真四角の白
大戦は終結し、和平条約が締結された。
実際に戦い、傷を負った者達は今、白いシーツが敷かれたベッドの上だ。
海がよく見える窓。
その前の花瓶には、白いガーベラが生けられている。
少し起こしたベッドに上半身を預けた香澄は、白い病室にいた。
アトランティスの血を引くとはいっても、その身体は人間だ。扱えば害のある超科学技術もあった。
結果、時折吐血する体、骨折を通常医療で治療中の左肘と右足。国際条約機構の附属病院の一室で、香澄は今、患者として扱われている。
両手を、伸ばした膝の上に載せ、ぼんやりと海の外を眺めていたその時、コンコンとノックの音がした。緩慢に視線を向けた香澄の前で、静かに扉が開く。
「よぉ」
入ってきたのは時図だった。
香澄は、ここで目を覚ます前の、最後の戦闘時、時図の告白を聞いた。
夢では無い自信がある。
それもあったが、どちらかといえば、裏切り者の自分は、どのような顔で時図に次に会えばいいか悩んでいたから――……今自然と微笑が浮かんできたことに、安堵していた。
「時図、来てくれたんだ」
「ああ。調子はどうだ?」
「全然平気なんだけどね」
「どこがだよ、どこが。早く良くなれよ」
「ありがとう」
思いのほか、すんなりと会話が続く。
時図は告白の話題を出さないから、香澄も触れなかった。
――そんな日々が続いたある日。
それは香澄の体が、もう入院不要と診断された日でもあった。
「――というわけだから、もうお見舞いに来てくれなくていいよ」
「そうか」
「じゃあね、バイバイ」
「『またね』と言えよ。『いつも』みたいに」
「……そうだね。またね」
不服そうな時図の声に、一拍の間を置いて、香澄は、はにかむように笑いながら答えた。ただ内心では、『また』は来ないと思っていた。
「じゃ、行くか」
「――え?」
「また、というか、今から一緒に帰るぞ」
「どういうこと?」
「人手不足の条約機構所属医師に早く復帰しろとさ。凛さんがそう言ってて、俺が鍵を預かってきた」
「そ、そう。ありがとう。でも俺は一人で行けるよ?」
「俺と香澄で一緒に暮らせって話で、マンションの鍵を二つ貰った。ほら、こっちが預かってた香澄のやつ」
「一緒にって……」
「まぁ元々一緒に寝泊まりが多かったし、それの延長みたいなもんだろ」
「それは……そうだね」
香澄は作り笑いで頷いた。時図はいつも通りの顔だ。告白なんて、なかったかのような。
凛が用意したというマンションは、本部ビルから通路で繋がるビルの中にあった。1LDKで、それぞれの部屋はなく、寝室は一つきりだった。
「ねぇ時図? これは凛の悪ふざけ?」
ベッドもまた一つきりだ。香澄が目を据わらせ口元だけで笑うと、時図がチラリと香澄を見た。
「嫌か? 俺は嬉しいけど」
「っ……え、べ、別に嫌ではない……けど……」
「じゃあいいだろ?」
「え、え? そ、そう? そういうもの?」
「おう」
こうして二人の共同生活が、始まることとなった。
――薄らと目を開ける。
唇に柔らかな感触がしたからだ。
正面には、端正な時図の顔がある。それを確認し、眠気のままに瞼を閉じた直後、ハッとして香澄は目を開けた。
するとじっと目を見つめられ、今度は目を開けた状態でキスされた。触れるだけのキスが終わってから、香澄は頬に熱が集中している事を自覚した。
「っな……時図、なにする――」
「おはよう」
「お、おはよう……え……え?」
共同声明が始まって、三日目の朝である。
元々低血圧の香澄より、時図の方が朝は早い。
気づけば香澄は、時図に押し倒されている体勢だった。
「なぁ、香澄」
「ちょ、退いて?」
「やだね」
「はぁ?」
「それより返事。そろそろ聞かせろよ」
「えっ。そ、それは、その……」
「俺の告白。忘れたわけじゃないよな?」
「……うん」
「返事は?」
「俺も時図が好きだよ。でも俺達、そ、その……達っていうか、俺は裏切ったようなものだと……釣り合わないでしょ?」
「なにが?」
「え」
「関係ない。好きだ。そしてお前も俺を好きなら、それじゃ駄目なのか? 恋人になるのに」
「俺でいいの?」
「当たり前だ」
断言すると、時図が再び、香澄の唇を奪った。
こうして正式に、二人は恋人同士となったのである。
***
「そういえば、お前らはどうなったんだ?」
後日。
出雲の問いかけに、ビクリとして、時図と香澄は停止した。
二人はお互いに逆方向を見つつも、頬が朱いのは明らかだった。
何かがあったのは、誰にでも分かる反応で、皆祝福した。