【14】二人目の彼氏




 私の親戚は、実に頭の良い人が多い。正確に言うならば、勉強ができる人が多いのだ。しかしながら、性格が悪い人と頭がおかしい人ばっかりである。

 さて、一人暮らしを禁止された私は、隣の市にある親戚の家から、高校に通うことになった。そこが、雛辻病院である。つまり従兄と、伯父夫妻の家にお世話になることになったのだ。もちろん、病院に住むわけではなく、近所にある彼らの自宅の一室を借りることになったのである。今後、もしまた、病気などになる可能性も考慮されたのだろう。

 五歳年上の従兄である晶くんは、この時、某国立医大の二年生だった。
 つまり私は、高一である。やっと色々落ち着いた頃だった。

 晶くんの進学した医大は、そこまで遠方ではないが、通うのは難しい距離だったので、彼は一人暮らしをしていた。だから暮らし始めてすぐの頃は、滅多に会う機会はなかった。久しぶりに再会したのは、珍しく彼が帰省した時である。

「元気そうで安心したわ。ちょっと俺に診察させて! とりあえず上、脱いでみて!」
「嫌だよ! 人を練習台にしないで!」

 私の父方の親族は、男性に限りみな非常にイケメンである。晶くんもその例にもれない。しかし当時の私はブラコンだったので、弟のほうがイケメンだと思っていた。なので晶くんが、はっきりいって下半身ゆるゆるだと知っていたので、ごくごく単純にムッとしていた。この人は、誰でも良いタイプなのだ。完全なる快楽主義者である。

「それにしても帰ってくるなんて珍しいね。お休みは、女の子と遊びまわってるんでしょ?」
「あー、高校の奴らで集まろうって話になってさ。そういえば、明日から三日くらい、友達泊めるから」
「ふぅん。カノジョ?」
「残念なことに男」
「え」
「なんだよ?」
「晶くんにも男友達がいるの!?」
「伊澄ちゃんさ、俺のこと、なんだと思ってんの?」
「も、もしかして……同性もいけるとか……?」
「そろそろ殴っていい頃だよな?」

 このようなやり取りをした翌日、晶くんの友人が泊まりに来た。
 それが、高遠広野さんである。
 第一印象は、背が高い。それだけだった!

 別に話す機会もないだろうと考えていたのだが、トイレのために階下におりた時、丁度晶くんと広野さんと遭遇した。玄関の近くに階段があったのだ。あてがわれていた二階に戻る途中だったので、流れで挨拶することになった。この時に、「広野で良いよ」と言われて以来、私はずっと、広野さんと彼を呼んでいる。

 広野さんは、一度実家に顔を出してきた後、高校時代の友人と遊ぶために、比較的近いこの市に泊まることにしたのだという。

 そのまま私は自分の部屋に戻り、補講の予習をした。この頃は真面目な部分が、まだ私にも残っていたのだ。途中であきて、自サイトの更新作業に励んだりもしたが、予習は本当にしたのだ。断言する。勉強もきちんとした!

 そして夕食時、意外なことに、晶くんと広野さんと食べることになった。

 伯父さん達は多忙なので、あまり私は一緒に食べない。今回も、二人はいなかった。どちらもお医者さんなので、こんなものだと思っていた。

 だからその日も一人で食べると思っていたし、晶くんは性格的に外食するだろうと考えていたから、正直びっくりした。私は人見知りではないが、この頃からあまり他人と食事をするのが好きではなかったというのもあって、正直気乗りはしなかった。しかし断れない性格なので、笑顔で同意した記憶がある。

「なぁ伊澄ちゃんて、彼氏いんの?」

 なんだか雑談をしていたら、晶くんに不意に言われた。彼はとてもお喋りなので、ずっと一人で話していた。まさか質問されるとは思ってもいなかった。私はそれまで、ただ笑顔で相槌を打っているだけだったような気がする。

「いないよ」
「元カレとかは?」
「んー、中学生の時に付き合ってみたんだけど、手を繋いでみたらなんか気持ち悪くて、あと電話がかかってくるのが面倒くさくて、別れちゃった。三週間しか付き合ってない」
「手がキモイって……キスくらいしなかったの?」
「してない。多分、付き合ってみるってどういう感じか興味あっただけで、もともと好きじゃなかったみたいなの」

