吸血鬼♀、男前僧侶を餌に決める。
メイサは、吸血鬼だ。
銀と金の中間の色をした髪は、毛先が緩く巻いてある。少しつり目の猫のような瞳の色は、紫色だ。肌は白くすらりとしていて、胸の大きさは豊満であるが、くびれも脚も非常に細い。抜群のスタイルを誇っている彼女は――繰り返すが、吸血鬼である。
長い刻を生きてきた彼女は、実年齢は四百歳と少しで、1600年代に吸血鬼にされてから、今は一人で各国を転々としながら過ごしている。今回は、日本へと訪れた。日本に来たのは大正が最後だったので、令和の世が物珍しい。
「相変わらず食事が美味しいわね」
妖艶に笑う彼女は、日傘を差している。数多の芸術作品に描かれるほどには、日光には弱くはない。かといって得意ではない。なお、鏡には映らないので、人間に気がつかれないように、暗示で姿を見せることには気をつけている。コウモリには変身できないが、彼女は黒猫に姿を変えることも出来るし、霧のように消えることも出来る。弱点は、十字架で心臓を貫かれることと、銀色の弾丸だが、どちらも平和な日本にはめったに存在せず、民間人が持ち歩いているわけではないので、日本という国は過ごしやすいと言える。
本日は黒いスカートに、白いふんわりとしたシャツを身につけて、ゆったりと甘味を楽しんだ帰りだ。吸血鬼は、人間と同じ食事をすることが出来る。あくまでも、栄養摂取と言うよりは、娯楽だが。
「あら?」
すると前方から、歩いてくる一人の僧侶が見えた。僧侶だと分かるのは、紺色の和装に袈裟を身につけているからだ。総髪で、艶やかな黒髪は前髪が少し長めで、もし洋服を着ていたら、絶対的に僧侶だとは気づけない服装をしている。チラリと見れば、手首には数珠が見える。
洋の東西は別として、魔である吸血鬼のメイサは、勿論神父や僧侶といった職の相手には、気を抜けば追い払われる程度のことはある。ただ、弾丸や十字架が無ければ、せいぜい追い払われる程度だ。なのであまり危険性は感じず、メイサはしげしげと相手を見る。
男性としては平均的かそれよりも少し大きな身長の青年で、二十代後半くらいだろうか。
色は白めで、よく通った鼻だちをしており、切れ長の眼をしている。
薄い唇も綺麗だ。細マッチョの体躯を僧服に押し込めているようで、若干腰回りは細いが、とても男らしい容姿をしている。
メイサは、男前が好みだ。男前が、己の下で弱々しく喘ぐところを見るのが、たまらなく好きだ。
「ん?」
メイサの声に気づいた様子で、歩いてきた青年が立ち止まり、顔を上げた。目が合うと、青年が小さく息を呑む。メイサは唇の端と両頬を持ち上げた。すると青年が、両頬に朱をさした。
「はじめまして。ごめんなさいね、じろじろと見てしまって。日本に来るのが久しぶりだったから、僧侶の方というのが珍しくて」
「あ、いや……外国の方でしたか」
メイサは堀が深い顔立ちをしている。ただ、日本人といわれたら、そう見えることもあるだろう。和と洋が混ざり合ったような美を誇っている。青年が己に見惚れていることが、メイサには手に取るように分かった。
「お名前はなんと仰るんですか? 私はメイサ・エヴァンスと言います」
「俺は玲千寺佳生と言う」
その名前を、メイサは脳裏に刻んだ。佳生からは、匂い立つような甘い血の香りがする。聖職者には、特にこういう極上の血の匂いを持つ者が多い。童貞処女も美味な香りがするのだが、童貞処女かつ聖職者だと、その味が最高になることが多い。いかにも女性にモテそうな容姿の佳生であるが、おそらくは童貞だ。
「近くのお寺の僧侶さんなんですか?」
「ああ。この道を少し行くと、玲千寺がある。俺はそこの住職だ」
「そうなの! 興味があるわ。今度見学に行ってもいいかしら?」
唇の端を持ち上げて、メイサは満面の笑みを浮かべた。するとぐっと息を呑んだ佳生が、少し体を硬くする。その頬は相変わらず朱い。女性に免疫がないのかもしれない。
「別に構わないが……」
「ありがとう、玲千寺さん。楽しみが一つ増えました」
微笑したメイサがそう述べると、佳生が小さく二度頷いた。
「それでは、俺はこれで」
「ええ。また是非。私はまたがあることを祈っています」
その後佳生が一礼して歩きはじめたので、日傘を片手にメイサも歩きはじめる。進行方向は逆だが、時折メイサは振り返った。
「最高。極上の餌、見つけちゃったわ。あー、どうやって喰べようかな」
ニヤリと笑っている彼女の表情は、実に楽しそうだった。
メイサが帰宅したのは、この実花市の一角に古くからある薬屋だった。商店街の一角にあり、外観は古びた薬局なのだが、その店主は実を言えば周囲には暗示をかけて世襲のふりをしている、江戸の薬種問屋の時代から店を開いているアヤカシの白である。白は、雨降り小僧というアヤカシだ。見た目も子供だが、商店街の暗示をかけられている人々は、誰も不思議には思わない。また、この実花市というのが、そもそも怪異に好意的な人が多い土地であり、自然と白を受け入れているというのもある。
「ねぇ、白。玲千寺佳生って住職を知ってる?」
「うん?」
薬種箪笥を弄っていた白は、帰ってきたメイサに顔を向けた。二人は古くからの付き合いだ。
「そりゃあ、実花市で玲千寺家を知らない者はいないと思うけど?」
白が答える。
元々実花市は、怪異との関連が深い土地だ。平安の御代に、ある陰陽師が都落ちして修行のために住むようになり、その一族から後に僧籍を得る者などが出て、実花市の宗教や実花市に住まう怪異を治めるようになったのが契機だ。人に害をなさなければ、アヤカシも暮らして構わないという内々の決まりがある。また文明開化の頃にも、その人間の一族が、異国のアヤカシにも居住を許すという、アヤカシ達の文明開化を成したので、異国から来るメイサのような怪異も多い。
