6
――それから存沼が歩み寄ってきた。
相変わらず無言でいた俺が言葉を探していると、不意に両手を頬に添えられた。もうそうされるだけで、頬が熱くなっていく自分を、俺は自覚せざるを得ない。どうしてこんなことになったんだろう。
たったの数日で……――数日前までの俺は、単純に存沼を(避けるために)意識していただけだったはずなのに。
「誉、キスさせてくれないか?」
「……っ」
そう言われたた瞬間には唇を奪われていた。舌を絡め取られるたびに、じわりじわりと胸の中で何かが燻り始め、体の力が抜けていく。気づけば背中に腕を回され、反射的に一歩後退しようとしていた。だが俺は、それを阻まれた。
――俺はもう認めるしかない。存沼の温度が、嫌ではないのだ。キスが、嫌じゃないのだ。嫌じゃなかったのだ……もちろん恋愛素人の俺は、好きじゃない人とキスなんかしない。好きではない人とキスするのは嫌だ。だけど在沼とキスをするのは嫌じゃない。嫌じゃなかったのだ。思わず息を飲む。
もしかして俺って……いやもう確定的に……存沼のことが好きなのだろうか?
思い返してみれば、ずっと存沼の言葉が本音なのか、俺は気になっていた。それに有栖川君とのことも気にしていたような気もする。一つ一つをそうやって考えていくと、俺はもうずっと前から存沼の事を――……?
それに存沼はこんなにも俺の事を思ってくれる。大切にしてくれる。
例えばポテトチップスをわざわざ用意してくれたり。それで――こんな風にされて、好きにならないほうが難しいのではないのだろうか。そ、そうだ。きっとそうだ。俺がおかしいわけじゃないと思う。存沼がすごいのだ。だよな? なにせ存沼を好きだという人はあんなにも多いのだからな。
「誉、もう一度いう。俺はお前が好きだ」
その時唇が離れた。そして真剣な表情で覗き込まれる。
――俺も好きだと思う。だけどうまく言葉にならない。いつもだったら、こういう時こそ菩薩に俺は祈るのだが、今はなぜなのかそれもできない。ただ情けなく肩で息をしながら、俺は目を潤ませ存沼を見上げることしかできないのだ。
そうしていたら、腕をひかれて、寝台の上に押し倒された。
「俺は、誉のことを抱きたい。嫌か?」
真剣すぎる存沼の瞳に、俺は視線を合わせているのが怖くなった。
だけど、しっかりと見返す。抱きたい――……それは、やっぱりそういう意味なんだと思う。いつもだったら絶対に拒否だ。ただ吸い込まれるような存沼の瞳と気配に、俺が完全に飲まれるまでには、そう時間はかからなかった。
「……嫌じゃないよ」
気づけばそう呟いていて、俺自身がびっくりしてしまった。よく考えてみたら、まだ心の準備は整っていないのだ。これはきっと雰囲気に飲まれてしまったのだ。いやもう、本当……そうとしか言えない。なにせ俺は、たった数分前に、存沼のことが好きなのだとはっきりと結論を出したばかりなのだ。
「もう理性の限界だ。今更嫌がっても遅いからな」
存沼の手が、下衣越しに俺の陰茎に触れた。
絶望的なことに――やっぱり俺は恥ずかしいだけで、その体温が嫌いじゃないのだ。もう、決定的だ。俺は、存沼のことがとっくに好きだったのだ。
寝台の上で服を剥かれ、俺は膝を折り曲げた状態で、シーツをきつく掴んだ。
これまで用途不明で風景の一部だったプラスティックの容器を、ベッドサイドの卓上から取り、存沼が指に垂らす。ぬめるその音だけでも恥ずかしくて、顔を背けようとした時、存沼の指先が、俺の後ろに触れた。
「ああっ……ひぅ……――!!」