 この頃、私は今以上に素直な人間だったので、本音で答えた。
 すると晶くんが、腹を抱えて笑いだした。失礼である。

「で、今は? 恋とかしてんの? 気になってる相手とか。付き合ってないにしろ、なんか恋バナないのか? 告られたとかさぁ」
「残念なことに、全くないの」

 私は本気で悲しくなった。というよりそもそも、高一のこの頃は、恋だとかしている状況ではないと個人的に考えていた。留年しないかどうかで、頭がいっぱいだったのだ。実際、高一時の同じクラスの人間が誰だったかなど、ほとんど覚えていない。そのため、後にフェイスブックで声をかけられた時、知っているふりに苦労した。

「意外。モテそうなのに」

 その時、広野さんが口を開いた。それまでは、彼も私同様、晶くんに相槌を打つことばかりで、あまり喋らなかったのだ。そしてようやく話したと思ったら、お世辞である。よくわからない人だなと私は思った。

 このようにして雑談をしていたら、晶くんに言われた。

「明日、スノボ行くけど、一緒に行くか?」
「補講あるから無理。それにスノボやったことないし、スキーすら下手」
「ああ、なるほどな」

 こんな私達のやりとりに、広野さんが首を傾げた。

「冬休みって、二年まで補修無いよね? 今、変わったの?」

 この二人は、私と同じ高校の卒業生である。

 そこで晶くんが、大量服薬事件のみ濁して(あるいは知らなかったのかもしれない)、私の病気の件を広野さんに説明した。そちらはもう治っていたわけであるが、非常に申し訳なさそうな顔をされた覚えがある。ここで初めて、良い人だなと感じた。

 この日を含めて三日間、一度二人が同級会という名の飲み会に出かけた時以外は、大体家で一緒に過ごした。日中は、私は補講に行っていたから、彼らは昼間に遊んでいたのだろう。少なくとも私はそう考えていたし、夜いる理由は、たまに帰ってきたからだと確信していた。

 これ以後、晶くんは頻繁に帰ってくるようになった。あくまでも医大生にしては、であるが。女遊びをやめて真面目に生きることにしたのだろうか。そう考え、私は少し従兄を見直した。同時に、ちょくちょく広野さんも遊びに来るようになった。

 同郷だから(市と町は離れてるけど、県は一緒だし)、一緒に帰ってきているのだろう。
 それで、その度に高校時代の友人と遊んでいるから、泊りがけで遊びに来ているのだろう。

 私はそう考えながら、新人賞に投稿していた。サイトの運営を一時期停止し、買ってもらったプリンターで、ちまちま印刷して、投稿していた。一次落選ばっかりだった。

 その余裕が出来たのは、無事に高校二年生になれたからである。冬休みと春休みに、先生方が補講をしてくれたおかげだ。また、授業は最初の頃出席すれば、後半保健室にいても、出席したと認定される制度だったので(これも好意だったのかもしれない)、病気発覚前後の体調不良時の授業の単位も認められたためである。

 一般的に単位なんて気にしないで過ごす高校なのだが、私の場合は、違ったわけだ。

 こうして私は、小説執筆活動に精を出した。その内に、たまに一次選考に通るようになったり、短編で小さな賞をもらえたりした。大歓喜である。自サイト運営と投稿ばっかりしていて、休日は、他には何もしていなかった。

 そんな風にして生活が落ちついた頃、再び晶くんが帰省し、広野さんが遊びに来た。

 この頃は、ちょくちょく彼らに遊びに行こうと誘われ、何度か出かけていたので(本心としては、家で小説を書いていたかったのだが、私は何度も書くが断れない性格なのだ)、よく出かけていたので、その時も遊びに行くことに同意した。

 今回の行き先は、私の高校がある市で、菖蒲を見に行くことになっていた。
 その近隣の大きな神社にも言ってみようという話だった。
 結構私達の行き先は、今思えば変わっていて、博物館などが多かった。

 改めて思えば、完全に意識高い系である。そして私は高2病罹患者だった。

 しかし当日の朝、晶くんが腹痛を訴えた。大変な事態だ!
 遊びに行っている場合ではない!
 本日は取りやめだ!

