【一】
いくつかのスペースコロニーが建設されて、早三百年。
人口が爆発してしまった地球から少し離れた位置に、二十一世紀で見たならば、超科学と呼ばれる技法で、人間が住まうコロニーが建設された。
なおその後、地球由来の人類は減少の一途を辿った。結果、宇宙的戦国時代と呼ばれる現在では、地球外から来た人型知的生命体の方が個体数が多くなった。そして人型では無い知的生命体が地球を奪いに来る為、戦っている。主にスペースコロニーから出撃している。
ここもそんなスペースコロニーの一つ――『ネ』だ。
コロニーは十二あって、それぞれに、子丑寅〜と十二支の名前が割り振られている。正式名称は、第一号コロニーであるが、みんな、『ネ』と呼んでいる。
なおここは、スペースコロニー『ネ』の、第一区画。
旧日本国直轄居住区、『|和国《ワコク》』……首都・|東都《トウト》。第五東京湾に面した島型居住区画の一角だ。
――先日。
初めて、敵対的宇宙生命体への対策として、人型戦術機が開発された。これまでは護衛艦と戦闘機が出撃するばかりだったのだが、人型人類は、対抗策として、己によく似た形の『兵器』を生み出した。まだまだ制限は多いし、限られた人間しかパイロットにはなれないが、あと二百年もすればもっと普及するだろうと考えられている。
誰に? そう……そうだな……例えば、俺に。
俺は人型戦術機のテストパイロット兼開発責任者の、|縁堂《えんどう》|葵《あおい》という。祖先は、旧日本国出自の第一銀河防衛局の職員だった、由緒正しき地球人である。例えば他惑星出自のアマゾネス系人類などから見れば、地球人は麗しいらしく、俺はそこそこモテる。ドヤ顔をきめたくなる。だが、そんな事はおくびにも出さず、これまで必死に、『人型戦術機なんて幻想だし』だとか『時代遅れだろう』みたいな論調と戦ってきた。
本当は恋だってしたかったし、結婚にだって憧れがある、現在二十九歳……。
でも、俺は、人型戦術機に命をかけている。
だってさ? 住む所が無くなったら、結婚も何もなくね? 家族とか守れなくね? それが、俺の信念である。皆を守るためならば、多少自分の私生活を犠牲にするのは仕方ないだろう。
「葵」
その時、そっと肩に手を置かれて、俺は振り返った。声で、相手が誰なのかは分かっていた。コイツは、俺と同じテスト……ではなく、操縦専門の、本物の、『パイロット』だ。薄茶色の髪と瞳をしている地球由来人類で、糸のように目が細い。|鴻雨林《こううりん》という名の――昔でいう所のアジア系の人間だ。俺はあんまり詳しくはないが、カキョウという何らかの血族(?)の繋がりがあるようだ。旧日本国だってアジアだったようだが、俺にはそんな大昔の事は分からない。
「また、たらこパスタを食べているの?」
「ダメ? え、ダメ?」
「いや、そういうわけじゃないけど――本当に、君も好きだねぇ」
クスクスと鴻が笑った。俺はフォークを片手に言葉に窮した。モテたい俺ではあるが、普段研究かテスト飛行しかしていないから、コミュニケーションは苦手なのである。その点、鴻は俺なんかよりも、モテにモテる。どのくらいモテるかというならば――例えばそうだな、この俺が惚れてしまうほどに、だ。
このご時世、性別なんていうのは些細な事柄であるし、性自認がなんであれ、どころか出自がどうであれ、恋愛をするというのは普通だ。同性愛に関しても背徳感だとかはない。中には古風に、男性は女性と付き合うべきだという人もいるが、俺はそうは思わない。
「ん」
その時、鴻が俺の口元に親指で触れた。瞠目していると、細い目を更に細めて笑われた。
「ついてたよ、ソースが」
「あ、ああ……有難う」
「隙が無さそうに見えて、隙だらけ。それが葵の良い所でもあり、悪い所かなぁ」
「なんだよそれ。はぁ……そ、それより、午後のテスト飛行はどうなってる?」
「うん? 準備に問題は無いけど?」
「お偉いさんもモニタリングするそうだから、気合いを入れてくれ、気合いを!」
俺がそう述べると、鴻が喉で笑った。その笑顔に、俺は魅了されたが、そんな思考は振り払う。何せ、ただの片思いであるし、例えばフラれて貴重なパイロットと険悪な仲にでもなったら、今後に関わる……。
「あまり気を張りすぎても良くないよ。葵は、本当に真面目だなぁ」
「悪いか?」
