【二十五】保科秋嗣の世界W(★)



「どうかなさったのですか?」

 保科は、寝台で共に横になっている紫陽花宮に声をかけた。
 入浴を終えて同じ布団に入ったというのに、何もしてこない紫陽花宮を怪訝に思ったのだ。

「……何が?」
「……」
「……」

 退屈そうな顔の紫陽花宮に問われ、保科は一度沈黙した。だが、ここで人脈が切れてしまうのは恐ろしい。紫陽花宮の権勢はそれだけ確固としたものだった。

「もしかして、僕に飽きちゃいました?」

 だが――いつかは来る事態だと思いながら、へらりと保科が笑う。

 そんな少年の表情を眺め、紫陽花宮は切なくなった。
 飽きる事なんてあるはずがないのだ。何せ初めて恋い焦がれた存在なのだから。
 我ながら趣味が悪い……そう紫陽花宮は考えていた。

「本命が出来たとか?」
「……」

 笑顔の保科を見据え、本気で口にしているのだろうかと、紫陽花宮が目を細める。

「紫陽花宮様の恋路なら、僕全力で応援しますよ」
「――……俺が、羽染大尉に一目惚れしたって言っても?」

 紫陽花宮のその言葉に、保科は短く息を呑んで目を見開いた。

「え?」
「君の大切な、羽染良親大尉が欲しいって言っても、応援してくれるのかな?」

 無表情の紫陽花宮の真意を測りかねて、保科は眉を顰めた。
 ――良親さんは、絶対に巻き込めない。

「……それが紫陽花宮様のお望みなら。だけど、嫉妬せずにはいられません」
「……」
「羽染の事が好きなんですか? そんな事を聞いたら、僕は羽染を、遠くにやらざるをえないな」
「……羽染大尉を守るために?」
「違います」
「じゃあ――保科君自身の心を守るためにかな」
「紫陽花宮様を、他の誰にも渡したくないから――なんて言ってもどうせ信じてもらえませんよね」

 保科は笑顔を崩さずにそう告げた。
 表情を変えれば、その時こそ本当に、羽染が人質に取られる事を、よく保科は理解していた。

「羽染なんて、ただの家臣の一人です。だけど、紫陽花宮様のお心を揺さぶることが出来るんなら、呼んで正解だったな」
「――泣きそうな顔をしてまで、そんな事、言わないでよ」
「え?」

 保科は、何を言われているのか理解できなかった。
 自分自身では、絶対的な笑顔を浮かべているつもりだったからだ。

「俺には分かるよ。羽染大尉は、君の心を守るために、必要な人なんだろう?」
「何を――」
「泣きたいんなら、いくらでも泣かせてあげるから」

 紫陽花宮はそう告げると、我慢できなくなって、保科の唇を奪った。
 本当は、ただ穏やかに、たまには睡眠を取って、健やかな保科の寝顔を見たいと思っていたはずだったのだが、それが出来ない。

 我ながら、保科には甘い。我ながら我ながら、そんな思いで、紫陽花宮は自嘲する。
 ――ああ俺は、どうして泣かせてあげるほど、人に優しくなったのだろう。

 そのまま紫陽花宮は、保科を押し倒した。
 こうして長い夜が始まる。

「ん、ぁ、嫌、痛いッ――」

 強引に押し入ってきた紫陽花宮の質量に、保科が悲鳴を上げる。

「あ、や、嫌、やだよッ」
「嘘つき」
「紫陽花宮様っ、も、もう出来ない」
「保科君、まだ二回しかイって無いよ。俺なんて、一回も出してない」
「う、ぁ……あ、あ」

 射精してもなお、激しく突き続けられ、保科は何度も首を横に振る。

「やだ、やだ、う、あ」
「じゃあ、どうされたいの?」
「抜い、て、あ、あ、」

 このままでは壊れてしまう――保科は、ぎしぎしと軋んだ気がする自身の体に対し、限界を感じた。

「や、やだぁッ、あ、あ!!」

 紫陽花宮に、このように無理矢理体を暴かれるのは、久方ぶりの事だった。
 ここの所の彼は、大変丁寧に、保科を扱っていたからだ。

「俺は、君の泣き顔が大好きだ」
「っ、ふ……あ」

 再度の絶頂を強制的に促していた紫陽花宮の動きが、不意に止まる。
 突然無くなった刺激に、保科の両足が震えた。

「ぁ、あ……や、やだ、な、なんで……!」

 声を上げた保科の乳首を両手で、紫陽花宮が摘む。

「んぅ」

 保科のつけっぱなしのピアスと胸の突起を、ユルユルと紫陽花宮が撫でた。
 優しすぎるその感触がどうしようもなくもどかしくて、保科が無意識に腰を動かす。
 ぐらぐらと視界が揺れる。