 そう思っていたら、「二人で行ってきて、悪いし。逆に気を使っちゃうから、いくら俺でも。余計具合悪くなりそう。完全に、ただの風邪だし」と、晶くんに言われた。

 なのでこの日、私は初めて、広野さんと二人で遊びに出かけることになったのである。

 先に神社によったので、私は純粋に、晶くんの回復を祈った。広野さんは、随分と長い間手を合わせていたので、一体何を願っているのだろうかと、ちょっと疑問だった。だから、なんとはなしに聞いてみた。

「何かお願いがあったんですか? だから神社に来たの?」
「まぁ、そうだね。菖蒲も一緒に見たかったけど。伊澄ちゃん、好きそうだから」
「確かにお花って良いですよね。ちなみに何をお願いしたんですか?」
「――好きな相手に告白して上手くいく事」
「え」

 私は驚いた。これまでに広野さんの口から、恋バナなんて聞いたことがなかったからだ。好きな相手がいるのか。これは、応援しなければ! そう考える程度には、私はこの頃、広野さんと親しくなっている自信があった。

「上手くいくと良いですね! 上手くいきそうなんですか!?」
「どうかな。どうだろうね。僕が知りたい」
「どんな人ですか!? どのくらい会ってるの!?」

 詳細に聞かなければ、アドバイスできない! 自分に恋愛経験など無いと言っちゃっても良いことを忘れ、私はこの時、アドバイスする気満々だった。

「できる限り会ってるけど、遠距離だから」
「なるほど! この市の近くだから、晶くんの所にいっぱい来てたんだ!」
「――まぁ、そうだね」
「そ、それで!? 良い感じなんですか!? その相手の恋愛状況は!? あ、その前に、どんな人!?」

 私が勢いよく質問すると、少しの間、広野さんが黙った。

 聞きすぎてしまったのかと後悔した。その前に、私に話す気などなく、ただの雑談のつもりだったから困っているのかもしれないとも考えた。もしかして、悪いことをしてしまっただろうか。私は、僅かな沈黙の間、必死に考えた。

「嫌われてはいないと思うけど、良い感じかと言われると、正直答えられない。相手に彼氏がいないのは分かってるけど、現在好きな相手がいるかどうかも分からない。性格はね、頭は良いんだろうけど、すごく鈍いね。普通なら、僕の恋愛感情に気づいて、意識程度はしてくれると思う感じ。だけど、全く気づいている気配がない。遠恋が問題だとは思えない。晶とも話したけど、根本的に鈍い」
「それ、それ! 告白しないと気づかれないパターンだと思います! 私と遊んでる場合じゃない! すぐにその人と遊んだほうがいいよ! デートに行かないとダメ! なのになんで晶くんの家にばっかりいるの!? バカだ! お医者さんになるくせに、バカだ!」

 私が思わず力説すると、広野さんが深々と溜息をついた。

 バカとか言っちゃったのが悪かったのだろうか……第一、私に考えつくようなことは、とっくに考えていたのかもしれない。再び私は後悔した。だけど、だって、だって、応援したかったのだ!