「ううん。そういう所、僕は嫌いじゃないけどね」
……嫌いじゃない、か。好き、とは違うな。
内心で鴻の言葉を反芻しながらそう考えていると、彼がじっと俺を見た。
「もっと言うと、好きだよ」
まるで胸中を見透かされたような気がして、俺は瞬間的に赤面した。
そもそもこうやって、鴻が口説くような事を言ってくるのも悪いと俺は思う。
意識しない方が無理だ。
――なお、その日の午後のテスト飛行は上手くいった。
無事に、鴻が乗っていた人型戦術機が帰還してから。
ハンガーまでそれを見に出た俺は、元気そうな姿に胸を撫で下ろした後、降りてきた鴻の肩を叩いた。
「完璧な操縦だった」
「有難う」
「これなら、実戦でも安泰だな」
「どうかなぁ――ただ、先の事を考えるよりも、僕としては取り急ぎ、本日の労いと癒しが欲しいな」
「ああ。そうだな、ゆっくり休んでくれ!」
「――葵。一杯、付き合ってよ」
「へ?」
「飲みたい気分なんだ」
「お、おう。俺、酒はそんなに飲んだ事が無いけど、お前が言うんなら……」
こうして、俺は鴻と飲みに行く事にした。
コロニーの中には、疑似的な天候や四季があるのだが、本日は風が強い。
俺の黒髪を冷たい春の風が攫って行く。天気は可もなく不可もない曇天だった。
歓楽街には滅多に足を運ばないので、俺は歩きながら周囲を見渡す。
「何が食べたい? たらこパスタ?」
「いや、たらこパスタは好きだけどな? 別に俺はたらこパスタで生きているわけじゃないし」
「でも明太子パスタは辛くて食べられないんでしょう?」
「べ、別に? そ、それより! 今日は鴻の好きな物を選んでくれ。労ってやるから」
「有難う。じゃあ、僕のおススメのお店に連れていくよ。前から、葵の事を連れていきたいと思っていたんだよね」
そうして向かった先は、旧日本国由来だというイザカヤという店だった。串に刺さったこんにゃくに味噌が塗ってあるお通しが出てきた。俺はこの店の由来と同じく旧日本国を祖に持つ人種だが、あまり日系の食べ物を、実は食べた事が無い。だから物珍しくて、キョロキョロと周囲を見渡した。木の板の壁に、和紙に筆書きされたメニューが並んでいる。モツ煮ってなんだろうか? じゃがバター? 悩んでいる俺の隣で、手際よく鴻が注文した。
「生ビールを二つ」
「あいよ!」
生ビール? なんだろうか、それは。首を捻って、鴻を見る。すると楽しそうに頬を持ち上げた鴻が、俺に顔を向けた。
「さてさて、葵のお子様舌はビールに耐えられるかな?」
「は?」
「苦いよぉ? 僕でもダメかも」
「えっ」
瞠目していると、俺達の前に、泡が零れ落ちそうなジョッキが二つ置かれた。
「乾杯」
「か、乾杯!」
鴻がジョッキを取ったから、俺もそうした。ジョッキを合わせると、高い音がした。キンキンに冷えている。意を決して口に含めば、確かに苦くはあったが、飲めなくはない。
「こ、これが、ビールか……」
「三十路でビール初体験?」
「悪いか? これまで、飲もうと思った事がないんだ」
「別に悪くはないけどねぇ。ねぇ、葵? じゃあ――SEXは?」
「へ?」
「酒、女、賭け事。これが三拍子じゃないかな?」
「う、うん?」
「賭け事は、人型戦術機なんていう成功するか分からない研究してるんだから、素質は十分だよ。でも、女は? 肉体関係は? 別に男でもいいけど、というか、男は?」
「な……え? いや……――ど、どうせ! どうせ、童貞だ! それの何が悪い!」
「悪いなんて言ってないよ。ふぅん。そうなんだ」
悪びれもなくクスクスと鴻は笑っている。俺は思わず唇を噛んだ。
「お前はさぞモテるんだろうし、遊びたい放題なんだろうな!」
「ん? 僕?」
「おう」
「僕はこれでも一途だから、そういうのは良いかな。本命以外には勃たない――わけではないだろうけど、勃つ気がしないっていうか」
「本命がいるのか?」
「いるよ。今、隣でビールを初体験してる職業博士なんだけどね、頭は良いはずなのにちょっと抜けてる縁堂葵っていう名前で、自分でも人型戦術機のテスターをしてる」
その言葉に、俺は硬直した。鴻の表情は変わらない。
「え……? お、お前、俺の事からかって……?」
「僕はこういう冗談は好きじゃないから、本気だよ」
「っ」
「ねぇ、葵。テスト飛行の成功、お祝いしてくれるんだよねぇ? だったら、この後、僕の家に来て、他の初体験もしてみない?」