さて、その一族。それが玲千寺一門である。分家の数も多く、玲千寺家は、この実花市において権勢を誇っている一族だ。公にはされていないが、政府もまた実花市と玲千寺一門のことは公認しており、一風変わった地方都市といえる。
「ああ、でも佳生さんか」
「ええ、玲千寺佳生と名乗っていたわ」
「ええとね、この先に玲千寺があって、そこは小さいお寺なんだよ」
「そうなの。それで?」
「本家の人は、もう少し開けていてアクセスがいい、大きな土地に、大きなお寺を建てていて、そこにいるんだ。ただ、元々の発祥地がそこの玲千寺だから、重要な寺として、直属の分家の人間である佳生さんが、小さい玲千寺に住んでるんだよ。大きい方は玲千院っていう寺社がある。で、玲千寺の住職が佳生さんなんだけど……うーん」
「どうしたの? 煮え切らないわね」
メイサが腕を組むと、白が緑茶を二つ用意しながら、ほぅっと息を吐く。
「佳生さんって、すごく霊能力は強いんだよね」
「そうね。とても美味しそうだったわ」
「でしょ? そうなんだけど、視えないし聞こえないんだよ」
「どうして? 珍しいわね」
不思議に思って、メイサは首を傾げた。
「それがね……小さい頃にご両親が、この土地では珍しい凶悪な怪異の除霊に失敗して、喰い殺されて、惨殺されて、バラバラになった現場に帰ってきちゃって、幸い怪異はもうその場にいなかったから佳生さんは助かったんだけど、その記憶を佳生さんは失ってしまって、その時に同時に視たり聞いたりする能力も失っちゃったんだよ。PTSDってやつなのかな? 心の傷が大きすぎて、受け入れられなくて、心霊現象の存在とかを脳が封印しちゃったみたい」
はぁっと白が溜息をついてから、湯飲みを一つメイサに差し出す。
「あら。それは可哀想に」
「可哀想って思ってないでしょ?」
「まぁねぇ。私も相手を凄惨なご遺体にすることもあるもの。喰い方によっては」
なんともない顔で頷いたメイサに対し、白が半眼になった。小学校高学年くらいの男の子の見た目だ。袢纏を着ている。
「つまり怪異不可視症候群を患っているということね?」
「そうそう。だけど力は強いし、気配は分かるから、本家に頼まれて除霊の仕事はしてるんだよ。現地にいって、お札を貼って、お経を唱えるみたいな。本人には視えてないけどこれがまた強力だから、敵には回したくないね。まぁ、玲千寺の一門の人は、誰も敵にしたくないけど」
そうなのかぁと考えつつ、メイサは鼻で笑う。
「あ、メイサ……もしかして佳生さんのこと、気に入っちゃった……?」
「ええ、とっても」
「僕にまで火の粉が来るような喰べ方はごめんだからね」
「気をつけるわ。そうと決まれば、この街にそれらしいサロンを開いて、他の餌も見つかったら喰べたいし、喰べる準備をしなきゃ」
楽しげにメイサはそう口にした。
サロンというのは、メイサが吸血鬼の持つ力で出現させる洋館にて開く、なんらかのお店の呼称である。餌を引っ張り込むために、カフェやら雑貨店やらを開く形だ。
「どこか空き地はあるかしら?」
「ここの隣のテナントが開いてるけど?」
「そう。じゃあお借りして、洋風にするわ」
「実花アヤカシ不動産のテナントだから、連絡しておいてあげるよ」
と、こうしてメイサの計画は順調に進んだ。
その日の夜の内には、白の薬局の隣のテナントの一階を、お洒落なカフェに変え、二階にはダブルベッドのある部屋と豪奢な浴室、トイレを作った。一夜で作り替わったが、暗示と元々の受け入れ体勢の結果、商店街の人々も通行人も、それを自然のものとして受け入れた。
翌日、メイサは玲千寺へと行ってみることに決めた。黒い日傘をさして、ゆっくりと道を歩く。季節は秋にさしかかっているが、まだまだ残暑が厳しい。石段を登っていき、玲千寺の前に立つと、佳生が落ち葉を掃き掃除していた。
「あ! 玲千寺さん!」
わざとらしく嬉しそうな声を、メイサは上げる。すると驚いたように佳生が動きを止めた。
「昨日の……? 本当にここへ?」
「ええ。迷惑だったかしら?」
「い、いや……そういうわけでは……」
「私、日本の文化がまだまだ分からないから、色々と教えて欲しいの!」
歩みよってメイサがそう述べると、黒い瞳を左右に揺らした佳生が、小さく頷いた。
「どうぞ自由に見て回ってくれ」
「案内はお願いできない?」
「っ、その……構わないが、これと言って見る物も実は無いんだ」
どこか困ったような佳生の声に、それとなくメイサは佳生の箒を持つ手に触れた。
「っ?」
するとびっくりしたように佳生が硬直して、目を丸くする。そして手を引こうとしたのだが――直後、とろんとした瞳に変わった。
メイサが、触れた箇所から、肌を通して吸血したからである。
メイサは手で相手の肌に触れることでも、吸血が可能だ。
「案内、してくれるわよね? 貴方の家の中に。私、喉が渇いてしまったの」
そう告げる声に、暗示をかけるための力を込める。一度吸血してしまえば、軽く暗示をかけることが可能になる。大量に吸血しなければ、長時間強力な暗示をかけることは無理だが、一定の時間だけであれば、一定量の吸血で暗示がかけられる。
「そうか。ああ、そうだな。麦茶がある」
黒い瞳をとろんとさせ、こくりと佳生が頷いた。こうなってしまえば、もう完全に、餌になったも同然だ。ぎゅっと佳生の片手をメイサは握る。
「行きましょう。ねぇ、玲千寺さん? 貴方が私を家に誘ったのよ? 分かるわね?」
「ああ……」
どこかぼんやりしたような声音の佳生を歩くように促し、メイサは寺の隣にある佳生の家の中に入れてもらうことに成功した。メイサは、多くの芸術作品のように、招かれないと家には入れないというようなことはない。だからこの暗示は別の用途だ。
佳生の家はよく掃除されていて、案内されたリビングには横長のソファがあった。
