【IF】出会ったのが成人してからだったら(夢オチ)






俺は、学園ものの乙女ゲームの世界に転生したらしい(推定)。
非常に残念なことではあるが、俺にはフラグをへし折る力など無い。そこで俺は、入学をしないことにした。徹底して、別の学校に行きたいと泣きわめいたのである。幼少時の俺の努力は、報われた。俺はゲーム世界ではなく、俺が知る現実世界においてから有名だった某大学のエスカレーター式初等部へと入学を果たし、目立たぬように大学生になった。後二年すれば卒業だ。卒業と同時に俺は、会社の取締役になる。成人式を迎えた今年からは、既に会社を一つ任され――たのが悪かった。
俺は、乙女ゲーム内に存在した、誰もが憧れる某学校とは関わらず、噂を聞くくらいにとどめて生活してきたのであるが、それでもやはりぞくぞくと耳に入ってきていたものである。俺以外の攻略対象立ちの輝かしき栄光が。そして彼らも今年成人式を迎えた。今後は社としての取引もあるから、同年代の方々と仲良くね、なんて言って父にパーティをセッティングされた俺の人生……とはいえ、ちょっと挨拶をすれば、あとは部下の人たちとかにやりあってもらえばいい。
そんなことを考えながら俺は、ワイングラスを片手に、壁際にいた。
会場の中央には、砂川院和泉の姿がある。
大勢の人に囲まれている。
俺が唯一言葉を交わしたことがある攻略対象だ。ヴァイオリン教室が小さい頃一緒だったのである。

「誉、久しぶりだな」
「久しぶり」

必死で俺は笑顔を取り繕った。こちらに気づいた和泉が足早にやってきたからだ。こなくていいのにな! それにしても和泉は人気者だ。和泉人気は俺の学校でも高い。ほうぼうから今も和泉様和泉様と聴こえてくる。ひそひそと、いやあからさまに、「『あの』和泉様とお知り合いなの?」と俺に視線を送ってくる人々。熱っぽい眼差し。このパーティ、結婚適齢期(?)の男女が揃っているため、大学の同窓の女性陣の視線が俺には痛い。次に大学に行ったら、和泉を紹介して欲しいと頼まれるのは目に見えていた。
(むしろ俺を紹介してあげたいんだけどな! 俺、我ながら優良株だと思うぞ……まったくもってモテないんだけどな)

「和泉」

そこに声がかかった。顔を上げれば――……!! 砂川院三葉!! SPの人々に囲まれながら、堂々と入ってきたのは、和泉の兄である。周囲が静まり返る。圧倒的な美がそこにはあった。和服とはこうも綺麗なものだったのかとポカンとするしかない。会場にはまだ一月ということもあって、着物姿の人も多い(特に女性)。しかしながら砂川院三葉の美貌がすべてをかっさらっていった瞬間である。

「三葉、紹介する。誉だ」
「はじめまして、高屋敷くん」
「……――はじめまして。よろしければ、誉と」
「ミートソース」
「え?」
「ついてる」

砂川院三葉は、淡々とそう言うと、硬直している俺の唇の端を親指でぬぐった。そしてぺろりと舐めるとひとり頷く。

「僕は、高屋敷家のパーティの料理が好きだよ」

お眼鏡にかなってよかったです! しかし今日を最後に二度と会いたくない。にこりともしない砂川院次期当主は、なまめかしく親指を舐めたあと、そのまま進んでいった。和泉もそちらをおいかけていく。ひとり取り残された俺。ああ、指の感触が生々しい。ちょっと外の空気でも吸おう。俺はテラスへと出た。するとそこに……――! 西園寺颯也!! 壁にせをあずけ、立ったまま足を組み、星空を見ている。何をしているんだ。たっているだけで絵になるとか気持ちが悪いんだからな! さて、俺はビクビクしながら反射的に逆側の壁に体を隠した。向こうは俺を知らない。頼むから早く立ち去ってくれ。俺は別に海外に進出したいとは思っていないんだからな! 父が守った会社を現状維持できたら満足だ!