はじめは冷たいと思ったのだが、直ぐに体温にそれは馴染み、俺に知らない感覚を与え始めた。最初は違和感が強くて、それに怖くて、思わず体を固くしてしまう。そのままゆっくりと指が一本進んできた。
「ッあ、ァ……あああっ」
その指の存在感に思う。大きい。指だけでこんなに大きく感じるのだ。絶対にこれ以上なんてできない。俺は、やっぱりやめてもらおうと思った。が――……
「や、やだ、いやだ、止め……」
その時ちょうど、あっさり二本目の指が入ってきた。押し広げられる感覚と水音に息をのむ。痛みはない。それよりも羞恥が強くて、体が震えた。
「フ、あぁっ……も、もう嫌だよっ」
指が縦横無尽に動き始めた時、俺の膝はガクガクと震え始めた。
「ダメ、あ……ふァあ、僕、あ、僕」
次第に――体の奥が熱くなってきた気がする。何かがくすぶるように、体の中心に溜まり始める。はじめは違和しかなかったのだが、少しだけ慣れてきて、指の動きに合わせて自然と吐息できるようになった。これなら、なんとかなるだろうか? そう考えたのだが、それは間違いであり、気のせいだった。
「ンあ――――!!」
その時、おかしなほど感じる場所を刺激されたのだ。体がはね、俺は思わず存沼の体を押し返そうとした。けれどそうするたびに、そこばかりを刺激されて、体からどんどん力が抜けていく。なのに俺の中心はどんどん熱くなっていき、硬くなったのが自分でもわかった。中をいじられているだけだというのに、射精したくなってきた。なんとか存沼の指を止めなければ、俺の体はおかしくなってしまう気がした。
「マキ君ッ……僕、うあ……ア」
「辛いか?」
「出ちゃう……から……っ……――え、あ、や、待って、今指を動かされたら、僕、ン――!」
「そろそろ挿れても大丈夫そうだな」
「え」
俺の言葉が終わる前、目を見開いた時には、指を引き抜いた存沼の陰茎に、一気に貫かれていた。
「……うああああっ、あ、あああッ!!」
何が大丈夫だというのだ。いやもう、本当。俺はその衝撃に声を上げるしかできなかった。そうして繋がりながら、存沼が俺に言ったのだ。
「大丈夫か? 誉」
――だから、大丈夫ではないのだ。
「ずっと、こうしたかったんだ」
――そんなことを言われても困ってしまう。
「もうお前、ちゃんと俺のことを好きだろう?」
――今更何を言っているんだよ……。
「まだ答えを聞いていないな」
――……。
「――ちゃんと、俺のことを好きだと、言って欲しいんだ」
その頃には快楽で泣いていた俺は、無我夢中で、必死で言う事となった。
「僕も……好きだよ」
すると存沼が息を飲んだ気配がした。だがすぐに嬉しそうな笑みを浮かべ、また俺の頬をなでた。
「宝石を俺にくれるか?」
「うん……」
こうして――この日から、俺と存沼は恋人になったのである。
――さて、この日は三日目だったので、迎えが来るはずだった。
いつくるんだろう。俺は若干怯えていた。なぜなら――……俺と存沼は、まだ繋がっているからだ。存沼は離してくれない。
「うああ、待って、抜いて、あ」
すでに存沼は、俺の中で一回果てている。そう、俺の中で……せ、せめて外にと思わないでもないし、ゴムも用意してあったし、なぜなのかローションもあったわけだから……遭難中だし文句は言えないのかもしれないが。とにかく、とりあえず存沼も果てたのだ。だというのに、である。
「嫌だ」
「だ、だって今日は、迎えの人が……っく、ハ、あ……」
「気にするな」
その時腰を揺すられ、俺は声を上げた。気にするな? そんなの無理だ!