ローテーブルの上に、佳生が麦茶の入ったコップを二つ置く。
「あっ!」
そこで佳生が我に返った顔をした。そして慌てたように、メイサと麦茶を交互に見る。軽い暗示が解けた様子だ。だが、暗示は大体、都合良く記憶の中で処理される。
「わ、悪い急に家の中に招くだなんて。麦茶は他に、その、もてなす方法を思いつかなくて……け、決して、下心があるだとか、そういうわけではないんだ。っ、いや、俺は一体何を言って……ち、違うんだ! やましい気持ちはないんだ!」
どうやら佳生の頭の中では、自分がメイサを無理に家に誘い麦茶を出したことになっている様子だ。あまりにもの動揺の仕方に、メイサは内心でおかしくなったが、悠然と微笑し、優しげな表情を取り繕う。
「分かっています。丁度喉が渇いていたから嬉しいの」
本当は、血を飲みたいわけであるが、それはこれからのお楽しみだ。さらにいえば、やましい気持ちがあるのは、メイサの方である。
コクっとメイサが麦茶を飲むと、その白い喉を呆然としたように佳生が見ているのが分かる。彼は唾液を嚥下した。女性と二人きりになるというシチュエーションにも慣れていない様子だ。こんなに男前なのに、これはこれで珍しいなとメイサは考える。
「ねぇ、玲千寺さん。私、お経のガイドブックを買ってみたの。教えてくださらない?」
「ガイドブック? そんなものが……?」
「こっちへ来て」
「えっ」
「お願い、早く」
メイサが上目遣いで甘い声を出すと、おろおろした後、佳生が立ち上がった。そしてメイサが鞄から出したブックカバー付きの本を覗き込もうとした。その時僧服から露わになった首の筋に、メイサは指で触れ、なぞる。最初はビクリとした佳生だが、すぐに暗示にかかり、再びとろんとした瞳に変わった。なお、本にはただのメイサが適当に選んだ小説が記されている。
「ねぇ? 玲千寺さん。座って」
「ああ……」
「ん」
口を開けたメイサは、顔の肩口に口づけてから、唇を開けた。そしてゆっくりと歯を立てる。刺さなくても噛むだけで、触れるだけで吸血は可能だ。血を吸いながら、口の中に広がる芳醇な香りと濃厚な味に、メイサは恍惚としたような目をする。
――美味しい。
――今まで食べた中でも、片手の指に入るくらい美味しい。
そう考えてから長い吸血を終えて、メイサが口を離すと、ぐったりとしたように、メイサへと佳生が倒れ込んできた。それを支えて、背中を撫でるようにする。そうしながら、メイサは佳生の耳元で囁いた。
「玲千寺さんは、望んで私に喰べられたいんでしょう?」
「あ……喰べられ……っ、ぁ……」
「いっぱい喰べてあげるわ。それはとっても気持ちがいいこと。当然、いいわよね?」
「……ああ、そうだな」
焦点が合わない瞳で、佳生が小声で同意した。
吸血鬼にとっては、血液だけでなく精液や体液もご馳走なので、メイサは心底嬉しそうに目を伏せて笑う。あまりにも、チョロかった。
佳生の僧服の合わせ目を開けて、鎖骨に口づけしてそこからも吸血してから、メイサはそれまで座っていたソファに、佳生を押し倒す。自分から横たわった佳生が、メイサを見上げる。メイサは迷わずに、佳生の下腹部を開けると、まだ萎えている陰茎に手を添えた。そして先端をゆっくりと舐める。
「っ」
手で扱きながら、雁首まで咥え、唇に力を込めるようにして口淫を始めると、すぐに佳生のものが反応を見せた。どんどん固くなっていき、筋が浮かび始める。ねっとりとそれをしゃぶりながら、メイサは佳生の反応を窺う。佳生は恥ずかしそうに両手で口を押さえている。その瞳は、信じられないものを見るかのような色を浮かべており、僅かに涙が滲んでいる。男前の怯えたような姿、そして期待と欲望が入り交じった眼差しに、メイサは気を良くした。
「っン、離……出るッ、ぁ」
「だーめ」
縋るように佳生が言った時、口を離したメイサが意地悪く笑った。果てる寸前だった佳生の体がガクガクと震えている。
「ぁ……っ」
陰茎が脈打っているのをじっと見て、ペロリとメイサは唇を舐める。
「『ダメ』だからね?」
そして重ねて暗示をかけた。
「え……あああああ!」
そうしてメイサは、激しく佳生の陰茎を手で擦り始める。
「嘘だろ、なんで、あ、あ、あ、イけない!!」
「そういう暗示だもの」
くすりとメイサが笑う。暗示は、肉体的に死んでしまうようなものでない限りは、効果を発する。これにより、佳生は自分の意思では果てられなくなった。
「ぁ、あ……ああっ」
ぐちゅぐちゅとメイサが親指で鈴口を嬲ると、佳生がすすり泣くような声を出した。
もう声が堪えられないらしい。
男前の涙は、非常にそそる。メイサはにやにやしてから、右手の二本の指を口に含んだ。メイサの唾液や愛液といった体液は、人間の体の快楽を与える作用がある。それを十分熟知しているメイサは、唾液で濡らした二本の指を、佳生の後孔へ差し入れる。
「ひっ、うあ!」
驚愕したように佳生が目を見開いて、仰け反った。しかし体は快楽の支配下にあるため、すんなりとメイサの指を飲み込んでいく。痛みはない。
「ぁ、あ! そんなところ、あ、嘘だろ! あ、止めろ、止め――」
「これからココ、大好きにさせてあげるわね?」
メイサは綺麗な顔で笑うと、指先で内部をかき混ぜる。唾液と共に、メイサの指からは吸血する代わりにメイサの体液がにじみ出し、流し込まれる。それが佳生の後孔で、ぐちゅりぐちゅりと音を響かせる。そしてメイサが、佳生の前立腺を見つけ出した時だった。
「ぁ! ああっ!! ぁ……♡ ああっ♡ あ♡あ♡あ♡ ああああ♡ あン♡♡♡ ひゃっ♡」
佳生の声音が、明らかに変化した。それまでの控えめで男らしかった声が、甘ったるく変化する。そして大きく激しく変わった。媚薬じみた体液を塗り込められすぎて、快楽で理性が飛んでしまったらしい。
「あ♡あ♡あ♡あ♡あ♡♡♡ やぁ♡♡ あ♡ン――♡♡♡ ひゃ♡ぁ♡」
