脅迫






 その学園の地下に設置された研究室では、特殊な武器を製造しているという噂があった。いいや、噂ではない。それを潜入していた、宮城(みやぎ)はよく知っている。

 元々宮城は、関東震災後に出来た東京スラムに捨てられていた孤児だった。
 それを拾い、育て、武力を叩き込み、大学まで出してくれたのは、柳生(やぎゅう)という老人だった。柳生は極道の流れを組む組織の長で、現在は東京スラムの闇を牛耳っている。柳生の指示で様々な資格を得ていた宮城は、今回は教師として、この、東堂(とうどう)学園へと潜入をしていた。

 今のご時世、警察組織は名目のみで、治安の維持は行わない。本当に仄暗い社会を統制しているのは、柳生が仕切る、十龍(シーロン)のような組織だ。十龍は、元々は中華系マフィアの流れを汲む組織らしい。

 宮城の調査で武器があると判明し、本日は十龍のメンバーが欧州に訪れた。
 暗い校庭にて、小柄な柳生の隣で、黒いスーツ姿の宮城はそれを見守っている。

「これ、は?」

 そこにか細い声がかかった。
 学園のセキュリティシステムは既に遮断してあるから、警備員が来る事は無い。
 実際、そこに立っていたのは、シャツ姿の豊満な胸をした、一人の女性だった。
 長いふんわりとした髪をしていて、驚いたように宮城達を見ている。

「宮城先生……? 何かあったんですか?」

 目を丸くしている女性教諭の声に、宮城は僅かに目を眇めた。

「七緒先生……」

 どうしてここに――、そんな想いで宮城が名前を絞り出す。
 七緒と呼ばれた女性は、困惑したように首を傾げた。

 潜入調査中、宮城は七緒に、実を言えば惚れていた。優しげな七緒は、気弱な性格というよりは、おっとりした性格をしていて、いつも厳しい社会を生きてきた宮城から見ると、どこか癒しを感じさせる女性だった。

 一方の七緒もまた、学期の途中で赴任してきた宮城に好感を抱いていた。逞しい体つきをしている宮城は険しい表情をしている事が多かったが、外見に反していつも冷静で、心の根底の部分の優しさが伝わってくるようだったからだ。

「一般人か?」

 柳生が問う。ハッと我に返った宮城は、静かに頷いた。

「一般人の教師です。養護教諭です」
「そうか」
「彼女は何も知りません」

 つい庇うような発言を、宮城がした。これは実に珍しい。宮城は常に柳生に付き従うだけで、自己主張はしないし、命令を絶対として生きているからだ。だからこそ、柳生はピンときた。惚れているのだろうなとすぐに分かった。

「しかし見られたからには、放っておく事は出来ぬのう」
「っ……」
「抱いて黙らせろ」
「――え?」
「殺して口を封じても構わぬが、一般人なのじゃろう? ならば情を結んで黙らせておけ。今晩中に。写真を撮り、脅しておけ」

 ――柳生の命令は、絶対だ。宮城にとっては、少なくともそうだ。
 宮城は困惑したように立っている七緒を見る。
 そして唾液を飲み込んだ。

 七緒に歩み寄った宮城は、それから小声で囁くように言った。

「嫌だろうが、俺に抱かれてくれ」
「え? ええと……」
「保健室に行くぞ」

 宮城な七緒の背に手で触れ、促すように歩き始めた。ここまでくれば尋常ではない事態が発生しているらしいと、七緒も理解していた。そもそもここへ来たのは、保健室にスマートフォンを忘れたからであったから、目的地は変わらない。

 素直に七緒は、職員玄関から中へと入り、暗い廊下を歩く。
 宮城はその歩幅に合わせるように、ゆっくりと、しかし厳しい表情で進んでいく。
 こうして保健室の前に到着した時、施錠されていたので、何気なく七緒は鍵を取り出した。何も言わずに宮城はそれを見守っていた。