「な」
「嫌?」
「……」
「その沈黙は肯定と取ろうかなぁ」
俺は、拒む言葉を持ちあわせていなかった。
――イザカヤはすぐに出た。そして俺は、鴻に促されて、彼の自宅マンションへと足を踏み入れた。緊張しながらエントランスに入り、背後で扉が閉まった音を聞いた直後、ギュっと抱きしめられた。
「着いてくるとか、本当に危機感が無いねぇ」
「……」
「それとも、僕となら、どうにかなっても良いと思っていた?」
「……好きじゃなかったら、家になんか来ない」
イラっとしたので俺は、鴻の唇を奪ってやった。すると軽く手首を握られて、唇を奪い返された。鴻の方がキスは深くて、俺の口腔を散々貪る。舌を追い詰められて、絡めとられ、俺は息が苦しくなる。だって、キスなんて誰ともした事がない。これだって、人生で初めてだ。
「ね? 壁に、手をついて」
「は?」
俺のベルトを外した鴻が言う。困惑しつつ言われた通りにすると、口で二本の指をしゃぶった鴻が、俺の後孔へと指を突き立てた。
「え、ちょ――」
「静かに」
「ま、待て」
「待たない。ご褒美、頂きます」
足元に落ちた俺の下衣類。俺はビクビクしながら壁に手をつき、臀部を突き出す。その内部を、ぐちゃぐちゃに鴻がかき混ぜ始めた。
「ぁ、あ……ああ……ア……っッ」
すぐに俺の体は汗ばみ、小刻みに震えだす。
「や、ぁ……ちょ、うあ……あああ……止め……」
「なんで? 気持ち良さそうだけど」
「――っ、指より、鴻がいい」
「!」
「俺、こういうの初めてだけど、どうせなら好きな奴が欲しいよ」
俺は自分に素直だ。涙を浮かべた瞳で、首だけで振り返り、鴻を見る。すると、鴻が唾液を嚥下した様子で、喉仏が上下していた。直後、指が引き抜かれて、屹立している先端が、俺の菊門へとあてがわれた。
「最初に誘ったのは、僕のはずだったんだけど、今となっては――葵が誘ったんだからね。煽るような事を言ったのは、君だよ?」
「う、あああああ!」
頷こうとした瞬間、一気に貫かれた。背が反り返る。そんな俺の腰を掴み、深々と鴻が挿入した。そして、ガシガシと腰を揺さぶる。
「あ、あ、あ」
「中、熱っ。それにキツい」
「や、ァあ」
「でも、本当に気持ち良い」
「あ、あ、鴻。鴻! 好きだ」
「――反則だよね、ここでそういう事言うの」
「あああああああああああああ!」
俺が無我夢中で言った直後から、激しい抽挿が始まった。肌と肌が、パンパンと、乾いた音を立てる。内部の感じる場所を抉るように貫かれ、俺は生理的な涙を零しながら、ただ喘ぐ事しか出来なくなった。
「僕の事、好きなんだ?」
「あ、ああああ」
「言って、葵」
「好きだ。好きだから、あ、あ、だから――」
「ん?」
「――死なないでくれ」
思わず俺が口走ると、一瞬だけ、鴻の動きが止まった。だが、それからすぐに、一際強く突き上げられて、俺は射精した。もう壁に手をついていても立っていられなくて、倒れ込む。すると、後ろから抱き留められた。俺の内部にも、鴻が放った感触がする。それが、タラタラと零れていく。
「ねぇ、葵」
「あ、ハ」
「約束してあげられたら良いんだけどね……僕の願いは、葵の幸せだよ」
その言葉を聞いた直後、俺はその場で睡魔に飲まれた。慣れない酒と初めてのSEXで、俺の体は限界だったらしい。
――翌日。
目を開けると、俺の体は綺麗になっていた。腕枕をされる形で、俺は寝台の上にいて、隣には鴻がいた。
「あ」
「おはよう」
や、ヤってしまった……! 初体験をした昨日の記憶に、俺は赤面してわなわなと震える。すると、鴻の腕に力がこもった。
「ねぇ、葵」
目を伏せた鴻の長い睫毛を見ながら、柔らかく笑っているその口元を見る。
「僕の恋人になってくれるよね?」
「っ」
「それとも、僕に対して遊んでいるなんて言っていたけど、葵は恋人以外とも寝るの?」
「ね、寝ない! 寝るわけないだろう。そ、その……だ、だから……俺は……お前の事が好きだし……」
「うん。真面目だねぇ、やっぱり。僕も、葵が大好きだよ。何度も伝えてきたつもりだけど、きちんと今は伝わってるのが分かって嬉しいな」
鴻はそう言うと目を開け、俺の頬にキスをした。
その後俺は、逃げるように自宅へと帰った。終始赤面しつつ、片思いが両思いに変化する幸せというのも、初体験した。