「いい子ね。もっともっと感じて? 素直にね? そのままの貴方が私は大好きよ?」
「あ♡はーぁっ♡♡ ひゃっ♡♡ ン――♡♡ あ♡ぁ♡♡ 気持ちいっ、ぁ……♡」
「かーわいい」
ニヤニヤ笑いながら、トントントンと指先でメイサが、佳生の前立腺を虐める。
「んっ――♡♡♡」
仰け反ったまま、膝を折って、ぎゅっと目を閉じ、佳生が喘ぐ。佳生の肌が汗ばみはじめ、艶やかな黒髪が肌に張り付いている。僧服は乱れに乱れ、片側は胸の突起も露出している。メイサはそこに吸い付き、唾液でそちらにも快楽を染みこませる。
「お胸、どうかしら?」
「ゃ♡♡」
「正直に」
「あ、ぁ♡ やぁ♡ 気持ちいいっ♡♡ なんだこれ♡ あ、ハ♡♡ あっ♡ ダメだ、あ♡ 頭馬鹿になっちゃ、っ♡♡♡ ンあ――!!」
ぐちゅぐちゅと後孔の前立腺を責められ、乳首を吸われている佳生は、今度は暗示からではなく、快楽から目の焦点が合っていない。必死に唇を閉じようとしている様子だが、全くそれが出来ていない。僅かに唾液が零れている。
「イきたいっ♡ イきたいっ……ッ♡♡ あ、お願いだっ♡♡♡ あー♡あー♡♡ ああっ♡ もうダメ♡ぇ♡ やぁ♡ イくっ、ぁ♡」
「中だけで、ね?」
「へ……? あ♡」
「中だけでイけるわよね?」
「ひゃっ、あ、あ、あ、あ、ああああああ嘘だ、あ、待って、待て、あ、なんかクる。うあ、あ、あう、いやぁあああああああああああ!!」
ぐりっと強めにメイサが前立腺を嬲った時、ガクンっと佳生の体が跳ねた。そしてピクピクと全身が小刻みに震えた。目を見開いている佳生は、びっしりと汗をかいていて、呆然とした様子で、口から舌を出し、必死に息をしている。
「きちんとドライでイけたみたいね」
「あっ、イってるら、まだイってるから、あ、ま、待ってくれ、まだ指を動か――あああああああああああ!」
追い打ちをかけるようにメイサがトントンと前立腺を刺激した瞬間、再びガクンと肩を揺らして、そのまま佳生が気絶した。どうやら快楽が強すぎた様子だ。メイサは指を引き抜くと、意識のない佳生の陰茎を握り、ゆっくりと撫でながら、口に咥える。そして射精を促して、ゆっくりと精液を味わった。
「うん、極上」
そう言ってからパチンを指を鳴らし、メイサは佳生の体と自分の手を綺麗にした。
吸血鬼は様々なことが出来るのである。
それから三十分ほどが経った。
「……っ、ん」
佳生が目を覚ましたので、メイサはまじまじと佳生を見た。
「大丈夫ですか?」
「あ……!」
がばりと起き上がった佳生は、呆然としたようにメイサを見た。そして真っ赤になったり真っ青になったりした。メイサは、佳生に暗示をかけている。内容は、『ガイドブックを見ていたら、佳生が転んでメイサを押し倒し、見つめ合い、キスをし、行為をした』である。そしてその『行為』に関しては、『メイサがリードした』という内容だ。あくまでも同意・合意で行われたという暗示である。
「……」
「素敵だったわ、佳生さん」
メイサの声に、佳生がプルプルと震えだした。佳生の記憶に残っているのは、吸血や暗示という語は消え去っていて、単純に自分が喘いでいた痴態となっているはずである。乳首・フェラ・アナル・ドライのそれぞれの記憶はあれど、どうしてそうなったのかの具体的な部分は思い出せないのだが、暗示により、それが自然な出来事だったと補正されているはずだ。
「ま、待ってくれ、違うんだ……」
「違う?」
メイサが首を傾げる。
自分は変態ではないだとか、ドMではないだとか、そういう言葉が返ってくるのだろうと考える。
「本当に俺は、下心があって貴方をこの家に招いたんじゃないんだ」
それはそうである。メイサが暗示をかけて、あがりこんだのだから。
「でも、責任は取る。取らせてくれ」
意外な言葉が飛び出したものだから、今度はメイサが目を丸くした。
「せっかく、その……日本に来てくれて……それで、お寺に興味を持ってくれただけだというのに、こんな目に遭わせてしまって……」
切実そうな顔で、佳生がメイサを見ながら起き上がった。そして僧服の乱れを直している。メイサは、決して、佳生が無理矢理襲ったというような暗示はかけていない。だというのに、寧ろ被害者であるのは明らかなのに、自分を加害者だと考えている佳生。ちょっと善良すぎやしないかと、メイサの心はキュンとした。
思わずメイサは、柔和に笑った。胸がぽかぽかする。
「同意よ。でも、そうね。そうだ! 私商店街にカフェを出したの。よかったらそこに遊びに来てくれるかしら? それで、OKよ」
「カフェ……? ああ、ええと……俺に会うのが嫌でないのなら……本当にそれが責任になるのか?」
「勿論よ。私は、もっともっと玲千寺さんにお会いしたいだけだから」
メイサが悪戯っぽく笑うと、佳生が呆けたような顔をした。それから頬に朱を差し顔を背ける。
「そういうことを言うと、勘違いをする男が出てくるから止めた方がいい」
「勘違い?」
「まるで……その……自分を好きみたいに聞こえて……いや、その、ああ、ダメだ、この発言も絶対アウトだな、俺は……」
可愛すぎるとメイサは思ったが、小首を傾げてみせる。
「日本語は難しくて、よく分からないわ。では、約束よ。待っています、明日にでも来て下さい。薬屋さんのお隣よ!」
「あ、ああ……」
こうして佳生が頷いたので、メイサはこの日は、鼻歌交じりで帰宅した。
さて。
律儀なもので、翌日、佳生はメイサのサロンへと訪れた。佳生の私服姿は洒落ていたが、すぐに脱がせるので関係ないとメイサは思う。どちらかというと、佳生には僧服の方が似合うようにも思っていた。
「素敵な店だな」