 保健室に入ってすぐ、七緒が電気をつける。宮城はそれを見ながら、黒いスーツのネクタイを緩めた。

「何が起きてるんですか? 宮城先生」
「……言えない。ただ、七緒先生。命が惜しいか?」
「それ、は……死にたいと思った事は無いですけど」
「だったら俺に抱かれてほしい」

 立っている七緒を、後ろから宮城が抱きしめた。その腕の感触に、七緒は目を丸くする。元々好意を抱いていた相手であるから、そこに嫌悪感は無い。七緒のシャツのボタンを、後ろから宮城がポツポツと外していく。すると豊満な胸とそれを隠す下着が露わになった。カッと羞恥から七緒が頬を染める。

「み、宮城先生こそ、私を抱くのは嫌じゃないんですか?」
「――ああ」

 何せずっと好きだったのだからと言いかけて、宮城は目を伏せ言葉を止める。
 自分と七緒は住む世界が違う以上、これが最初で最後だと認識していたからだ。己の人生に、一般人を、それも好きな相手を巻き込むわけにはいかないという思いが強い。

「私も、嫌じゃないです」
「……」

 その時、七緒がそう言ったから、後ろで目を開いた宮城は、息を呑みそうになった。
 七緒の服を乱しながら、宮城は少し体を硬くする。

「私、その……ずっと宮城先生の事が好きで……」

 小声で七緒が告白すると、今度こそ宮城が息を呑んだ。このような状況でなかったならば、両想いという現状は、どんなに幸せだっただろうかと考える。己が伝える事も、許されるのだろうかと、少し悩んだ。だが、言わずにはいられず、気づくと少し掠れた声で宮城は囁いていた。

「俺も好きだ」

 そうして宮城は、七緒を保健室の寝台の上に押し倒した。
 柔らかで大きな左胸を手で握るようにし、右胸には唇で吸い付く。そうしてチロチロと舐めると、震えながら七緒が息を詰めた。目を伏せている彼女の長い睫毛が震えている。

「ぁ……」

 ジンと胸から走った快楽に、七緒が身を捩る。宮城は丹念に七緒の胸を愛撫してから、左手を彼女の秘所へと下ろした。そしてそこが少し濡れている事を確認する。体を浮かせて上体を、七緒の蕾の前へと向け、宮城は無骨な両手で、その蕾を押し広げるようにした。露わになった愛芽をまじまじと宮城が見たから、七緒は真っ赤になった。

「ぁ、ァあ」

 宮城が舌で、そっと七緒の愛芽を刺激する。その優しい感触に、全身が熱を帯び、じっとりと七緒は汗をかいた。手で押し広げるようにしながら、宮城が何度も舌先で刺激する。

「ぁア、っン」

 その度に七緒の口からは嬌声が零れる。そして秘所が濡れ始めた頃、宮城が右手の指で、そこをなぞった。

「あ、ああっ」

 すぐにでも挿いってしまいそうなほど濡れている。宮城は、ゆっくりと中指を中に挿入した。そして揺らしながら、七緒を見る。七緒はゾクゾクと背筋を快楽が走り上がっていくのを感じた。中指が根元まで挿いった所で、宮城がその指先を揺らし始める。そうして十分に内壁を確認してから、宮城は指を引き抜き、今度は人差し指と共に、二本の指を挿入した。

「あ、ああ、あン!」

 真っ直ぐに挿いってきた指先が、七緒の感じる場所を探り出す。右の奥を突かれた時、思わず七緒は仰け反る。よりじわりと愛液が溢れた。その艶やかな姿を見ているだけで、宮城は昂りを感じる。だから左手でベルトを外し、荒く吐息した。

「挿れるぞ」
「ん、ああああ!」

 宣言の直後、指とは比べ物にならない熱が、七緒の中へと挿いってきた。
 思わず七緒は、宮城の体に手をまわす。一気に根元まで挿入した宮城は、そこで一度動きを止めた。そして先程指先で探り出した、七緒の感じる場所を陰茎で貫く。