「あ、あッ、う、ン――ッ、あ」
「どうして俺ってさ、保科君の『心』みたいな名前をしてる、目に見えない形のない物を追い求めちゃうのかなぁ」
「あン、あ」

 最早、紫陽花宮の言葉など、保科の耳には入らない。
 もう出ないと思うのに、それなのに、射精したいという欲求が、少年の体の全てを乗っ取っていた。それ以外、達したいという思考以外、なにも意識に上らなくなっていく。

「や、やッ、あ、……な、待って、ヤだ、お願っ、動い――んぅ!!」
「俺って保科君のお願いに弱いんだよね」
「あ、はぁ、ア」
「こうされるの好き?」

 乳首を両手で嬲ったまま、腰を打ち付けて、紫陽花宮が保科の最も感じる場所を突き上げる。

「あア――っ、ン――ひ、ぁ、ぅあ、や、やだ、ま、もう。無理、できな……い、いきたいっ……やだぁ、紫陽花宮様ぁ!!」

 最早堪えきれなくなり、紫陽花宮は腰を激しく打ち付けた。
 その刺激がもたらす気持ち良さに全身を絡め取られ、保科は頭が真っ白になる。
 ただ――快楽にだけ、全身を支配されたのだ。

「んあ――!! ひゃ、あ、あぅあ――!!」

 そのまま保科は、三度目の精を放った。
 最早透き通り、勢いも何もなく、たらたらと液がこぼれ落ちていく。
 ガクンと体の力が抜け、保科はシーツに頭をぶつけた。
 涙が、零れ落ちていく。
 虚ろな眼差しのまま、瞬きをした少年の姿に紫陽花宮は、やるせない気持ちになった。

「だけどこの俺が、人に恋をするなんて、本当に奇跡だよ」


 ◇◆◇


 ――午前四時ごろ。
 保科は第二天空鎮守府の隣にある、迎賓館の中に与えられている自室へ戻ろうと、ゆっくりと廊下を歩いていた。すると角を曲がった所で不意に進路を阻まれた。目の前に立った影に、首を傾げて顔を上げる。

「――家時様」

 視界に入った人物を見て、驚いて瞬きをした保科を、徳川家時が見下ろした。

「お楽しみだったみたいだな」
「え……な、何のお話ですか?」
「俺が気づいてないと思っていたのか?」
「……家時様?」

 言わんとしていることを理解して、ゆっくりと二度、保科が瞬きをした。
 紫陽花宮との関係は、家時には知られてはいないはずだったし、知られてはいけないと思っていた。そんな少年の瞳に宿っている恐怖を見て取り、家時は顔を背けて、吐き捨てるように笑う。

「来いよ」

 保科の手を取り、家時が歩き出した。
 ――バレていた。
 ――一体、いつから?

 そんな日が来るだろう事は、保科自身、覚悟していた。
 だが、会津にさえ被害が及ばなければ、どうでも良いと思っていた。

 そのはずなのに――……なのに、何故なのか、家時に知られたという事に、どうしようもないほど、保科は狼狽えていた。残忍な家時に対する恐怖ゆえだろうと何とか理解しようとするのに、その時保科の脳裏を過ぎったのは、笑顔の家時の姿だった。東京観光の事を漠然と思い出すと、自然と嫌な汗が浮かんでくる。

 連れて行かれたのは、廊下の一角の絵画の裏だった。
 絵の脇の壁を家時が押すと、隠し部屋の扉が開く。

 狼狽えている保科をよそに、何でもない顔をして、家時が中へと入った。

 二人が中へと入ると、いつの間にか扉が閉まった。
 室内には、甘ったるい香りが溢れていて、保科は目を細める。

「家時様、ここは……?」
「お前みたいに、股がユルユルの犬をしつける部屋とでも言っておくか」

 家時の言葉に、保科は小さく息を呑む。
 冷淡なその声が耳に入った瞬間、少年の体が震えた。

「脱げよ」
「っ」
「早くしろ」

 壁に掛けてあった刀を手に取り、鞘から抜きながら家時が言った。
 保科が動けないでいると、刀を手にしたまま、家時が視線を流す。
 その凍てつくような瞳に、きつく唇を噛み、保科は和服を脱いだ。

