぼ、僕も……降矢さんに抱かれてみたい……」
「! あ、あの、出会ったばかりで急だけど……依織くんさえよかったら、ここの上の部屋に俺、予約を入れてるから、来ない? 俺は泊まりで来ていて……」
「行きたいけど……え? もしかして、体目当て?」

 上目づかいでわざと不安そうな顔を作り、依織は尋ねた。

「違う! 俺は真剣に結婚相手を探しに来たんだ。だけど依織くんが、あんまりにも魅力的だから……俺、依織くんみたいに好みの人に出会ったのが初めてで……ごめん。がっついちゃってるな、俺……」
「嬉しいけど、本当に? 本当に僕でいいの?」
「ああ。依織くんがいい。依織くんが、欲しい」

 降矢の眼差しは真剣だった。依織にとって現在は、非常に都合のいい展開である。内心では既に降矢の部屋に行く事を決定していたが、顔には照れと困惑を綯い交ぜにしたような複雑な表情を浮かべ、そして戸惑う瞳をしてから、依織はごく小さく頷いた。声のトーンも変化させる。

「行きたい……」
「い、行こう!」

 安堵したような表情ながらも、力強い声で降矢が述べた。きちんと主導権を握り、言いたい事を述べる部分も好感が持てる。頷いて、依織はカクテルを飲み干した。

 こうして二人で店を出て、エレベーターへと乗り込んだ。部屋の階数をチェックすれば、最上階の一つ下であり、ホテルの中でも非常に高級な客室だと分かった。

 中に入ると、ベッドは大きなシングルが一つ。一人部屋である。
 本当に自分で滞在するためだけに部屋を取った様子だ。

 だがこのランクの客室に予約をするのだから、降矢もまた相応に高収入なのだろうと依織は判断する。もっとも仕事は基本的に、リモートワークが可能でない限りは、辞めてもらいたい所存だったが。依織はお金には困っていない。

「僕、シャワーを浴びてきますね」
「俺は気にしないよ。その……すぐにでも抱きたいんだ」
「えっ……そ、そんな――!」

 オートロックの音が響いてすぐ、依織は降矢に抱きしめられた。随分と性急だと思いつつも、されるがままになる。顎を持ち上げられ、重ねられた唇の温度を確かめながら目を伏せる。降矢は余裕が無さそうだが、とりあえず相性の確認には都合がいいなと依織は考えていた。

「ん……ッ」

 キスが深くなり、舌を絡めとられる。引き摺りだされた舌を甘く噛まれると、ピクンと依織の肩が跳ねた。依織の白衣のボタンを外した降矢は、続いてシャツのボタンに手をかける。どこかぎこちなく見えたが、依織は気にしない。こうしてシャツを開けられた依織は、降矢が服を脱ぎ捨てるのを眺めていた。

 寝台に押し倒されたのは、それからすぐの事である。

 現在の技術で、男性同士の性交はかなり容易になっている。ホテルというものは大体どこでも、体内を綺麗にするフィールドが床に広がっている。それはラブホテルに限ったことではないので、この客室も同様である。またローションなども不要であるし、中に放っても自動的に綺麗になる。とはいえ、ある程度解す事は必要だ。それに愛撫なども、主に気分を盛り上げるために一役買う。

「ぁ……」

 降矢が依織の右胸の突起を甘く噛んだ。それから優しく舌で乳頭を刺激し、今度は強く吸う。

「んぁ」

 もう一方の手では依織の左胸を覆うようにしてから、指先で乳首を弾いた。

 唐突な事だったし、久しぶりでもあったから、演技ではなく依織は自然と甘い声を零した。胸からツキンと快楽が染みこんでくるようで、体が少しずつ温かくなっていく。

「ぁ、ァ……ッッッ」
「噛まれるのと吸われるの、どっちがいい?」
「え……あっ、恥ずかしい。聞かないで……ンん」

 何度も甘く、降矢が依織の右胸を噛む。左手では、今度は依織の脇腹を撫で、陰茎へと触れた。そして握りこみゆっくりと二度擦る。そうされた時、思わず依織は目を閉じた。右胸と陰茎への直接的な刺激で、すぐに体が反応を見せる。降矢の愛撫は荒々しいが、非常に気持ちがいい。

「乳首、朱く尖ってきた」
「ぁ、ハ……」
「下も硬くなってる」
「ひゃっ、あ、先っぽダメ……ああン」

 降矢が依織の先端を指先で刺激すると、先走りの液がぐちゅりと音を立てた。
 それから降矢は右手の指を二本口に含んで唾液で濡らしてから、依織の窄まりをつつく。

「ぁ、ぁあ!」

 一気に二本の指を挿入されて、依織は仰け反った。やはり荒々しく性急だとは感じたが、それ自体は依織としては好みである。丁寧に体を開かれるのも嫌いではないが、自分をガツガツと求められるのも、決して悪い気分ではない。

「ンん……ぁっ、ぅ、うああ」

 前立腺を探り当てられ、グリと刺激される。ビクンと依織の体が跳ねると、気をよくしたように、そこばかりを降矢が責めはじめた。ちょっと乱暴だとは思ったが、気持ちがよいので依織は及第点だと判定する。大きく呼吸をして体にこもる熱を逃しながら、端正な降矢の顔を見上げた。降矢は荒く吐息している。弧を描くように依織の中を指で動かし、内部を解していく。

「ぁン、んぅ……はっッ」

 依織の口からは、鼻を抜けるような甘い声が溢れる。
 その時指を引き抜いた降矢が、依織の菊門に己の陰茎をあてがった。

「挿れるぞ」
「う、んン――あ、あっ、大きいッ」

 完勃ちしている様子の降矢の楔の先が、依織の中にゆっくりと挿いってきた。

 亀頭まで挿いりきると、そこからは一気に貫かれる。まだ十分に解されてはいなかった内壁が、さらにぐっと押し広げられ、依織は自分でも己の中が降矢の陰茎を締め上げているのを理解した。中々に巨根……長く太いと理性で考える。そこも好みだ。それからすぐに快楽に飲み込まれて、思わず依織は降矢の首に腕を回した。

「あ、あ、あ」

 降矢が激しく打ち付け始める。

「やぁ……ああ!」

 次第に動きが早くなり、肌と肌がぶつかる音が響き始める。お互いの荒い呼吸が、静かな室内に谺する。

「出すぞ」
「んア――!」

 前立腺と内壁を擦り上げるように動かれた後、依織は内部に熱い白液が放たれたのを感じた。ほぼ同時にひきしまった降矢の腹筋に依織の陰茎が擦れる。そうして依織も果てた。

 ぐったりとシーツに体を預けた依織は、ちょっと時間的には短かったなと思いつつ、陰茎が引き抜かれる感覚に、息を詰める。

 だが、悪くはないセックスだった。
 回数を重ねれば、もう少しバリエーションも見えてくるだろう。

「なぁ、依織くん……依織って呼んでもいいか?」

 隣に寝転んだ降矢が、横から依織を抱き寄せて、その髪を撫でた。

「うん」
「いつ結婚する?」
「――僕は、いつでもいいよ。明日でもいいくらい」
「! じゃあ明日、ホテルをチェックアウトしたら、その足で籍を入れよう」
「う、うん……ぁ、は……」

 依織は、上手く事が運んだなと思いながら、この日はここで眠る事に決めた。降矢の腕の中で。