大藤(★)
有馬と羽染が藤を見に行くことになったのは、約束してから数年が経とうとした頃のことだった。第四次世界大戦が契機となり、羽染が軍部に戻ってきてからの話である。
二人は軍人であるという身分を隠し、そろって和装で福島へと向かった。
緑の葉の間から、あでやかな藤の花が咲き誇っているその公園にたどり着いた時、有馬は驚いたように目を丸くした。
「綺麗だな」
「そうだろう? 桜も嫌いじゃないけど、俺は藤の花が好きなんだ」
照れくさそうな羽染の声に、その気持ちも分かると思いながら何度も有馬は頷いた。
藤の花は、しだれかかるように、色っぽく咲き誇っていた。
大抵が青紫色だが、まことに紫のものもあれば、白いものもある。
雨の滴にどことなく似ている気がして、有馬は思わず空を見上げた。
生憎ながら今日は曇天だ。羽染に言わせれば、散る前に見ることが出来て良かったという。藤の花も散るのだろうか。
「いつか有馬とこうやって、藤の花をみたいと思っていたんだ」
木の幹に手で触れて、羽染が口にした。
躍動感あふれる木肌に触れながら、羽染は大木を見上げる。
「他にも一緒に見たいモノが沢山ある。見られたらいいなと思うものが沢山あった」
「俺だって羽染とみたいものは沢山ある」
有馬は羽染の隣に歩み寄ると、あいている方の手を取った。そしてギュッと握る。
「なんて言えばいいのか上手く言えねぇけど、これから一つずつ一つずつ、一緒に見よう」
羽染はその言葉に笑顔を返した。
それから夜が来てから、二人は本格的に花見を開始した。
日本酒を用意して、月明かりの下、藤を見上げる。
二人で猪口を酌み交わし、その中に月を掬う。
有馬が羽染を押し倒したのは、しばし歓談してからのことだった。
「嫌か?」
「……花を愛でる気はないのか?」
「愛でるんなら羽染がいい」
芝の上に二人で横になり、重なる。
羽染は藤越しに星空を見上げていた。
帯がほどける音がする。それに耳を傾けながら、羽染はまじまじと有馬を見た。
「夏は、有馬が行きたいところに連れて行ってくれるか?」
「ああ、分かった。じゃあ秋はお前な。冬も俺が案内するから」
羽染の首筋を舐め挙げてから、少し強めに口づけて、有馬がキスマークを散らした。
点々と残っていく鬱血痕は、花びらのようだった。
それから二人は体をつなげ、静寂に包まれたその場には艶めかしい吐息が漏れた。
「んア、有馬……」
正面からのし掛かるようにして、楔を挿入され、羽染が有馬の体に手を回す。
その爪が肩口をひっかいた。
「ああっ!!」
すると有馬の硬度がいきなり増したものだから、羽染は悶えた。
「や、あ……あ、あああっ」
ゆるゆると腰を揺らした有馬が、微苦笑している。
そこまで暑い季節ではないというのに、羽染の綺麗な黒髪が、汗でこめかみに張り付いていた。有馬の方も額に汗を浮かべている。
「うあ!!」
内部の羽染の感じる場所を突き上げ、有馬は腰を揺らす。
二人のそんな情交を見ているのは月だけだった。
「羽染、愛してる」
「俺もだ有馬」
繋がったまま横になり、そろって花を見上げる。
また来年も来たいなと言い合った春だった。
「あれ、この写真」
春。有馬が写真を手にしていると、ひらりと副官の上総に奪われた。
「これ、羽染大佐ですよね?」
「ああ」
有馬も羽染も大佐になり、互いに副官がいるある日の出来事だった。
「若い。今の僕と同じ歳くらいかな?」
「大体そのくらいだな。返せ、それは俺のもんなんだよ」
有馬が苦笑しながら手を伸ばすと、素直に上総大尉が写真を手渡した。
上総大尉はこの春から、有馬の副官をしている。
「こんなに前から、羽染大佐殿と付き合っているんですか?」
「この写真よりもずっと前からだ。今のお前よりも年下の頃だよ」
「出会いはなんだったんですか?」
「直接会ったのは剣道新人戦」
「一目惚れ?」
「ちょっと違うな。ただ、ま、羽染になら一目惚れしててもおかしくなかったなって今でも思う」
自分の上司がのろけを始めそうだと察知して、上総は距離をとった。
お茶を入れ直すフリをする。
「告白はどちらからだったんですか?」
「俺だ」
「なんて告白したんですか?」
「好きだから恋人になれって言ったんだよ」
「それに羽染大佐がOKしたんですか?」
「させたんだよ」
同じ頃、羽染は自分の執務室で、一枚の栞を見ていた。
藤の花が押し花された代物だ。
いつかのこの季節、有馬と藤を見に出かけたことを何とはなしに思い出す。
「何を見ているんだ?」
そこへ丁度警備の話し合いで、山縣が顔を出した。
「いえ別に」
「綺麗な藤だな」
「ええ……」
ミステリ小説に栞を挟み、羽染は振り返った。
「警備の件でしたら、すでにまとめてありますよ」
「助かる」
立ち上がった羽染が当該書類を差し出すと、山縣がニッと笑った。
「そろそろお前も副官を任命したらどうだ?」
「どうだと言われましても……」
「有馬の所の副官が、楽しそうにお前と有馬の馴れ初めを聞いてたぞ」
なんだか頭痛を覚えて、両目を羽染は手で覆った。
そんなこんなで新しい軍部もまた平和が彩っているようであった。
それをどこかで大藤は見ているのかもしれない。