窓際の席についてカップを持ち上げた佳生は、とても絵になる。道行く女性が窓から佳生を見て、何名かは立ち止まり、何名かは頬を染めた。やはりモテないわけではなさそうなので、どうして童貞だったのか、もしや教義かなにかを守っていたのだろうかと、当初メイサは首を傾げた。だがすぐに理由が分かった。道行く女性と目が合うと、佳生は非常に怖い顔をしたからだ。睨み付けるような、見下すような、そんな眼差しだ。すると慌てて女性達は去る。すると佳生はしょんぼりとした。どうやら、緊張のあまり怖い顔をしてしまう様子だ。なんとも愛らしさが増してしまう。
「気に入ってくれたなら嬉しいわ」
佳生の背後に立ち、そっとメイサは佳生の耳の後ろに口づけた。佳生が硬直した時には、メイサは吸血していた。唇からでも吸血できる。
「上に、もっと気に入ってもらえると思う物を用意しておいたの。来てくれるわよね?」
「あ、ああ……」
佳生の声が、とろんとしたものに変化する。ニヤニヤ笑いながら、メイサは佳生を上階へと促した。
「脱いで」
メイサがそう暗示をかけると、佳生が服を脱ぎ始める。それを横目に、メイサは本日使用予定の道具を見た。さて、どれから行くか。まずは、処女を貰っておこうかなと考える。
メイサは箱からペニスバンドを取り出した。このペニバンは特別製で、人間の精気を吸う。精気を吸われると、人間同士では得られないほどの快楽が体に広がることになる。吸血鬼が膣や後孔を犯す際に、好んで用いる玩具の一つだ。また、傍らには紫色の小瓶がある。こちらには薔薇の香油が入っている。それを垂らすと、解していなくても、熟練の娼婦のように感じる体に一時的に作り替わる。
「脱いだぞ」
「ベッドに上がって四つん這いになって。シーツに手を触れて、膝を折って、お尻を突き出して」
メイサは命じながら、ペニバンを装着した。
そして佳生がベッドに上がったのを確認してから、小瓶を手に自分も上にあがる。そしてペニバンに香油をダラダラとかけた。非常に亀頭部分は大きいが、この香油があれば、痛みもなくすんなりと受け入れられる。どころか、精気を吸うので、触れている箇所の全てが気持ちよくなるはずだ。
「……っ」
亀頭にあたる部分を、佳生の窄まりにめりこませると、佳生が息を詰めた。
「お、おい……なにを……」
「うん? もっと気に入ってもらえると思うことよ?」
「待ってくれ……それだけは、止め……止めろ……俺は、男だぞ……男だ、だ、だから、そんな、そんなのは……――あ、ぁ……」
口では拒否した佳生だが、暗示で力が抜けているため、ペニスバンドの亀頭が進んでくると、すすり泣くような息を漏らしつつ口を引き結んだ。目もぎゅっと閉じ、手ではシーツを握っている。ぐぐっとメイサは、雁首にあたる部分まで、ペニバンを進めた。そしてペニバンに己の力を込める。すると玩具の元々の機能である精気を吸う部分が、メイサの体にも直結し、直接メイサも佳生の精気を喰べることができるようになった。即ち、メイサ自身が力を調整することで、佳生へ与える快楽を操作できるようになった。
「……ぁ、ァ……っ♡」
控えめに佳生が喘ぐ。すぐに、吐息に甘さが混じり始める。根元までペニバンが入ったところで、メイサはかき混ぜるように腰を動かした。
「ぁ……♡ ぁ、ぁ♡♡」
弱い刺激が、前立腺にも届いている様子だ。
「あっ♡」
少し動きを激しくして抽送すると、佳生の声が大きくなる。
「ン♡ ああ♡♡ あーっ♡♡♡ あ、ン♡ あっ♡♡ あ♡♡♡」
佳生の腰を掴み、奥深く貫いたままで、メイサは激しく腰を揺さぶる。そうしながら精気を吸うと、切ない声を上げて佳生が体を震わせる。
「な、なんだこれ、なんだこれ、うあぁ……♡ なに♡♡ あ♡♡ 体、おかしい♡っ♡♡ 熱い♡ あっ♡♡♡ やっ♡ 熔けちゃう♡♡♡」
「もっともっと蕩けて? ね?」
「ンあ♡♡♡ あ!! あ――っ!!」
精気を思いっきりメイサが吸うと、ビクンビクンと佳生の体が跳ねた。次第に佳生の体が上気し、汗ばんでいくのが分かる。髪を振り乱して泣くようにしている佳生が、普段が男前の容姿なだけに、可愛らしく思えてメイサにはたまらない。
「あ♡あ♡あ♡ あああ♡♡♡ あっァ♡♡ ンあ♡♡♡ ひぅ♡」
前立腺を擦り上げるようにしながら、最奥を暴く、その繰り返しを容赦なくメイサが行う内、佳生の陰茎が張り詰めた。シーツに先走りの液が落ちていく。それを確認したメイサは、くすりと笑った。
「いいのよ? いっぱい出して。だって玲千寺さんは、アナルを責められてイくのが大好きなんだものね?」
「やっ、違――ン♡ は♡♡ ああっ♡」
「どう違うの?」
「あ……♡ ぁ、ぁ……♡ しゅ、き……っ、好き、好きだ♡ あー♡♡♡ ひゃっ!」
認めてから佳生が放った。シーツに白濁とした液が飛び散る。
「そうよ。素直になるようにね。約束よ。さぁて、もう一回」
メイサは佳生の呼吸が落ち着いてから、律動を再開した。
――こうして、この日は散々、佳生のアナルを開発して、快楽をたたき込みながら精気を貪った。
「明日も待っているからね。約束よ? 『約束』」
「ああ……」
事後、ぼんやりとしている佳生に重ねて暗示をかける。そして服を着付けてから、階下に下りたところで、軽く優しく肩に触れた。
「!」
すると佳生が目を見開いた。
佳生の記憶の中では、二階で素敵な絵画を見せてもらったのに、そこにベッドがあったものだから、ついうっかりそういう空気になり、寝てしまったという疑似記憶があるはずだ。ただし勿論、自分があんあん喘いだ記憶は鮮明だ。どうしてそうなったのかという細部は曖昧だが、それは激しすぎて忘れてしまったと記憶が保管されているというのが暗示の効果だ。佳生が覚えているのは、自分がアナルに挿入されて何度も気持ちが良いと叫びながら射精したことだけだといえるはずだ。
「あ……っ、俺は……その……っ」
「どうかしたの?」
「……」
佳生が真っ青になり、それからメイサを見て真っ赤になった。