「下着もだ」
「……」

 言われるがままに、保科は一糸まとわぬ姿になる。
 そんな保科をつまらなそうに家時が見据える。

「床に這えよ。犬なら犬らしくしろ」
「……っ、分かりました」

 冷たい石造りの床に、保科が四つん這いになる。
 その白い双丘と、中心の桜色の菊門を見据え、家時が嘲笑する。

「やる。さっさと塗れ」

 香油の浸る瓶を転がした家時は、それから刀の曇りを確認した。
 唾液を嚥下し、保科が瓶を受け取る。
 おずおずと片手に、中身を取り出すと、それは半透明のピンク色をしていた。

 ぬめる感触に顔を顰めながら、指を濡らし――意を決して、自分の後孔へと指で触れる。先ほどまで紫陽花宮に貫かれていた秘部は、驚くほどすんなりと、少年の細い指を受け入れた。

「くっ……」
「一本で足りんのか? それとも、俺のモノがそのレベルだって言いたいのか?」
「いえ、あの……っ」

 自分で挿れているとはいえ、違和を覚えずにはいられない感触に、保科はきつく目を伏せる。それから、無理に指をもう一本増やした。

「ああなるほど、宮様に十分慣らしてもらったから、不要って事か」
「っ、なッ」

 保科が反論しようとした――その時の事だった。
 ガクンと、保科の視界が二重にぶれた。

「――ッ、え?」

 一瞬だけ真っ暗になった後、すぐに、視界が元通りになる。
 だが、体は元通りにはならなかった。
 ゾワゾワと、痒みが己の入れた指の周囲に広まっていく。

「ッ、あ」

 気づくと、菊門を収縮させ、保科はガクガクと体を震わせる。

「あ、あ、あ、ゃ、何」
「どうした?」
「や、アやだ、嘘――ッ、ァ!!」

 慌てて指を引き抜いたが、最早止まらない疼きが、体内を蹂躙し始める。

「うあ、あ、ア、ッあ!! ああ!! や、いやだッ」

 自分の意志に反して腰が揺れ、内部の熱と痒み以外、何も考えられなくなる。

「やだやだやだ、ああ!!」

 石の床に体を預け、無我夢中で保科は左手を柔らかな尻に添え、利き手の指を二本、内部へと再び挿れた。何も考えられないまま、無我夢中で内部を掻き回す。しかし、その度に、疼きは酷くなっていくだけだった。

「あ、あ、んッ、あ」
「何をやっているんだ? 誰が触って良いと許可した?」
「は、あ、フ」

 せせら笑うような家時の声が、室内に谺する。

「保科。俺を誰だと思ってるんだ? 畏れ多くも旧将軍家の後継者だぞ?」
「あ、あ……っ、あ」
「そんな俺に、強制的に自慰を見せつけてるのか? しかも後ろの?」
「う、ッ……!」
「会津の人間てのは、みんなこんな風に淫乱なのか?」
「ち、違」
「違う? 君主が、こんな色情狂なのに? 本当に違うのか?」
「や、ぁああ!! あ、ま、待って僕、おか、おかし、おかしくなるっ、やだ、もう、やだぁ!」

 ゾワリゾワリと快楽も這上り、気づけば保科の淡い色合いの先端からも、透明な液が出始めていた。けれど散々先ほどまで紫陽花宮に達しさせられたせいで、射精するのが辛い。もう出ないと、体が悲鳴を上げる。なのに、内部を弄る手を止めることは出来ず、保科は訳が分からなくなってくる。白く華奢な足が震え、膝が頽れそうになる。

「羽染って言ったなぁ、会津藩出身の大尉は」
「っ」
「ここに呼んでやろうか?」
「!」

 その声に、保科が目を見開いた。
 ――こんな姿、絶対に見られたくない。
 それだけは、嫌だった。

「……顔色が変わったな」
「あ、あ、あ」

 保科の双眸からは止めどなく、涙が溢れたが、体の疼きはそんな事ではどうにもならない。

「や、家時さ、ま……っ、くは、あ」

 無我夢中で指を動かしながら、そうしながらも、保科は首を振る。

「さっきの香油、媚薬らしいんだが……ふぅん。まぁまぁ効くのか」
「う、ぁ」
「規定量の十倍は手に取ってたなぁ、お前」
「っ、あ、あ」

 次第に意味のある言葉が口から出てこなくなり、保科はただ涙を零しながら、家時の言葉を聞いていた。

「立て」

 無理矢理保科の手を掴み、家時は天井からつり下がる手錠に、華奢な少年の手首を拘束した。中が熱くて仕方がないというのに、刺激する手段を強制的に無くされ、保科は必死で太股をすりあわせる。内部が収縮していた。

