和洋折衷(★)





 第四次世界大戦も終わり、羽染がそばに帰ってきた。
 有馬にとってはそれが何よりも嬉しくて、心が温かくなる。
 一人暮らしが互いに許されているから、今では二人で一緒に暮らしている。

 そこは羽染のマンションだった。
 大別すれば羽染の方が帰宅が遅く、有馬が料理をする頻度が増えたが、最早男子厨房に入らずとは思わない。今夜の夕食は何にしようか、そんなことを考えるのが有馬は好きだ
った。

 それにしてもこの家は和洋折衷である。

 おおかたの作りは洋風なのだが、和室も当然ある。先の大戦でもなくなった者は多かったから、仏壇が設えられている。備えてあるお茶やご飯を変えながら、有馬は羽染の帰りを待った。わかしたお風呂には、羽染が海外から買ってきた入浴剤を入れる。


 こんな生活がずっと続けばいいなと有馬は思っていた。



 ここに来るまでは色々なことがあった。
 会いたくて会えない日があった。続いた。喧嘩をしたこともある。
 喧嘩は今でもする。

 ――元々進む道が違った自分達が、今はこうして一緒にいられる。

「ただいま」
「おかえり」

 帰宅した羽染とのこんなやりとりだけでも貴重だった。

「今日は早かったな」
「明日から泊まり込みになるから、その前にゆっくり休め、って山縣大佐殿が」

 苦笑し合う。
 おそらく自分たちは互いに大人になったのだと思う。

「たまには山縣さんも気をまわしてくれるんだな」
「そうだな。なんて言ったら失礼か」

 それから二人で、有馬が作った夕食をとった。


 夜。
 同じ寝台で横になる。有馬は浴衣じみた寝間着を着ていて、羽染はパジャマ代わりのシャツだ。腕枕をしながら有馬は、不意にいつか朝倉に言われたことを思い出した。

 ――和服と洋服のどちらに脱がせ甲斐があるか。

 正直な話、和服姿の羽染をみていると、時に見える鎖骨に貪りつきたくなって困る。同時に同じ事を考えている第三者がいたらと思うと奥歯を噛みそうになる。これほどまでに醜い嫉妬という感情に身の内を巣喰われていると有馬は知らなかった。常日頃女々しい人間は嫌いだと公言している己が笑ってしまう。もう絶対に手放したくはない。

 そばにいると確信できなければ、気が狂ってしまうほどだった。それほどまでに愛していた。愛という強い感情にあてられていた。

「羽染」
「……なんだ?」

 疲れきっているのだろう羽染は、目を伏せたまま、掠れた声で答えた。
 それすらも扇情的で、思わずシャツのボタンに手をかける。
 片手で外しながら、白い首筋へと口づけた。

「ン」

 ピクンと羽染の肩が動く。唇でつけた紅い華の上を静かに一度舐めながら有馬がみていると、うっすらと羽染が目を開けた。

「有馬……」
「シちゃ駄目か? 明日から忙しいんだろう? 疲れてるのは分かってる」

 すると吐息するように羽染が笑って、有馬の首に手を回した。

「駄目だ。その代わり、なるべく早く帰るようにするから」
「待てない。待ってるけどな、待てない。酷くはしないから」

 そう口にした時にはすでに、有馬は羽染のシャツの中に手を入れていた。
 羽で撫でるように、優しく羽染の胸の突起を刺激する。

「っァ……」

 小さく上がった羽染の声を聞きながら、再び首へと唇をおろして、吸い上げた。
 ――本当に足りなかった。

 いくらでもいくつでも白い首に華を散らして自分のものだと主張して、永遠に腕の中に抱きしめておきたい衝動に駆られる。

「ああっ、う……」

 羽染の服を脱がせて、ゆるやかに陰茎を手で扱きあげる。
 次第に反応を見せた羽染の自身は、形よく何度体を重ねても、有馬に綺麗だという印象を抱かせる。

「っ、あ……有馬、もう良いから、今度は僕が――」
「いい。疲れてるんだろう?」

 そう言って有馬は、ベッドサイドにあったローションのキャップを開けると、薄い紫色の液体を掌の上で指にまぶした。どれがいい、なんて言い合いながら新宿へとローションを買いに行った時、羽染が真っ赤になったことを有馬はよく覚えている。

 ゆっくりと菊門の入り口を刺激し、それから静かに指を差し入れた。
 まずは入り口の周囲をほぐすように第一関節で刺激し、それからくるりと入り口に沿って指を回す。内部の温度に指先が慣れてきた頃、緩慢に第二関節まで指を進めた。

「っ、ん」
「きついか?」
「大丈夫だ、ン」

 それから潤滑油の音が響く中、二本目の指を進める。

「ひゃっ」

 そして羽染の前立腺を有馬は探り出し、刺激する。

「あ、あ」

 もうよく知る場所だった。有馬は羽染の感じる場所の全てを知りたいと願い、いつだって性感帯を暴いていく。羽染は羽染で眠気が飛んでしまい、有馬の首に手を回したまま、きつく瞼を伏せていた。

 長い睫が揺れている。
 二人を照らし出している床においた円筒型の照明が、壁に影をのばしていく。

「有馬、も、もう良いから」
「挿れるぞ」
「ンあ……ああっ――――!!」

 暗い室内で、有馬が陰茎を挿入していく。その熱の暴力に、羽染の背が撓った。
 水音が響き、有馬が抽挿する音が谺する。

 先端で時に、羽染の中の感じる場所を突き上げながら、次第に激しく腰を打ち付けていく。有馬の形をよく覚えている羽染の内部は、それに辛さも痛さも訴えない。

 溶け合うような情交が、激しくも穏やかに行われていた。
 その時有馬が体の動きを止めた。

「あ、有馬……!! 焦らすな」
「悪い。このままお前と暫く出来ないと思ったら、名残惜しくなった」
「い、いいから、早くっ」
「羽染は俺と離れていても寂しくないのか?」
「そんなはず、無い……っう」
「だったらもう少しこのままでいさせてくれよ」

 有馬はそう告げると、羽染の腕に顔を近づけてキスをした。

「別に海外に行くわけでもないし、毎日会えるだろう?」
「それでもだ。俺は今でも、お前がまたいつかどこかに行ってしまいそうで怖いんだ。ま、お前なら行かないって信じてるけどな」
「どっちなんだそれは……っ……ぁ、ァ……うっ、あ、有馬、もういい加減に――」
「分かった」
「ああああ――――!! そんな、いきなり!! んア――――!!」

 こうして二人の夜は更けた。



 翌朝は、先に起きた有馬が朝食を用意した。
 スクランブルエッグとみそ汁という、何とも和洋折衷な朝ご飯だった。
 おそらくこれで良いのだろうと思う。
 羽染が美味しいと言って食べてくれるのだから。

 ネクタイを持って降りてきた羽染の前に立ち、有馬が黒いギャルソンエプロンを外す。

「ネクタイ、締めてやるよ」
「ああ、悪いな」

 こんな風にして、漸く世に平穏が訪れて、幸せもまた訪れた二人の、二人だけの、二人暮らしは続いていく。その一瞬一瞬が、有馬にとってはどうしようもなく幸せなことだった。


「今夜は何が食べたい?」