【IF】三葉ENDだったら







「三葉くんには夢ってある?」

俺は本日、三葉くん宅でノートを広げている。俺のうかつな一言がきっかけで、彼は一人暮らしをしているのだ。お手伝いさんも誰もいない。本当に一人だ。
進路希望調査の紙を眺めながら聞いた俺の前で、静かに三葉くんがカップを置いた。

「世界征服かな」
「――え? ごめん、よく聞こえなかったよ」
「世界征服」

きき直しても俺の頭に浮かんだ字面は一緒だった。
世界征服だと? なんだと? 三葉くんがいうと、本気に聞こえるから困る。
俺の脳裏を悪の幹部(?)の衣装を着た三葉くんがクルクルと回り始めた。いけない、現実逃避をしている場合ではない。

「せ、世界を征服してどうするの?」
「世界を征服すれば、その世界は僕のものになる。僕のものにするんだよ」
「何か欲しいものでもあるの?」
「あるよ」
「何?」

この際、高屋敷家で用意できるものであれば……!

「誉くん」
「なに?」
「だから、誉くん」
「え、えっと?」
「誉くんが欲しいんだ。言い方を変えるなら、だから、誉くんの世界を征服したい」

最初はその言葉を上手く理解できなくて、何度か瞬きをした。
そうしていたら立ち上がった三葉くんに後ろから抱きしめられた。
驚いて硬直していると、静かに耳元に口づけられる。
ドキリとしてしまった。全く心臓に悪い。

「世界なんか手に入れなくても――」
「僕のもの?」

恥ずかしかったので俺は頷くにとどめた。そう、そうなのだ。俺と砂川院三葉は、実を言えば付き合っているのである。「付き合って」と言われたから、どこにだろうかと思いながら「いいよ」といったらそのまま押し倒されて今に至る。三葉くんは飄々としているイメージだが、全く譲らないから、俺は気づけば押し流されていた。ただ三葉くんに流されるのは、不思議と悪い気はしない。

腕をひかれて、その場に押し倒される。
俺は三葉くんの端正な顔を見上げた。
本当に硝子細工みたいで困る。変に力を込めたら壊れてしまいそうな恐怖。

「――今年は誉くんが全体劇に出なくて、正直僕はホッとしてる」
「僕も女装しなくていいからホッとしているよ」
「そうじゃないよ。雅樹にこれまで嫉妬してた僕もいれば、その姿に目を惹かれる全校生徒を忌々しいと思っている僕もいるってことだよ」
「え?」
「去年なんて、イライラした」

三葉くんでもイライラなんてするのかと思うと感慨深い。

そもそも三葉くんは、俺のどこが好きなのだろう? たまに聞いてみたくなるがやめている。じゃあ俺は? 俺は三葉くんのどこがすきなんだろう。こちらはたくさんありすぎて回答に困る。
今年の夏、三葉くんは在沼とではなく、俺と夏まつりに行ってくれた。
二人で浴衣を着て、林檎飴を食べた。
目を伏せればあの日の星空を思い出す。星の声を覚えている。


三葉くんの体温は低い。その指先で頬をなでられ、首筋をなぞられる。
俺はただ、俺に触れる三葉くんを静かに見上げる。三葉くんは、本当に俺のことを見ているのだろうか? たまにそれがわからなくなるから、聞いてみたくなるのだ。俺のどこが好きなのかと。

「誉くん」
「なに?」
「何を考えているの?」
「三葉くんのこと」
「本当に?」
「うん」
「信じさせて」
「どうやって?」
「考えてみて」

三葉くんはそう言って笑った。俺にはいつも、三葉くんの出題は難易度が高すぎるのだ。
ただ一つだけ嬉しいこともある。
俺といるとき、三葉くんは、株から離れる。もっともだからといってあのキラキラした瞳が俺へと向くわけではないのだが。向いて欲しい気がしないでもないが、俺は、趣味(?)に没頭している三葉くんの真剣な表情も好きだから、何も言えない。

俺は三葉くんの首に腕を回し、顔を近づけた。

「高屋敷誉は、砂川院三葉に征服されました」

冗談めかしてそう言うと、虚をつかれたような顔をしたあと三葉くんが破顔した。
それから俺の額に唇を落とす。
柔らかなその感触が俺は好きだ。

「そう――じゃあ、進路希望を変えないと」
「え?」
「僕は誉くんだけの正義の味方でいないとならなくなった」

三葉くんは真顔でそんな事を言う。思わず肩を揺らして俺は笑った。
俺たちはチープな言葉を並べながら、このようにして簡単な日々を二人で過ごしていく。
ギュッと三葉くんに抱きついて、俺は額を押し付ける。
幸せとは、本当に身近に有るものなのだな。


その日も三葉くんがつくってくれた夕食を食べた。それが、幸せだった。