「明日も待っているわね」
しかしなにも言えない様子でこくりと頷くと、佳生は帰っていった。
このように、佳生は仕事などがない日は、暗示の結果、ほぼずっとカフェに訪れるようになった。メイサは吸血だけを楽しむ日もある。
「……ひぅ……♡ っく♡」
今日は全身を舐めながら、どこから血を吸おうか考えて楽しんでいる。乳首を愛でたり、太ももの付け根を舐めたり、耳の後ろをねっとりと舐めたりして、佳生の体を愛でていると、気分が良い。
すっかりとメイサに開かれて敏感な体になった佳生は、どこを舐められても、精気や血を吸われているのもあって気持ちがいい様子で、必死に甘い吐息を堪えようとしているが、出来ていない。その内にじれったくなってしまった様子で、イくなと命令されているものだから、暗示の結果出すに出せず、もどかしさに震えてすすり泣くような声混じりの息を零す。
「ぁ……ぁぁ……もう、もう、だめ、ぇ……♡」
それが可愛いので、メイサはその日はイかせてあげなかった。
さて、今日はなにをするか。
この日も全裸になりベッドに佳生が座ったところで、メイサは木箱から細い棒と、薔薇の香油を取り出した。これは尿道を責めるブジーだ。これも精気を吸い取る効果があるので、触れている箇所が気持ちよくなる。香油の効果も絶大だ。
本日メイサは、佳生の尿道を責めることに決めた。
「動いてはダメよ? 良い子にね」
くすりと笑ったメイサは、唇の両端を持ち上げて、暗示で佳生の体を動けなくしてから、片手で何度か佳生の陰茎を扱き、勃起させた。そして香油をまぶしたブジーを、佳生の鈴口に当てる。
「え……?」
すると目を見開いた佳生が、信じられないものを見たという顔をした。
「待っ……待て、まさか……いやだ、止めろ、それは――うああああ!」
ゆっくりと丸みを帯びたブジーの先端が、鈴口から挿入される。棒の部分を優しくトントンとメイサが指先で押し、少しずつ尿道を細いブジーが進んでいく。凍り付いたように佳生は動かないが、その体にはびっしりと冷や汗をかいている。ダラダラとこめかみから汗が垂れていく。
「ぁ……」
佳生が呆然としたような声を出したのは、ブジーの先端が前から前立腺を暴いた時のことだった。
「ここ。ここだけでイけるわよね? だって、いつも内側の前立腺ではいけるんだから」
「ぁ……っ、ァ……ひっ……ぁ♡」
トン、トン、と。
棒の先端をメイサがつつくと、怯えるような声の後、佳生が鼻を抜けるような声を出した。それに気を良くしたメイサが、また、トントンと棒を刺激する。
「なんだこれ、あぁ……ぁ……やっ……待って、待ってくれ、あ、イってる、イって……またイっ、うあ、イってるから……や♡ やぁ♡ イってる♡♡♡ イってるからっ♡♡ トントンだめだ♡ ダメ♡ぇ♡♡ あっ♡♡ イってる♡ イっ♡ またイっちゃ♡♡ イっちゃった♡♡♡ ン――っ♡♡ ひぁ♡ あ――!!」
泣きじゃくり始めた佳生が、甘い声を零しながら、自由になる頭を左右に振る。艶やかな髪を振り乱して泣きながら喘ぐ姿が扇情的だ。
「ぁ♡ぁ♡ぁ♡ あーっ♡ イってる、ぁ♡ もう、イけなっ、イけないからぁ♡♡♡」
「あら? そうなの?」
「うんっ♡ うん♡♡ 無理♡ 無理♡♡ もっ♡ 無理♡ はぁー♡♡ またイってるぅ♡ イきっぱなし♡♡ ヤぁー♡♡」
「イやなのね? じゃあ仕方ないなぁ」
メイサはさも要求を呑んだ風に、ブジーを少しだけ引き抜く。それにホッとしたように佳生が息を吐いた次の瞬間、メイサはブジーで佳生の尿道の壁を擦り始めた。コスコスと少し激しくブジーを動かす。佳生が目を見開いた。それから絶叫した。
「うああああああああああ! 嘘だ、やめろ! あー!! イきたいっ、イきたい!!」
「あら? イきたくないんじゃなかったのかしら?」
「待ってくれ、イかせて、やだ、嫌だ、あ、出る、うあっ、出せない、やぁぁああ……あ♡♡♡ 気持ちいい、でも、これはダメだ、あ、死んじゃう、イきたすぎて、やばいっ、あ♡」
「じゃあもう一回前立腺ね」
「ンあ――♡♡♡ ダメぇ♡♡ イってる♡ぅ♡ やぁ♡あ♡あ♡あ♡あ♡ あ、あ、あ♡ 嘘♡ ずっとイってる♡ ダメ♡♡♡ ダメだ、これ辛い……♡ もうイけないっ」
「じゃあこっち」
「ンあ! あ!! ひゃっ、出る出る出る! 出るから、あ、抜いてくれ、出せない! ひっ!!」
尿道の壁を擦られると猛烈な射精感が襲ってくるというのに、物理的に封じられていて射精は出来ない。イきたくてイきたくてたまらないのに、出せない。だが、イきたいといえば、前立腺を前から暴かれてイきっぱなしの感覚にされる。この繰り返し。これがどれだけ壮絶な快楽地獄かというのは、メイサにも見ていれば分かる。乱れに乱れている佳生の号泣している顔が、たまらなく愛おしい。
その後しばらく両方への責め苦を繰り返してから、メイサが笑う。
「それじゃあ抜いてあげるわね」
そして少し引き抜いた。これで解放されると、佳生が気を抜いた様子になったその時、途中でブジーを抜くのを止めたメイサが、ブジーの棒を一回転させてから、再び壁を擦る。佳生は気持ちよさのあまり号泣した。
「嘘だろ、あ――!! 無理だ!! いやああああああああああああ」
「じゃ、もう一回おさらいね?」
「ああああ♡♡♡ ひゃぁ♡ なんでもしゅりゅかりゃぁ、ゆるしてぇ……あああ♡♡」
ろれつの回っていない声でそう述べて、佳生は快楽のあまり気絶した。
こういったことが、二人の間では、日常茶飯事となった。
そんなある日、佳生が三日ほど仕事で来られないというので、メイサは白の店に顔を出していた。
「ねぇ、メイサ?」
「なぁに?」
「随分と佳生さんに熱心みたいだけど」
「まあねぇ。最高の餌だもの」
「それだけ?」
「どういう意味?」
