トランプ
――吸いかけの煙草に再び火をつけた。最後の一本だったから。
朝倉は、長い足を組んで勝ち誇ったように笑っている山縣を見上げた。
二人でポーカーをしていたのだが、最後の最後でロイヤルストレートフラッシュで負けた。勝つとばかり思っていたから、負けを想定してはいなかったのだけれど、これはこれで良いかとも思う。
開けた障子から覗く秋の白い月を一瞥してから、朝倉は山縣に視線を戻した。
――ああ、罰ゲームはどうしようか。
そんなことを考えて一人山縣は笑う。口角を持ち上げて、朝倉をじっと見た。
その柔らかそうな髪を、少しだけ撫でてみたくなった。
だが、頭を撫でるなんて罰ゲームは、気持ちが悪い。
そもそも切実な問題があった。
「コンビニに行って煙草を勝ってきてくれ。後は焼酎」
「僕をパシるのか」
「勝者の特権だろ」
「もう一回やらない?」
「誰がやるか。お前に勝つのはなかなか貴重なんだからな」
冗談めかして笑った山縣を見て、朝倉は目を細めた。
麦酒の入るグラスを傾けながら、実際の勝敗は五分五分だなと考える。
だが仮に現時点で己が勝っていたら、自分は何を山縣に依頼しただろうか。
コンビニに行けと即答で返ってきたことが少しだけ寂しい。自分ならばもう少し悩んだ自信がある。例えば――例えば? 一体己は何を考えているのだと思い、朝倉は目を伏せて俯いた。
「ねぇ山縣」
「何だ? 寒いから行きたくないって?」
「第二希望は何だった?」
「羽染をたたき起こしてケーキを焼かせる」
「こんな時間にかい? もう三時だ。大体君はそこまで甘党じゃないだろう? なんでケーキ何だい? 焼酎と合うとは思えないけど」
「今日、お前の誕生日だろ」
「ッ」
己ですら忘れていたことを告げられ、朝倉は目を瞠った。
そういえば、そうだ。
忙しかったからではなくて、特に誰に祝われることもなかったから、誕生日のことなど失念した日々を送っていたのだ。
「――……知っていたんなら、プレゼントは?」
「会いに来てやっただろ」
「いつもの事じゃないか」
「その『いつも』を、今後一年も保証してやるよ。煙草はボックスな」
「誕生日だって知ってて行かせるのかい?」
「何だよ、そんなに俺と離れたくないのか?」
「そう言う意味じゃない」
「脊髄反射的に否定されると、図星に聞こえて困るな」
クスクスと山縣に笑われて、朝倉は辟易した顔をした。そんな夜だった。
翌日。
朝倉は非番だったから、自室でゴロゴロとしていた。
山縣は時間通りに仕事へ行った。
「朝倉大佐」
羽染に声をかけられたのは、日が高くなってからのことだった。
珍しいなと思いながら起きあがり、声をかける。
すると扉を開けた瞬間、甘い香りが広がってきた。
「お誕生日おめでとうございます」
「っ、山縣から聞いたのかい?」
「いえ、有馬から」
それから羽染に促されて台所に行くと、そこには有馬の姿もあった。
「おめでとうございます!」
そしてドンと瓶麦酒を机の上に置かれた。
傍らには大きなデコレーションケーキがある。奇怪な組み合わせだった。
他にもマリネやら、馬刺しやら、無秩序な料理が並んでいる。
「山縣さんは、今日は来られないって言ってました。代わりにって、これを」
有馬はそう言うと、包装された小箱を取り出した。
受け取りながら、朝倉は苦笑する。
プレゼントがあったのであれば、昨日渡してくれれば良かったのに。
それとも朝急いで購入して、午後から非番らしい有馬に渡したのか。
席に促されて座りながら、二人からもプレゼントを受け取る。
そして開けてみることにした。
中身は、超薄型0.1mmのコンドームだった。
メッセージカード付きで、『抱いて』と書いてあった。ハートマーク付きだ。
「「……」」
有馬と羽染がポカンとした顔をしている。
何というプレゼントだ。これじゃ有馬と羽染にどっきりを仕掛けたようなモノではないか。
「山縣には覚悟してもらわんとな」
「え、え? お、お二人はそう言う……?」
「ついに!」
「羽染、違うよ。有馬、『ついに』ってどういう意味だい?」
それから二人に、朝倉は誕生日を祝って貰った。
異母妹からは宅配便で、プレゼントとメッセージカードが届いた。
由香梨様や保科様、羽染の妹からも、合同でプレゼントが届いた。
軍部一同なんて言うモノもあった。
こうして祝われると、それはそれで恥ずかしくなって照れてしまうものである。
山縣がやってきたのは、その日も深夜のことだった。
もう誕生日は終わっていた。
「朝倉、今日は何のゲームをする?」
「ゲームは止めだ。お前が盛り上げてくれたおかげで、貴重な休日が潰れたよ」
「嬉しかったくせに」
「うん。嬉しかったよ」
用意しておいた赤霧島を卓上に置きながら、朝倉は笑み混じりの息を吐いた。
「山縣の誕生日は僕が責任を持って祝うよ」
「誕生日なんて、軍に入るために適当に書いたから知らん」
「別にその日で良いじゃないかい」
「じゃあ二人きりで頼むな」
「お望み通り、抱いてやるから」
「やっぱり大勢で頼むわ」
そんなやりとりをして互いに笑い合う。そんな秋の夜長も幸せだった。