「あ、あ、ああ、ソコ、ソコは――ひぁ!」

 既に七緒の瞳には凄艶な色が宿っていたし、宮城の目も獰猛だ。荒々しく動き始めた宮城の体にしがみつきながら、七緒は快楽由来の涙を零す。七緒の太股を持ち上げ、斜めに貫くようにしながら、激しく宮城は打ち付けた。

「あ、あっ、宮城先生、っ」
「俺は本当は教師ではないんだ。先生じゃない」
「宮城さ、ん」
「――ああ」
「好き。好きです。宮城さんが好きです……ぁ、ァ! ああ!」
「俺も好きだ」
「ンん――!」

 その後宮城が一際大きく動いて七緒の中に放った。その時感じる場所を貫かれて、七緒もまた果てたのだった。

 ずるりと宮城が陰茎を引き抜くと、白濁とした液が、七緒の内側から零れてくる。
 呼吸が落ちついてから、宮城は長々と目を閉じた。
 あとは――命令ならば、写真を撮らなければならない。きっと柳生はそれを見せろと迫ってくるだろうと思った。だが、愛しい七緒の姿を誰かに見せたり、何より彼女を脅迫するような真似をしたくない。そうではあっても、柳生の言葉は絶対だ。

 ぐったりとベッドに肢体を預けて、七緒は汗ばんだ肌に髪を張り付けている。
 ベッドから降りた宮城は、椅子に投げておいた己の黒いジャケットからスマートフォンを取り出した。

「……悪い」

 小声でポツリと呟き、顔と秘所、そこから溢れる精液が映るように写真を撮る。
 フラッシュが光った時、細く長く吐息して、七緒が言った。

「それで宮城さんが、困らなくなるなら、私はいいです」
「っ」
「今日の事は、誰にも言わない。そういう事ですよね?」
「七緒先生……」
「私の事も、『先生』って呼ばなくていいです。七緒って呼んで下さい」
「七緒……」

 その名を宮城が呼んだ時、起き上がりながら七緒が笑った。

「また会えますか?」
「それ、は……お互いに、暮らす場所が違うからな」

 己は暗い闇の道、七緒は明るい日の下が。そう考えて鳩尾が重くなったように宮城が思っていると、七緒が微苦笑した。

「宮城さんは、私を脅すんでしょう?」
「……ああ」
「だったら、私が誰かに話していないか、定期的に確認しないと」
「――え?」
「月に一回は確認に来てくれないと、私誰かに喋っちゃうかもしれないなぁ」
「何を言って……無理に抱いた俺と、会いたいのか?」
「私達、相思相愛ですよね? 合意じゃないですか!」
「っ」

 その言葉に、思わず宮城は照れた。好きなのは事実だからだ。すると明るい笑顔で、七緒が続けた。

「毎月、第三土曜日なんてどうですか?」
「仕事が入るから約束はできない」
「それなら、連絡先を交換しておいて、空いてる日にしましょう! プライベートの連絡先!」

 七緒が、忘れ物だったスマートフォンを、机の上から手に取る。宮城は手に持ったままだ。こうして七緒に促されて、その場で宮城は、メッセージアプリの連絡先を交換した。


 それから何度目かの第三土曜日。
 もう宮城は七緒と数回は会っていた。

 いつも宮城が食事をご馳走し、二人はホテルの上階の部屋に泊まる。

 さてこの日は取引後、出かけるという宮城を、不思議そうに柳生が見た。どこに行くのかと聞かれた結果、宮城は七緒と会う事を話すに至った。柳生に隠し事をするのは道理に反するからだ。

「――しかしやり手じゃな。宮城を脅し返すとは。肝が据わったオナゴじゃわい」
「別に脅されているわけでは……」
「儂から見ると、そうなる。そういったオナゴなら、大歓迎じゃ。宮城もそろそろ嫁をとってはどうだ?」
「っ」

 宮城があからさまに顔を背けた。その耳が朱いのを、柳生が見て取る。
 あの日促して良かったなと、宮城を実の孫のように思っている柳生は喉で笑った。

 宮城と七緒が結婚するまで、もう少し。
 闇世界の住人と、日の下を歩く者が、交わる事は珍しくはないのかもしれない。




 ―― 終 ――