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「待って、待、マキくん止め……――ッ!!」


 存沼の陰茎に深く貫かれて俺は震えた。しがみつくが涙が止まらない。
 繋がっている場所がジンジンと熱い。全身が蕩けそうになる。
 息苦しくて、何度も肩で息をした。
 僕を正面から抱きしめるようにして、存沼は突き上げてくる。
 耳元を吐息が擽った。

「大丈夫か? 誉」
「う、あ」

 何が大丈夫だというのか。どこが大丈夫だというのか。泣きながら思いっきり睨みつけたくなった時、腰を揺すられ俺は悲鳴を上げた。

「んア――!!」
「ずっと、こうしたかったんだ」
「っ……あ……うう、ゥあ、ああっ」

 もう意味のある言葉が出てこない。痛みよりも快楽で、クラクラし始める。
 存沼の形を生々しく内部で感じた。はっきりとわかる。それに突き上げられるたび、俺の体はガクガクと震えるのだ。存沼の腹部に俺の陰茎があたり、擦れるその刺激にすらビクビクしてしまう。俺はもう達してしまいそうになった。

「っ、んあ、あ、マキ君……ッ」

 その時存沼が動きを止めた。
 そして虚ろな瞳の俺の顎を持ち上げると、まじまじと覗き込んできた。

「もうお前、ちゃんと俺のことを好きだろう?」





 それは新年の話だった。

 父の横で新年のパーティ挨拶に駆り出された俺は、いつもの通りの笑顔を作っていた。
 すると――存沼が歩み寄ってきた。最近では、こういった家同士の公的(?)な場で声をかけられるのは珍しい。既に存沼の存在感は大きいから、一言話すだけでも見ている周囲への影響力が計り知れないからだ。

 父も存沼に気づいて顔を向けた。父もまた笑顔だが、こちらはいつも通りだ。
 本当に優しげである。

「高屋敷会長、誉、あけましておめでとうございます」

 ”ございます”なんていう敬語が存沼にも使えるんだな。
 そんな感想を抱いていると、父と存沼が談笑を始めた。普通話すのは俺だと思うんだけどな……俺は蚊帳の外だった。もう存沼は子供ではなく、俺の父と同じくらいの立場なのかもしれない。そう思っていたら、響いた声に、俺は半眼になりかけた。

「息子さんを俺に下さい」
「はっはっは、存沼君は面白いね」

 にこやかな父、目が本気の――そう、本気の存沼。
 俺にはまだよくわからない。
 存沼は、本気で俺のことが好きなのだろうか?

 そんなことを考えて、一人でドキドキしてしまった。どう考えても無理だ。まず俺は、最近では同性愛に寛容になっているが、基本的にノーマルだ。突っ込むことはおろか、突っ込まれることなんて考えられない(存沼が突っ込まれる方ということはあるのだろうか……?)。

 ただ――最近勝手に意識しているのは俺のほうだ。

 存沼は、いつか車の中で俺に告白して以降、別段目立った動きを見せない。
 一方の警戒した俺は、意識的に存沼と二人になる機会を避けている。放課後サロンに行く時だけは、いきなり一緒に顔を出さなくなったら不自然だろうからと共に行くが、正直どうしていいのかわからない。

「――という日程で、存沼家の別荘に行くのですが、良かったら誉も」
「いいお話だね。誉、その日程は空いているから是非行っておいで」
「はい……はい?」

 考え事をしていてあまり聞いていなかった俺を、父と存沼がほぼ同時に見た。

「だから俺の家の別荘に来い」
「楽しんでくるんだよ」
「……」

 父にポンポンと二度肩を叩かれ、俺はぽかんとしてしまった。
 ――存沼の別荘……? どういうことだ! 行かないからな!

「誉、これも一つの『お仕事』なんだよ。そろそろ覚えようね。まぁ仲がいいみたいだから、余計なことかもしれないけれどね。お付き合いというものが、存沼家と高屋敷家にもあるんだよ」

 その時父に耳元で囁かれた。――そう、そうなのだ、高屋敷家のお仕事。一番の仕事はといえば……多分、人脈を作ることなんだと思う。俺にできることって。

 だけど父にまでこう言われてしまったら断れないではないか……。

 困惑して、俺は視線を下げた。俯いたままノンアルコールシャンパンを持っていると、存沼が俺の前に立った。

「嫌か? それなら無理強いは――」
「存沼君。誉は照れているだけだよ」
「ですよね」

 父が俺を売った。そして存沼が当然のごとくそう言った。――ですよね? なんだと? 一体それはどういう意味だ! 俺は、別に照れてなどいない。ただ……実際なぜなのか、若干頬が熱い。俺にはその理由がよくわからない。なんで俺の頬は熱いのだ。

 最近の俺はおかしい。存沼のことを考えてばかりいるのだ(避けるために)。
 存沼が近くに寄ってくるだけで胸が騒ぐ(緊張で!)。
 存沼と有栖川君が一緒にいるところを見ると、なんだやっぱり俺のことはからかっていただけじゃないのかだなんて考える。それがちょっと寂しい……って待て、俺の思考。

 こ、この寂しさは、存沼が知らないところで大人になってしまった寂しさであって、それ以外の何者でもないからな!

