夜桜(★)
桜の木の下には死人が埋まっているなどとはよく言ったものだ。
朝倉の邸宅の一つで、咲き誇っている桜の木々を見据えながら、有馬は缶麦酒のプルタブをあけていた。ここは羽染が朝倉から借りている家の一つだ。
外泊届けを出した有馬は、今日外交官としての仕事から日本に帰国した羽染と、この屋敷で落ち合った。独逸から帰るたびに、羽染が日本麦酒を飲みたがるから、有馬はそれを買ってくる。
一方の羽染は、ブルストを土産に買ってくるのが常だった。
「待たせたな」
シャワーを浴び、和装に着替えた羽染が、有馬の隣に座る。
二人で池の側に茣蓙をしいて、今宵は花見をすることにしたのだ。
朝倉の趣味らしく、この邸宅の桜は夜になるとライトアップされる。
「待ってねぇよ」
有馬は池を一瞥しながら笑った。
水面には舞い落ちてきたうす紅色の花びらと、月が浮かんでいる。
「綺麗だな」
視線を追って羽染が微笑んだ。それに肩をすくめてから、有馬が缶麦酒を一つ渡す。
そうして二人で乾杯をした。
「あと何度こうして二人で桜を見られるんだろうな」
一口飲んですぐ、羽染がそんなことを言った。有馬は、静かに空を見上げて考える。
「寿命は年々延びているって話だからな、二百年くらい見られるかもな」
「だとして――その二百年、有馬はずっとそばにいてくれるのか?」
「言わなくたって分かるだろう?」
当然のことだと頷きながら、有馬がぐいと麦酒を飲む。
その姿が心強くて、羽染は微笑した。
「もしも俺が先に死んだら桜の木の下に埋めてくれ」
「なんだよ急に」
「ずっと俺も、有馬のそばで桜を見たいんだ」
「だったら俺も桜の下に眠る。死ぬ時は一緒だ」
冗談めかしたその声に、確かにそうなればいいだろうなだなんて羽染は思った。
言葉を交わす間も間断なく薄紅色の花びらは舞い落ちてくる。
掌に花を掬い、しげしげと眺めながら、もう一方の手で羽染は缶を傾けた。
二人が出会ったのも、この薄紅色の花が舞う季節のことだった。
あれから五年ほどの時が過ぎただろうか。
己は別の戸籍を得て外交官となり、諜報部の犬となった。
それでもそばにいてくれる有馬のことを、どうしても手放したくないと羽染は思ってしまう。そんなことを考えながら再度酒をあおった時、有馬がポツリと呟いた。
「なんだか月が怖いな」
「月が怖い?」
「羽染のことを攫っていってしまいそうでさ」
何を馬鹿な話をと思った羽染は有馬を何気なく見て、そして息を飲んだ。
そこには夜の闇が瞳に映り込んだ、真剣なまなざしの有馬の表情があったからだ。
「絶対に俺を残してどこにも行くなよ」
「――ああ」
「もしもどこかへ行かなきゃならねぇとしたら、俺も一緒に行くから」
良いながら缶を置いて、有馬が羽染との距離を詰めた。
抱きしめられる直前に、羽染もまた缶を置く。
アルミの高い音がした。
ギュッと抱きしめられ、そのぬくもりに羽染は、微苦笑する。
「その気持ちを聞けただけで、俺は幸せすぎると思う」
「聞いて満足されていなくなられたらたまらないからそう言うことを言うな」
有馬が右手を羽染の頬に当て、じっとのぞき込む。
羽染は破顔し、穏やかな表情で見つめ返した。
二人はそのまま、すぐ真後ろにあった、ふすまが開けられたままの畳の上へと向かった。
布団が敷いてある。
転がるように、横になり、あるいは押し倒され、羽染はなんだか照れくさくなって微笑んだ。そこはいつか、怪我をした羽染が意識を取り戻した部屋でもあった。
「我慢できない」
「俺もだ有馬」
互いに互いの着物をはだけあい、抱きしめ合う。
羽染のうなじに、有馬が吸い付いた。
「ん」
「いっぱい声を聞かせてくれよ」
「ああっ……俺も有馬の声が聞きたい。有馬が側にいるって実感したいみたいだ」
「いくらでも俺の声なら聞かせてやるから」
胸の突起に手を這わせながら、有馬が静かに笑った。
下衣の中へと手を入れ、急かすように陰茎を握る。
「んぅ……あ……」
「久しぶりだな、こういうの」
「今日帰国したばかりだしな……っ、ン」
それから羽染の服を全て取り去り、有馬もまた着物を脱いだ。
肌と肌が密着し、交わる熱が、心地の良い慣れ親しんだ互いの体温の存在を教えてくれる。久しぶりだったが、じっくりならす余裕なんて無くて、香油をまぶした指で菊門をほぐした後、すぐに有馬は熱い楔を進めた。
「ンあ――――!!」
「辛いか?」
「へ、平気だから……あ、ハ、有馬……っ」
奥深くまでつき入れてから、有馬は動きを止めて、羽染の顔をうかがった。
白磁の頬が赤いのは酔いのせいではないだろう。
「動い、て、くれ」
荒い吐息で羽染が言う。有馬は頷くと腰の動きを早めた。
両手で華奢な羽染の腰をつかみ、打ち付ける。
「ああっ、あ、ああン」
「悪い、俺限界」
「ん……あ、出して……くれ」
「ああ」
「うあああああ!!」
激しく体を揺さぶられ、羽染は内部に熱を感じた。同時に有馬が、羽染の前を撫でて精を放つよう促した。
それから二人で、抱き合いながら布団に横になった。
並んで横になったまま、夜桜を見上げ、互いに息を整える。
室内にまで、桜の花びらは舞い込んでくる。これは掃除が大変だななんて羽染は思っていた。有馬はと言えば体勢を変えて、羽染を腕枕する形に移動しながら、細く息をついていた。
「会津も桜は綺麗なんだろう?」
「もう少しすれば見頃だな」
「やっぱりこっちとは違うか?」
「どうだろうな。山桜は別かもしれないが――そうだな、俺は桜よりも藤が好きなんだ」
「藤ってあの紫色の花か?」
「ああ。福島に、藤がよく見える場所があるんだ」
「じゃあ今度見に行くか。暫く、日本にいるんだろう?」
「……そうだな。有馬にも一度見せたいから」
そんなやりとりをする内に、夜はふけていった。
それはそれは、幸せなひとときだった。