キノコ鍋
二人でおそろいの扇子を買ったその日、同じ家に帰宅した二人は鍋を作ることにした。
帰りに庶民のように二人でスーパーへと向かい、購入してきた鍋の材料。お鍋セットの存在など、これまでの生涯において、家時は知らなかった。
今、保科と家時は同じ家で暮らしている。
ダイニングテーブルの上に食材の入った袋を置いてから、保科が戸棚へと歩み寄り背伸びをした。そこに土鍋が入っているからだ。
必死で手を伸ばしているその様子が微笑ましくて、そして何故俺に頼まないんだという思い半分で、少年の後ろに家時が立つ。
背後から戸棚を開けて、ひょいと箱を取り出した。
「これか?」
「有難うございます、家時様」
幸い(?)まだ身長が抜かれる気配はない。
いちいちそんなことを気にする自分に、家時は我ながら呆れてもいた。
そもそも、そもそもなのだ。
未だに信じられない。
保科が恋人になり、そして一緒に暮らしているというこの現実が。
ある日目が覚めたら夢だった――そんなことになったら崖から飛び降りる自信がある。
それから二人で鍋を囲んだ。
色鮮やかなネギと、豆腐、キノコを保科が鍋に入れる。
菜箸を手にした華奢な保科の色素の薄い手に、家時は目を惹き付けられた。
何でもないこと――本当に何手もないことで、いちいち幸せを噛みしめてしまう。
家時は、保科のことが大好きだった。
「後は鶏肉とつみれを入れて――……家時様?」
「っ、な、なんだ?」
「どうかしたんですか? さっきから静かですけど」
「いや、何から食べるか考えていただけだ」
だが照れくさいから本心なんて言えない。
それは兎も角、朗らかに笑ってくれる保科が正面にいるという事実。
その事実が心を温かくしてやまない。
「保科は何から食べる?」
「僕はキノコが好きなんですよね」
「この鍋はキノコ鍋なのか?」
「え?」
「シメジを五パックも入れるのが、一般的だとは、さすがに俺でも思わないぞ」
他にも椎茸やエリンギもある。そちらも大量だ。
鍋セットの他に、キノコ類だけは単体でも沢山購入したのである。
ただ――保科の好きな物を知ることが出来るというのが、家時にとっては尋常ではなく嬉しい。
「だ、だって……家時様、好きなだけ買って良いって……」
「金額に関して言っただけで、キノコ量について許した覚えはないぞ」
「キノコ、お嫌いですか?」
「普通だ」
そんなやりとりをしてから、水炊きを二人はポン酢で食べた。
そして、夜。
同じ寝台に横になり、家時の腕の付け根に、保科は頭を置いた。
こうして一緒に添い寝するのは、近頃の日課だ。
最初は恥ずかしがっていた保科も、今ではその場が落ち着くというように、ごく自然に身を任せている。
「保科」
「はい?」
「好きか?」
「キノコですか?」
「違う、俺だ」
家時は毎日同じ事を聞く。聞くことにしている。日に一度必ず、保科に、己を好きだと言わせているのだ。気持ちが確認したいからだけではない。口にすることで、保科の中でその意識を強くさせたいからだ。
「僕は家時様のことが好きですよ」
「そうか」
「家時様は?」
「俺も好きだ」
この時ばかりは、家時もまた素直にそう告げると己に誓っている。
決めていた。
ギュッと保科の体を抱き寄せて、両腕ではさみ、少年の横顔を家時は見る。
「俺のどこが好きだ?」
「ちょっと馬鹿な所かな」
「……言うようになったな」
「そう言う僕は嫌いですか?」
「いいや」
互いの温もりを感じながら、今日も二人は瞼を伏せる。
それが二人の日常となった。