「誉、私は少しご挨拶をしてくるよ。存沼くんと仲良くね」

 父の言葉でハッとして我に返った。その時には既に、父は歩き出していた。

 残された俺と存沼。
 二人きりになるのは、毎日放課後、サロンに行く時を除けば、大層久しぶりな気がした。
 もちろん周囲には、パーティの人気が有る。
 けれど間違いなく俺は緊張していた。

「誉」
「なに?」

 俺は最初から菩薩の召喚を決定していた。ダメだ。作り笑い以外で乗り切ることができるとは思えない。父のように心から笑いたいものである。

「……明後日から、来るんだろう?」
「もちろん行くよ」

 今更断れるわけがないではないか。父を経由するだなんて、存沼は卑怯である。わかってやっているのだろうか? さすがは策士だ! もう俺は存沼を子供だと思うことは止めにする。敵だ! いや、だけど、この俺のことを好きって言ってくれているのに、敵っていうのは言い過ぎだろうか……ああ、わからない。

 誰かにこの胸中を相談したい。そう思ってまっさきに頭に思い浮かんだのは和泉だ。だけど和泉に相談したら、存沼との微妙な関係が露見してしまう。どうしたらいいんだろう。和泉の口は硬いとは思う。なにせ三葉君と西園寺のことを長らく隠し通していたのだから。だが、それは兄弟だからなのかも知れない。どうしよう本当。和泉を信用して、和泉にすべて相談してしまおうか。

「何を考えているんだ、誉」
「え?」
「俺はお前のことが全て知りたい」
「和泉のことだけど?」

 反射的に答えると、存沼が獅子の顔になった。瞬間的に俺は凍りついた。眉間に深くシワが刻まれ、極限まで目が細くなり、俺を、いや虚空を睨みつけている。こんなところで何も王者の風格を醸し出さなくてもいいと思うのだが……え? なんで? 圧倒的な威圧感がその場を襲う。硬直した俺に、また一歩存沼が歩み寄ってきて、不意に右手を持ち上げた。そしてその指先で、俺の頬に触れた。そうしながら大変恐ろしい微笑を浮かべた。

「誉、お前は誰のものだ?」
「……」

 俺は断言して、俺自身のものである。百歩譲って家族の、千歩譲って高屋敷家のものだ。べ、別に存沼のものではない。なのに、ドキリとして目を瞠った俺は、気づくと唾液を嚥下していた。変なことを言った存沼はといえば、無駄に格好よく、無駄に色っぽいのだ。見ているだけでゾクゾクしてくる。そんな眼差しをしている。

「確かにこれまでの冬は和泉と出かけていたらしいな」
「……マキくんも今度誘うよ」
「必要ない。これから誉は俺と一緒にいるんだからな」
「え?」
「今年からは冬も俺と過ごしてくれ。遺跡には、今年は行く余裕がないけどな」

 嫌だから待って欲しい。冒険家の夢は俺に押し付けないで欲しいのだ。どうやって俺は存沼の勘違いを解けばいいのだろうか。頬に触れた指に少しだけ力がこもり、俺よりも背の高い存沼の方を向かせられる。

「来年は好きな世界遺産に連れて行くと約束するから」

 そんな約束は不要だ! だけど、俺は存沼の温度に緊張しすぎて何も言えなかった。


 ――そのようにして、今年、初めて俺は、存沼財閥の別荘に行くことになったのである。



 まさか……俺と存沼が、あんなことになるとは、この時の俺は全く思っていなかったのだった。わかっていたら行かなかった。そんな冬の顛末の記憶である。


 ただ、俺は、後悔はしない。


「……っ、ぁ、ああっ、マキ君……っ、あ」
「ん?」

 優しい声をかけるくせに意地悪く中を暴く存沼に、俺は必死でしがみつく。

「や、やめっ、んア」

 存沼の腕の中で、次第に夢と現の境界線が快楽で分からなくなり、思考が白く染まり始める。思わず爪を立てながら、震える腰を制しようとするのにうまくいかない。泣きながら俺は頭をふった。

 ――前に存沼は、勃たなかったと言ったけれど。

 これで初めてだったら奇跡だと思う。
 意識を飛ばしかけた時、俺の唇へと優しい感触が降ってきた。

 ああ――……存沼はやっぱりなんでもできるんだな……。
 そんなことを思った夜だった。