「――他の餌を食べてる様子もないしさぁ」
「それは、その……玲千寺さんで満足してるしね?」
「ふぅん」
なにか言いたげだったが、白はなにも言わずに頷いた。
それから続ける。
「なんか佳生さんは、見た目が迫力あって怖い男前だから、女の子達は萎縮しちゃって近づけないみたいだけど、かなりモテるんだよ?」
「それがどうかしたの?」
特に気にせず、メイサは時計を見上げる。
「さて。ちょっとたまには、玲千寺さんの仕事をする姿なんかも見てみたいから、私いってくるわね」
「行ってらっしゃい」
と、こうしてメイサは、佳生の仕事現場へと向かうことにした。
本日は事故物件の除霊らしい。
姿を黒猫に変えて見学していると、たむろしていた地縛霊達が、佳生がお経を唱えると綺麗に消えた。佳生には見えていない様子だったが、さすがの霊能力である。その後佳生が帰る様子だったので、猫姿のままで追いかけていくと、佳生が不意に立ち止まった。そこには、秋物のマフラーが飾られている。すっかり季節は、秋になった。
「似合いそうだな」
ぽつりと佳生が呟く。明らかに女性物だ。メイサの胸の奥に、チクリとトゲが刺さる。
「プレゼント用ですか?」
そこへ店員が声をかけた。
「あ、ああ……」
「お包みしますか?」
「……そうだな。頼む」
佳生が、女性物のマフラーをラッピングしてもらっている。誰に渡すつもりなのだろうかと、メイサはイライラした。考えてみると、これまで餌という認識しかなかったので、佳生の女性関係について、メイサは知らなかった。童貞だと思って意識したことがなかったせいだ。だが、気持ちの部分は分からない。誰かに恋心を抱いていたり、清い交際をしていたって分からない。暗示では、気持ちを変えることも出来ない。簡単な記憶や肉体的動作を操作できるだけだ。
「……誰にあげるのよ」
メイサはそう呟き、佳生の姿が見えなくなってから普段の姿に戻った。
何故か怒りの炎がメラメラと胸中で燃え上がっていた。
そして――ハッとした。これでは、まるで嫉妬だ。
自分の感情に驚いて、メイサは目を見開く。恋などもう何百年もしていないから、どんな感覚かすっかり忘れていたので、これまで気がつかなかったのだが、振り返れば現在、自分は玲千寺佳生のことしか考えていないと気がついた。寝ても覚めても佳生のことしか考えていないし、なにもしていないふとした時も、佳生の姿が脳裏を過る。
「私……玲千寺さんのことが好きってこと……? ま、まさか……まさか……えっ、嘘……」
メイサは唖然とした。
そうなってくると、次の佳生の来訪が、待ち遠しくもあり、同時に嫉妬心をぶつけてしまいそうでもあった。
「こんにちは」
佳生がカフェの扉を開けて入ってきた。マフラーを身につけている。それを見た瞬間、誰かのために佳生がマフラーを買っていたことを思い出し、嫉妬が勝った。許せない。
「こんにちは、玲千寺さん。ねえ?」
メイサは、佳生の手を取り、吸血する。そして即座に暗示をかけた。
「許さないんだから」
「?」
と、こうしてメイサは、佳生を二階へと引っ張り込んだ。
「ぁ♡ぁ♡ぁ♡ぁ♡ぁ♡♡ぁ♡♡♡」
「気持ちいいでしょう?」
メイサは座らせた佳生の後ろに回り、すっかり開発した佳生の乳首を両手で抓んで愛でながら、耳元で囁く。
「ン♡ ん♡♡ ぁ♡ イってる♡ イってる♡ ぁ♡」
「ね? 胸だけで甘イキできるようになったもんね?」
「んっ♡ ぁ♡ ああっ♡ 俺ぇ♡ こんな……♡ あっ……♡♡ またイってる♡♡♡」
「玲千寺さんは、本当に可愛いわね」
「んーっ♡♡♡」
「こっちも好きよね?」
今度はメイサは、右手は佳生の陰茎へとおろした。そして握りこむと、佳生が好きな、優しい速度で扱いていく。そうしながら、耳の後ろをねっとりと舐めた。
「私無しじゃ、もうダメな体でしょう?」
「んっ、ぁ♡♡ ダメっ、だ♡」
「でも体だけで悲しいな。だからせめて教えて。引き裂いてあげるから。一体昨日お土産に買ったマフラーは、誰にプレゼントするのかしら?」
「あ……♡ へ? なに……♡♡ ン♡ あっ、ぁ……♡♡ なんでマフラーのこと……知っ♡ ひゃっ♡♡♡ ぁ――♡」
「たまたま見ちゃったの。正直に教えて?」
「お前に……っ、ぁ♡ メイサに。似合いそうだと思って……! あっ!!」
それを聞いた瞬間、メイサは真っ赤になって硬直した。手にだけ変な力がこもり、激しく扱いてしまったため、その感触で佳生は果てている。メイサの右手が精液で濡れた。
「――え? 私に?」
「っ、は……」
「玲千寺さん? もう一回言って?」
「……俺から渡されるだなんて迷惑かも知れないが、その……まぁ、気に入らなかったら捨てればいい」
「待って待って待って! 迷惑なんかじゃないわ! 絶対に捨てたりしない!」
暗示をかけるのも忘れてメイサが言うと、呼吸を落ち着けてから、佳生が振り返った。
「――お前にとって、俺は餌なんだろう?」
「えっ」
佳生の声に、メイサは狼狽えた。そこで初めて、暗示が今、解けていることに気がつく。
「……その、餌というのは?」
「メイサは吸血鬼なんだろう?」
「!」
まさか気づかれているとは思っていなかったメイサは、驚愕して息を呑む。
「お前の暗示で、俺の言葉や行動は、確かに暗示の通りになっていたんだ。でも、俺の心や思考には、暗示は聞いていなかったんだ。自覚はないが、俺はこれでもそれなりに強い霊能力があるらしいから、そのせいかもしれない」
「……確かに、強い術者は完璧には従わせられないわ。だけど、それならどうして? その状態なら、このサロンに来ないという選択肢もあったでしょう? 私から離れたら、行動も自由になったはずよ」
「そもそも俺の霊能力のせいで、お前もせっかく日本に来たのに……俺の力が引き寄せてしまった形だろうから……俺が加害者というか……」
