【49】呼び出し



 ビクビクしながら向かうと、上村先生と鏡花院先生と顔だけ知ってる社会心理の先生と、他は知らない人が三人いた。メンバー的に、卒論の話だと直感した。

 どうしようかと思っていたら、自己紹介が始まった。まず最初に私がさせれた。
 結果、私は冷や汗をかいた。作り笑いが崩れるかと思った。

 知らない先生は社会学科の先生だろうと思っていたら違ったのだ。他の大学の先生だったのだ。一人目は、私が卒論でメッタメタに批判した論文の著者その人であった。原子力の人だ。あ、なんか、やばい! そうとしか思わなかった。二人目は災害心理学の専門の先生。専門家だからボコボコに欠点を指摘されると覚悟を決めた。終わった感が強まった! 三人目は、某有名被災地支援団体日本支部の人だった。この人は、いる理由がよく分からなかった。

 みんな真剣な顔をしていた。どうしよう。泣きそうだ。
 お茶が出されているのに、誰も飲んでない。
 座って下さいって言われたのに、みんな立ってる! 私だけ座るの?

 和やかな空気がない。怒られる。きっと留年だ。卒業旅行には行けるけど卒業はできない!
 自己紹介後、みんだ黙っちゃった!
 困っていると、気を取り直したように、上村先生が再度促し、全員座った。

「論文、読ませていただきました」

 最初に口を開いたのは、ボコボコに書いちゃった原子力の人である。
 すごい怖い声だった。私は謝るべきだと確信し、口を開こうとした。
 だがその前に、怒涛の勢いで質問が開始された。
 焦りつつ私は答えた。終始その先生はキレ気味だった。途中から丁寧語が消失。
 怒ってる。すごい怒ってる。どうしよう!
 多分そのまま一時間くらい質問攻めにされたような気がする。

「よく分かった。貴方は、うちの大学の原子力研究所にくるべきだ」
「――はい?」

 結論がそれで、私は思わず聞き返した。
 その人は、別に怒っていたわけではないようだった。
 なんでも私がメタメタに書いた部分を、その後に書いた論文で取り消していたらしい。
 知らなかったので、申し訳ない。つまりボロボロに言って正解だったのだ!
 それと原発災害について私は書いたのだが、原発災害防止対策側で働けと言われた。

 原発に興味がないことを遠隔的に告げ、就職先が内定していることを伝えた。内定どころか私が心理学の院に行かない理由まで既に知っていたその人は、「興味がないのにあんなの書かないだろうが」と怒るように言った。

 押し問答していると、今度は災害心理学の先生が声を挟んだ。

「ねぇ、ちょっと良いかなぁ」

 それに、原子力の人が黙った。

「実は彼ね、私の教え子なんだよ」

 そう言ってその人は、プーケットで会った人について語り始めた。
 へぇと思いながら聞いていた。
 その先生はもともとは心理学者では無かったようで、無かった当時の教え子らしい。
 新潟の先生のことも知っていた。
 ずーっと知り合いの二人についてその先生と話していた。
 やっと……そう、やっと! 和やかな空気が訪れたのである!
 とても安心してニコニコ話していたら、最後にパンフレットを渡された。

 そして自衛官には、退役した人じゃなく普通の人でもなれる、予備自衛官っていうのがあるんだよと力説された。私は、笑顔で頷いたが、知っていた。友達に自衛官がいるから、航空祭の特等席に連れて行ってもらって見学したことがあるレベルで! そして頭の病気の疑いがある人が自衛官になれないことも知っていた。

 なので暴露して問題ない健忘の話を使いつつ、体力ないので無理ですと言いはった。災害時しか呼ばないからァっていうのだが、私は災害時も、当時はどこにも行くつもりなどなかった! っていうか、なんでこの人は、私に自衛隊を勧めるのだろうか? 関係者なのだろうか?

「じゃあせめて、私が災害時に自衛隊等関係機関に協力する時は……手伝ってもらえないかな?」
「はい!」

 私は落としどころはここだな、都合つけて断ろう、と思い頷いた。
 すると勝ち誇った顔をされた。

 はじめから、そっちが狙いだったりしい。私は笑顔で流したが、内心かなりムッとしていた。そもそも何を手伝えというのだ! 私に手伝えることなんかないぞ! そう確信しながら内心溜息をついていると、最後の人が話し始めた。

「ぜひ私たちのボランティア団体に入って下さい!」
「へ?」

 すごく直球だった。

「どの職であっても進路であっても、並行して入ることが可能です」
「え、あ、あの?」
「助けを待っている人は沢山います! 一緒に頑張りましょう!」

 さらには私の内定企業にも関係者がいるから話を通しておくと言ってきた。無理である。私にはそんな本格的なボランティアっぽいのなんてできない。だってやる気もないし。私は向いていない。当時、本気で私は、支援なんか考えたことは一度も無かった。