「ンあ――っ、あ、ああっ……や、あ、ああっ、ン――」
ガクガクと体が震えて、快楽に囚われる。俺は、まだ解れきっている中を緩慢に突き上げられて嬌声を上げた。
「ひァ、あ、ハっ、も、もう無理だよっ……! あ、あ、あ」
本当に無理だと言おうとした時、激しい抽挿が始まった。あれか、存沼は絶倫なのか? 俺は違うからな! そう何度もイけないんだからな。それに、なんというか……
「そこやだよ! お願い、マキ君、ああっ、あ、や、おかしくなるッ」
存沼は、重点的に俺の前立腺を突き上げてくるのだ。そうされるだけで、何も考えられなくなっていく。こんなことではいけないのだろうが、思考がグラグラしてきて何も考えられなくなるのだ。
「ダメ、もうダメ、嫌だ、あ、あああああ」
そのまま、後ろをされただけで、俺は出してしまった。前を触られていないというにもかかわらず――……! 恥ずかしくなるが、それよりも先に体から力が抜けた。
「フぁ」
思わずぐったりして、俺は頭を枕にあずけた。しかし存沼は許してはくれない。すぐ動きは再開した。
「気持ちいいか?」
「う……」
息苦しさと、過ぎた快楽で上手く答えられない。すると存沼が意地悪く笑った。
「教えてくれ、誉」
「――!! やァ、あ、あ、あ、き、気持ちいいからッ!!」
再び前立腺ばかりを突き上げられて、俺は悶えて泣いた。涙がボロボロと頬を濡らしていく。だけど実際、認めたくはないのだが気持ちが良くて、もう俺の体は蕩けていた。熱い。体が熱かった。ゾクゾクしてから、一気に再び快楽に染め上げられる。
「やア――――!!」
その後存沼が三度放つまで、俺は離してもらえなかったのだった。
ようやく行為が終わった時、俺はふと気づいた。
――エアコンが付いている!
「停電がなおったみたいだよ!」
助かったという気持ちと、もしかして救助の人がきたのだろうかという気持ちで、俺は思いっきり心からの笑顔を浮かべてしまった。
しかし存沼は、そんな俺を背後から抱きしめてきて、淡々と言った。
「ああ、寒いだろうと思ってな」
「え?」
「――最初から停電なんてしていなかったんだ。ブレイカーを落としたのは俺だからな」
「……え?」
呆気に取られて息を飲む。俺は思わず体を固くした。
「鍵がなかったり、シャワーだけ使えたり、汲み取り式のトイレがあったり、都合が良すぎただろう?」
「……」
「正直、急遽年始に時間が空いて即座に考えたから、いつバレるかヒヤヒヤしていたんだ。玄関の鍵をかけたのも俺だ」
「……吹雪で扉があかなかったんじゃ……」
「吹雪は存沼財閥の気象予報士に予測させていたんだ」
「な」
「ちなみにこの別荘には衛星設備があるから、いつでも外に連絡ができる」
「は!?」
「だけどこれで言質が取れたな」
存沼は俺の耳元で笑うと、不意にポケットから、銀色の何かを取り出した。
――ICレコーダーだった。
存沼が再生ボタンを押す。
『僕も……好きだよ』
『宝石を俺にくれるか?』
『うん……』
俺は羞恥で悶えそうになった。なにせその他、しっかりと俺の喘ぎ声まで入っているのだ。なんとしてもすぐに消去してもらわなければ! 俺の人生に関わるぞ! 俺が硬直していると、存沼の腕に力がこもった。
「俺にはあと二日休みがある。高屋敷会長にも、あと二日、誉もここにいると事前に俺から伝えた」
「……!」
「食料は、スノーモービルで今日届けさせる予定だ。それにこの別荘には屋根裏があって、そこに備蓄もあるんだ」
俺の空腹を返せ! まずそう思った。それに、そうだった……これまでの学園生活、あんな劇を見る限り、存沼は演技派なのだ! 思わず俺が奥歯を噛んだ時、後ろから、存沼の唇が、俺の首筋に降ってきた。
鈍く痛み、キスマークをつけられたのが分かる。
胸がトクンとした。存沼は本当にひどい。やっぱり俺様だし――本当に策士だ!
だけど俺は、そんなところも含めて、存沼のことが嫌いじゃない。
いや、嫌いじゃないのではない。好きなのだ。
それからまる二日間、俺はほとんどの時間を存沼の腕の中で過ごしたのだった。
さんざん喘がされながら……。
そんなこんなで、冬休みは終わりを告げたのだった。
これが今年の年明けの俺たちの顛末と、ある種の始まりである。