「――T大のSleepingBeauty」

そこへオルゴールよりも耳障りの良い声音が響き渡った。
T大というのは俺の大学だ。ス、スリ……眠り姫? まさか俺に気づいたわけじゃないだろうな? ちらりと一瞥すると、いつの間にか間合いを詰め寄られていて、ごく近い場所でにやりと笑われた。俺のあだ名はなぜなのかねむり姫なのだ。講義の最中に寝ているせいだと考えられる。寝ているとバレないようにしているつもりなんだけどな。一緒に通学している友人だとかは、「起こすと怖いからですよ」「眠れる獅子みたいなものですよ」「本気を出したら日本が沈没するんでしょう?」などといってからかってくるものであるが、え? 俺にはそんな力はない。

「高屋敷家が守り抜いてきた御曹司。皆お前の顔色を伺いに来ている。さぞ気分がいいだろう? 俺も年始の株価の変動の時には肝が冷えた。三葉のほかに、この国にあれだけ株を動かせる人間がいるとは思わなかった」

冷や汗がだらだらと伝った。
そう、そうなのだ。
俺には前世知識がある。いつなんどきどの会社が怪しくなるかわかるのだ。ぶっちゃけ俺はそれを悪用している。この年始、アダプター・マンデーと呼ばれる株価の大変動があった。俺はその時、自分に預けられていた会社の株を守りきったのである。が、そうしていたら、画面の向こうで西園寺と砂川院(おそらく三葉)に気づかれた。あそこから始まった防衛戦。俺は胃が痛くなってしまったものである。俺は危うく全てに嫌気が差し、アベーユ&アーヘンバッハ社を買収してしまうところであった。
幼い頃からフラグに関わらないようにと生きてきた俺にとって、唯一の友達は投資ファンドなのだ。しかしもちろん怖いので普段は良いお付き合いをしている。

「お前に会いたくて俺は留学を決意した。春からよろしく頼む」
「――え?」

西園寺はそう言うと会場に入っていった。え?
呆然としたあと、俺は踵を返して追いかけようとした。中へと一歩入った――その瞬間である。入口から、ざっと人ごみが割れた。強い視線に俺は射抜かれた。あっけにとられる。
入ってきた人物は、気だるげな顔をしたあと、俺を見るとすっと目を細めた。すべてを従える気迫に絶句する。そこに立っていたのは、在沼雅樹だった。攻略対象の筆頭だ。しっかりと目が合い、俺は萎縮した。在沼はそれから、不意に唇の端を持ち上げた。
心臓がぶち抜かれたような感覚だった。
眼差しが強すぎてみていられないのに、目が離せない。
固まっていると、在沼が歩み寄ってきた。

「――高屋敷、誉?」
「……列席ありがとうございます」

俺は声の震えを必死に押し殺した。にやりと笑っている在沼は、俺の正面に建つとわずかに屈んだ。顔を覗きこまれ、俺は唾液を嚥下する。

「お前が眠り姫か」
「はは、お恥ずかしいニックネームです」
「気に入った」
「? ――!!」

気づくと俺の顎を在沼が持っていた。力強く引き寄せられて、そのまま唇を貪られた。正面にあるのは端正な顔。ま、待て、おい、一体どういうことだ! 拒もうと一歩あとずさると詰め寄られる。酸素を求めて開いた唇の中に、今度は舌が入り込んできた。

「ン」

角度を変え、口腔を蹂躙される。肩が震えだした。うあ、息苦しい。
というか本当に一体どういうことだ。俺のファーストキス……!

「誉、今日からお前は俺のものだ」

ようやく唇が離れたと思ったら、そう宣言された。多分俺は涙目だったと思う。
俺はそろそろ末期なのかもしれない。


と、まぁ、このようにして、フラグとはへし折ることができないからしてフラグなのだろうと俺は思う。ちなみに俺は、記憶を手にしたまま二巡目もした。やはり最終的には在沼ENDだった。むしろ在沼がほかの誰かと恋をするたびにイラっとしていた俺がいる。最終的に、俺はすべての記憶を消して、もう一度行ったが、やはりいきつくさきは在沼なのである。

なんていう夢を見た一月の終わり。