「まだ体調不良ですのでご迷惑をお掛けすることになるかもしれませんので、戻り次第ご連絡させていただきます。前向きに検討させていただきます!」

 私は敬語本で覚えた言葉を必死に思い出して笑顔で断った。
 するとそれまでとは態度が変わり、その人が吹き出した。

「うわっ、やる気ねぇなぁ!」
「っ」
「普通、うち入れるって聞いたら、喜ぶっしょ。打算的にさぁ。もう! 変な人だなぁ、さっきから話聞いてて思ったけど! なんで支援する人って頭おかしい人が集まるのかなぁ! 保証する。絶対そのうち、貴方は、うちに来る」
「え?」
「即答で入るっていうやつみんな辞めてくから。続いてる人はみんな、そのうち災害起きた時にうちに連絡よこすんだよ。ふと思い出して。で、そのまんま、ずっといるの」
「はぁ」

 そんなこんなで、彼らは帰っていった。私は、ちらっと上村先生と鏡花院先生を見た。

「あの――卒論の件じゃなかったんですか?」

 思わず聞くと、上村先生が笑っていた。

「いやさぁ、なんか見せた人全員、これは論文っていうか、なんていうの、理論構築系っていうよりはさぁ、現実的な方向で役立つ話ばっかりじゃないかって、いうような事を言っていてね。それで、どうしようかぁって話してたら、そのうちちょっと知ってるところがドクターヘリ導入するとかいう話してて、たまたま災害っていうか、まあ大雪の専門家なんだけど、一応災害の専門家って言っても良い人に、伝わったの」
「はぁ」
「その人にコピー渡したら、なんか回し読みされて、笑われてたらしいよ」
「え」
「大丈夫。良い意味での笑いだから。なんていうか、『そうそう、これ、まさにこれ、これが言いたかったの!』って感じで、従事者が笑ってたんだって。君、従事者じゃないのにねぇ。よく気持ちが分かったものだ! さすが!」
「待って下さい! 私は支援者の気持ちなんて一言も書いてないです!」
「違う違う。こうなれば、もっと災害の時とか、そのあと楽なのにーって話!」
「はぁ」
「けど研究者として論文まとめる人とさぁ、めっちゃ土木作業してる人って、違うじゃない? だから、土木作業とかしてる人が言いたかったけど上手く言えなかった事が書いてあったんだって!」
「……原子力もですか?」
「ううん、あれは、直接問い合せた。よく分かんなかったから」
「え」
「で、メールで君の卒論送って、読んでもらったの。そうしたら、電話がかかってきたんだよ。ただ結論から言ってあれも、具体的対策系だったみたい」
「ええと、卒論は、結局どうすれば良いんですか?」

 私の声に、上村先生が鏡花院先生を見た。
 それまで一切喋らなかった先生は、俯きがちに言った。

「俺のゼミ的には、江戸時代」
「はぁ」
「けど、お国のためを考えるなら、災害系のどれか」
「え」
「そして今後、社会人入試を本格的に検討するなら、終末論。あれなら、どのジャンルにも行ける。江戸時代は俺か俺の知り合いのところ以外、厳しい。終末論なら、書き方で認知行動系の見解も面接時に付け足せる」

 そんなことを言われても、困ってしまう。

「その中のそういう理由なら、江戸時代にします」
「非常に喜ばしい回答だけど――学科でも相談したんだ。PSWの専門っていう選択肢」
「へ?」
「臨床心理士よりも、災害時に向いてる。ある側面においては」
「けど私、世界滅亡映画にしか興味ないです!」
「「え」」
「災害が起きても絶対ボランティアなんか行かないです! インドアです! 支援なんて無理です! むしろ支援される側です!」

 私の言葉に唖然とした後、二人が顔を見合わせた。
 しばらくその状態が続いたあと、鏡花院先生が怒ったような顔で笑った。

「真面目にデイアフタートゥモロー?」
「はい!」
「どうしてアメリカか南極に行かなかったの?」
「南極は遠そうだし、ロシアも寒そうだからやめたんです! アメリカは行ったことがあります! それに江戸時代を書いた段階で、地震に決めたんです!」

 鏡花院先生が天井を見上げた。諦観した様子で笑っていた。

「色々な人に連絡を取るのを忘れちゃうくらい熱中してたよね、地震に」
「はい!」
「卒論のため?」
「それもあるし、あと、楽しくて!」
「じゃあ地震に興味があるんじゃないの?」
「卒論に全部書いたので、満足しました!」
「――つまり、あきた?」
「はい!」

 鏡花院先生が、両手で顔を覆った。

「上村先生、どう思います?」
「あきちゃったんじゃ、しょうがないと思いますよ」

 上村先生が声をこらえるのに必死な様子で笑っていた。
 とりあえずこのようにして、私の卒論は、江戸時代になった。