「いえ、それは違うわよ?」
己の暗示の力や、制御力を思い出しながらメイサは言った。すると俯いた佳生が、静佳に目を伏せ首を振る。
「いいや。俺は、お前の食事という行為を利用したんだ」
「どういうこと?」
「その……一目会った時から好みで……お前が寺を見に来てくれた時も嬉しくて、その後はお前がお茶をカフェで振る舞ってくれると美味しいしホッとしたし、雑談をしたりしていると楽しくて……」
佳生が目を開け、頬を染める。
「え? そ、それって……つまり、SEXがよくて体がはまっちゃってるからじゃないってことかしら?」
「っげほ」
派手に佳生が咽せた。
「いや、俺はそういう露骨な言い方にはあんまり慣れてなくて……その……別に、俺としては、お前の食事行為が俺にとってはアブノーマルなSEXだとして、それを理由にどうのというのはない。正直、自分の体じゃなくなるみたいに気持ちよくて怖い時は多い。ただその部分はどうでもいいくらいに、俺はお前と二人でいられるのが幸せなんだ」
佳生はそう言うと、顔を上げて、じっとメイサの目を見た。
「つまり、俺はお前が好きなんだ。だから、似合うなと思ったマフラーをプレゼントしてみたくなって……おかしいだろうけどな。餌がプレゼントを贈るなんて」
最後は苦笑するように述べた佳生を見て、思わず隣からメイサは抱きついた。
「おかしくなんてないわ! 嬉しい! 本当に嬉しいの!」
「っ、お、おい! だから俺はお前が好きなんだぞ!? 裸で俺に抱きつかないでくれ!」
「今更なにを恥ずかしがっているのかしら? それより、もう一回言って? 私を好きだと言って!」
「……好きだ。おい、恥ずかしいからあんまり言わせないでくれ。からかったりしないでくれ」
「絶対にからかったりしないわ! あ、あのね? わ、私も餌だなんて、今では思っていないの。私も、玲千寺さんが好きなの!」
勢いよくメイサが言うと、驚いたように目を丸くしながら、佳生が息を呑んだ。
そしておそるおそるというように、メイサを抱きしめ返す。
「本当か……?」
「ええ! 私は玲千寺さんが好きよ! 大好き!」
「そ、それって……と、いうことは……両思い……? 嘘だろ?」
「本当よ! 玲千寺さんが嘘をついていないなら両思いよ!」
「俺は嘘なんかついていない。うわぁ……信じられない。メイサみたいな素敵な人が、俺のことを? え? あ、あの……恋人になってくれるか……?」
「勿論です! こちらこそお願いしたいわ!」
メイサはたまらずに、佳生の唇に、チュッと触れるだけのキスをする。すると佳生が真っ赤になった。その姿も愛おしいとメイサは思う。
「俺、人を好きになったのが初めてで……恋人がいたことがないから、何をしたらいいのか分からないんだけどな……幸せにする」
「私も全力で玲千寺さんを幸せにするわ!」
「俺はもう幸せにしてもらってるから……」
「全然足りないわ!」
そう断言すると、メイサは改めて佳生の唇を奪った。
佳生の口腔に舌を挿入すると、歯列をなぞり、舌を絡め取り、吸う。唾液を交換するかのような濃密な口づけをした後、メイサは佳生を押し倒した。
そして佳生の耳元に口を寄せて訊ねる。
「けれどいいの? 私は吸血鬼よ? 除霊がお仕事の住職の貴方の恋人になっても」
「ああ。俺の家系は、皆怪異と馴染みがあるから、親戚にも異種婚している者が多くて――っ、そ、その! 俺は真剣だから、結婚も視野に入れてるけど、お、重かったら言ってくれ!」
「ううん。嬉しくてたまらないわ!」
メイサは大歓喜しながら、佳生の耳の後ろを指で撫でる。
こうして、行為が始まった。メイサは佳生の全身を愛撫し吸血してから、ペニスバンドを装着し、ゆっくりと佳生に挿入した。
「ぁ……♡」
「好きよ、佳生」
「俺も……あ♡ っ♡ ンん♡♡♡」
「佳生は、優しく抱かれるのが本当に好きね?」
「そのほうが……メイサのこと、が、よく見えるからな……ぁあ! あっ♡♡」
「本当、可愛いことを言うんだからっ!」
メイサはぐっと奥深くまでペニバンを挿入し、抽送を次第に早めていく。
「あ♡ ぁあ♡ あン♡♡ ああっ♡♡ メイサっ♡」
「佳生、愛しているわ」
「あ――! あっ♡♡♡♡♡」
一際強くメイサが打ち付けた時、佳生は気持ちの良いところを突き上げられたので、その刺激で射精した。
こうして、メイサは佳生と恋人同士になった。本日は、佳生に貰ったマフラーを巻いて、佳生と共に、白の店に訪れている。手を繋いでいる二人を見た白は、やっぱりただの餌じゃなかったんだなと思いながら、二人にお茶を出した。
「最近じゃ、この商店街で噂だよ。あの高嶺な感じの佳生さんの熱愛……やっと恋人が出来て、それもすっごい美女だって話。だけど、メイサの中身を知ってるアヤカシ連中……僕とかは、メイサを受け入れた佳生さんの懐の大きさに感服してる」
佳生はそれを聞くと照れくさそうに瞳を揺らした後、顔を背けた。最近、仏頂面であることが減り、感情豊かになったという噂もあるが、どうやら佳生に関するその指摘は間違っていない様子である。その佳生の腕を強く取り、メイサは唇の両端を持ち上げる。
「佳生は、私の中身を好きになってくれたのよ?」
「メイサ……人前では、そういうことは」
「照れなくていいのに」
「メ、メイサ。だから……」
佳生がメイサの耳元に口を近づける。
「メイサの中身が最高に良いってことは、俺だけが知っていればいいんだ」
それを聞いてメイサは顔をどろどろに蕩かすと、こくこくと頷いてから佳生に抱きついた。佳生が慌てたように抱きとめる。
「最高ね。愛してるわ、佳生!」
そんな二人を見て、白は自分の分のお茶を飲んだ。
「幸せそうでなによりだよ。ただ、惚気なら他でどうぞ」
このようにして、吸血鬼の一つの恋は、実を結んだのであった。
―― 終 ――