「やだ、やだ! お願っ、中いじってぇ!!」
「嫌だ」

 失笑した家時は、保科の左右の乳首から下がるピアスの輪のそれぞれに、細いテグスを通し、少年の頭上にある拘束具にその糸の先を結んだ。

「あ、っ、ぅあ」

 つま先で立たなければ、痛みが襲ってくるようになり、保科が必死で足に力を込める。

「い、あ……う、ン、ぁ……ああああああああ!!」

 だがそうすると内部の疼きが更にダイレクトに伝わってきて、もうどうしようもない。

「やだやだ、っああ、ん――あ、ヤ、やめ、お願い、あ」

 体が震える度、乳首の先に、つんと強い刺激が走る。

「う、う……ぁ……あ」

 全身を震わせ、涙をボロボロと零しながら、保科は家時を見上げる。
 ――何故、こんな事をするのだろう?
 それが彼には理解出来なかった。

「眠いから、俺は帰る。また後で見に来てやるよ」
「いやだ、やだ、やだぁ!! まって、家時様、行かないで!! お願、あ、アアアっ、ぅあ、あ、だめ、だめだよこんなの……ひ、ぁ、」

 舌を出し、無我夢中で保科が息を吸う。
 その姿に、家時が嘲笑を向けた。

「本当、犬って感じだな。じゃあな」
「いやだよっ、あ、あ」

 内部を蹂躙する痒みに腰を揺らしながら、保科は理性を失った。
 しかし、唯一刺激を与えてくれるだろう家時は、部屋を無情にも後にした。

 もはや家時の来訪を待つしかなく、家時の事しか考えれなくなり、保科は気を失いかけた。だがそうして体の力が抜けそうになると、胸から痛みと悦楽が走り、足に力が入るから、意識を飛ばす事も出来ない。その上容赦なく痒みは襲いかかってくる。

「助けて……っ、あ、何で僕、こんな……ぃ、ぁ、ぅああああああ!!」

 保科の啼き声を聞く者は、誰もいなかった。


 ◇◆◇


「保科様」

 何度か瞬きをし、保科は自身が寝台の上にいる事を、やっと自覚した。
 声をかけてくれたのは、軍服を纏った青年だった。
 ――誰だっけ?

 保科は、瞬きをしながら考える。見覚えはあるのだが、話した記憶は無い。

「保科様――駄目だな、こりゃ、飛んでる」
「山縣、助けに入るのが遅すぎたんじゃないのか?」
「と、言ってもな、朝倉。家時様が議会で留守じゃなけりゃ、無理だっただろ? しかも徳川が置いてった見張りを片付けるのにも、苦労したんだ」
「まぁ山縣がそう言うんなら、これが最短の救出方法だったんだろうけどね」
「さすがにここまで徳川がやるとは俺だって思ってなかったんだ。朝倉、どうする?」

 二人の話し声を耳にし、保科はゆっくりと瞼を伏せた。
 ――声をかけてきたのは、そして恐らく助けてくれたのは、山縣大佐だ。そして彼が話している相手は、羽染の上官の朝倉大佐だろう。

「……っ、羽染は……この事を知っている……の、……っ。かは」

 保科が掠れた声で尋ね咳き込むと、山縣と朝倉が、揃って覗き込んだ。

「保科様? お目覚めになられたのですか?」
「ご安心下さい、副官の羽染には、まだ何も伝えておりません」

 二人に代わる代わる声をかけられ、うっすらと保科は目を開く。

「言わな……で……」

 それだけ告げて、再び保科は、意識を手放した。


 ◇◆◇

 意識を落とし、山縣の仮眠室の寝台で眠り込んでしまった保科を前に、山縣と朝倉はどちらともなく溜息を零す。保科の不在に気づいた諜報部の人間が、保科の所在を探り出したのは、家時が隠し部屋を去ってすぐの事ではあったが、外には徳川の息がかかる見張りがいた。保科を味方に引き込みたい山縣と朝倉が、直接助け出すに至ったのは、つい先程の事である。

「すげぇ徳川が非道に思えたわ、俺」
「山縣にそう評価されたら終わりじゃないかな、人間」
「まぁけどこれで、保科様は俺達の味方になってくれるだろうな」
「そうすれば徳川は御しやすいだろうけど……宮様は、どうかな」
「既に手は打ってある。俺はちょっと、出てくる。後は任せても良いか?」
「ああ。珍しいな」
「ん、ちょっとなぁ。そろそろ野良猫を拾いに行く時間でな」
「ひっかかれるなよ」

 そんな朝倉の言葉にニヤリと笑ってから、山縣はその場を後にした。残された朝倉はそばの椅子を引き、疲れきったように眠り込んでいる保科を、暫しの間、眺めていた。