「伊澄ちゃんは、好きな人いるの?」
「いないですけど……だから、確かにアドバイスは参考にならないけど……」
「僕のこと、どう思う?」
「すごく良い人! 間違いない! 断言できる! だからきっと上手くいきます! 勇気出して、告白したほうがいいです! 頑張って! 相手、何歳!? こっちの人ってことは、高校の同級生!?」
「――高校は同じだけど、学年が全く違う。現在進行形で、高校生」
「んー……高校生なら大学生の彼氏に憧れる人、結構いるし、上手くいくかも! って、待って、じゃあ私が知ってる人かも知れない! 知らなくても、きっと私の友達の誰かは知ってる! 協力します! 全力で協力するよ! 何年生!? 名前は!?」
「高2」
「本当!? じゃあ絶対私の友達、誰か知ってる! 私の同級生だし!」
「伊澄ちゃんはさ、大学生の彼氏に憧れたりするの?」
「うーん、だって、大学生で会うのなんて、晶くんと広野さんくらいだし。大学生がほかに身近にいないから、よくわからないです」
「僕って彼氏にするとして、どう?」
「最高! 自信持ってください! 広野さんみたいに良い人だったら、誰だって彼氏にしたいと、きっと思っちゃうよ!」
「――伊澄ちゃんも、僕のことを彼氏にしたいと思う?」
「いや、そういう意味じゃなくて、一般論!」
「思わないわけだ」
「え……その、そ、そういう意味じゃなくて、考えたことないだけです」
「じゃあ考えてみてよ」
「はい!」

 私は、ただ励ますだけでは、信憑性がないのだと判断した。
 そこでじっくりと、広野さんが恋人として適切な人間か熟考した。
 多分、五分くらい。

「考えました!」
「……早くない?」
「早いけど、よく考えました! 広野さんは、恋人にするなら完璧な人で間違いないです! 性格も良いし! 頭も良くて将来有望! 見た目も背が高い比較的イケメン! 条件的にバッチリです! 最高!」
「随分と打算的な考え方をしたんだね。さっきまでとは逆に」
「だって、恋人としてどうか考えろって言うから。恋人って将来結婚するんでしょ? 前にみんなで、結婚するならお金持ちがいいって話したことあるの!」
「まぁいいや。つまり、伊澄ちゃんは、僕を恋人にしても良いってことだよね」
「はい! 広野さんが恋人だったら、きっと幸せ間違いなしです!」
「じゃあ僕と付き合ってくれるよね」
「――へ?」
「僕と付き合ったら、幸せ間違いなしなんでしょ?」
「え?」
「そもそも、君が大学生と知り合う機会がないように、僕にだって高校生と知り合う機会なんてないよ。第一、僕はきちんと好きな相手である君のところに、可能な限り通ってた。しっかり顔を合わせてた。今日はデートのつもりだよ。その上、告白もした。君が言ったパターン、全部実行した自信がある。これで気づいた?」
「こ、告白!? 告白!? え、今の、告白!?」
「言い直そうか。好きだ、付き合って」

 私は言葉に窮した。そりゃ、高校の友人と恋バナをすることはある。
 しかし、恋愛小説は読まないし、書いたこともない。
 だが、黙っているわけにもいかないだろうと判断した。

「え、えっと……私のどこが好きなんですか?」
「全然わからない」
「は? じゃあそれ、ただの気のせいですよ!」
「それはない」
「なんでわかるの!?」
「君のことが気になって気になって仕方がないから」
「――考えさせてください」
「無理。明日帰るし、今回は、もう二人になる機会がない」

 そんなことを言われても、困ってしまう。
 どうしたらいいのか考えていると、広野さんに言われた。

「前に、中学時代の彼氏と、電話するのと手を繋ぐのが嫌だったって言ってたよね」
「よく覚えてますね」
「まぁね。で、たまに僕、君に電話したけど、出てくれたってことは、別に嫌じゃなかったと思ってるんだけど、どう?」
「嫌じゃなかったですけど……」
「なら、こうしよう。今、手を繋いでみて、平気だったら僕と付き合って」
「は、はい」

 私は思わず頷いてしまった。
 そして、手を繋いだ。
 別段、嫌じゃなかった。

「嫌?」
「いえ、その、特に」
「じゃあ今日から僕と付き合ってね。神社、効果あったみたいて良かったよ」

 その後、私達は菖蒲を見に行った。
 だが緊張しすぎて、よく覚えていない。

 帰宅後は、初めから本日、広野さんは私に告白予定で、晶くんの腹痛は、仮病だと知った。しかしそれを怒る余裕すらなく、私は状況理解が上手くできなくて、ずっと混乱しっぱなしだった。

 このようにして、私と広野さんは付き合い始めた。
 思い返せば、私は本当に押しに弱い。
 そして私を好きになった広野さんの頭は、当時からおかしかったのだろう。