【七】塗り替えられる(★)




 翌日、風の国に到着した。気だるい体で、俺はラッセルの後ろを歩いていた。何処へ行くのだろう。漠然とそれを考えていた。昨夜言われた『最適な仕事』という言葉が、頭の中に浮かんでくる。もう、抵抗する気力が起きないくらい、媚薬の熱が残っている体が熱い。

「せっかくの魔力持ちだからな。恩を感じてくれよぉ?」

 そう言いながら、ラッセルは、俺を街外れの小さな邸宅の前に案内した。そして木製の扉を叩く。すると音もなく扉が開いた。そこへラッセルに突き飛ばされた。

「じゃあな。また会えたら良いな」

 満面の笑みでそう言うと、ラッセルが扉を閉めた。結果、俺は暗い邸宅の中に取り残された。暫しの間、俺は立っていた。すると、蝋燭の明かりが近づいてきた。見れば、深々とローブを被った人物が、歩み寄ってきた所だった。

「酷い熱に侵されているようだな」

 テノールの声音は、淡々としていた。虚ろな視線を向けていると、燭台とは逆の手に杖を持っているその人物が、それを掲げた。

「暫くは毒抜きが必要か。黒薔薇の刻印の解除は無理だが、ある程度の封印は可能だ」
「!」
「ラッセルから体の話は聞いている。青の魔力を持つ不憫な冒険者がいるとな」

 その人物が杖を振った瞬間、俺の体がスッと軽くなった。驚いて瞬きをする。
 彼は目深に被っていたフードを取った。現れた端正な顔は、二十代後半くらいに見えた。切れ長の目をしていて、その色は翡翠色だった。まじまじと見ていると、彼が踵を返した。

「ついてこい。名前は?」
「……ネルス」
「そうか。俺はエガル。魔術師だ。丁度、性奴を探していた、が、あまりに快楽に弱くては面白みが無い」
「っ、性奴……俺は、奴隷なんかじゃ――」
「すぐに気が変わるだろう」

 歩いて行くエガルに、俺はついていくしか出来ない。逃げ出すべきなのか、迷っていた。だが、体から熱が引いた衝撃が大きくて、もしも解放されるならばと希望を抱いてしまう。

 連れられて向かった先の部屋には、魔導灯が光るシャンデリアが下がっていた。古めかしい部屋だが、調度品が高級だというのは、一目で分かった。テーブルには、柔らかそうなパンとスープが並んでいた。

「今日はゆっくり休むと良い。まだ、人として扱おう」
「……」

 俺はその言葉を聞いた時には、テーブルに駆け寄っていた。思わずパンを手に取り、本能のままに囓っていた。ラッセルとの旅においても、ベリアス将軍の家にあっても、俺はまともな食事などしていなかったのだ。ラッセル、俺には魔法栄養薬を飲ませるだけだった。将軍の家では、食事不要の魔術をかけられていた。体が、目が、食事を求めていた。

 パンの味を感じたら、俺の目から涙が零れた。そのまま座り、俺は温かいスープを飲んだ。美味しい。全身が、久方ぶりに快楽以外の幸福に支配されていく。エガルはそんな俺をじっと見ていた。そして食べ終えた時、言った。

「さて、食事代をもらうとするか。ついてこい」

 気づけば俺は、素直に頷いていた。向かった先は寝室で、それを見て思わず俯く。俺に求められているのは、体なのだとすぐに理解した。

「自分で解して、俺の上に乗れ」
「……っ」

 その声を聞いた瞬間、俺の体の奥深い場所が疼いた。俺もまた、欲していた。
 言われるがままに服を脱ぎ、俺は指を菊門から挿入する。
 そんな俺の前で服を脱ぎ捨てたエガルは、すぐに寝台に上がってきた。

「随分と複数の魔力で体を染められているな」
「あ……」

 繋がった瞬間、耳元で囁かれて、背筋が震えた。

「火の魔力だな。火の国では、相当犯されたのか?」
「ッ」
「これでは、誰でも求めてしまう体だな。俺の魔力で塗り替えてやるから安心しろ」
「あ、あア……あ」

 俺は太股をエガルに絡める。俺の腰を掴んでいるエガルは喉で笑うと、抽挿を始めた。すると、彼の陰茎が触れている箇所から、体が楽になっていった。同時に、本能的な恐怖に襲われた。

「あ、あ、何、なんだこれ、うあああ」
「俺の魔力を注いでいる」
「あああああああああああああ!」

 無我夢中で俺は体を揺らした。壮絶な快楽が染みこんできたからだ。それは、今までのような灼熱とは根本的に異なった。体から何かが吸い出されるように抜けていく。すると同時に、穏やかな快楽が俺を飲み込むのだ。俺は舌を出して、必死で息をした。

「やっかいな黒薔薇だな。この刻印をした人間は、完全にお前の体を塗り替えようとしたらしい。だが、俺の魔力にかかれば、封印は可能な程度だ」
「あ、ひぁ……は、ふぁァ……あ、あ……」

 エガルが俺の乳首に触れ、ピアスを外した。両方の赤く尖っている乳首を羽のような優しさでエガルが撫でると、ジンジンと快楽が広がった。それからエガルが黒薔薇を覆うように、掌を当てた。

「あ、ア!」

 すると薔薇の模様を走るように、魔力が広がったのが分かった。全身が軽くなっていく。数年ぶりに、この時俺は、全身の感覚を明確に取り戻した。

「せめて昼は貞淑でいられるようにな」
「あ、あ……ああ……ァ」
「エガルの名をもって、黒薔薇の刻印に命じる。熱は月の動きで変動させよ。満月の夜、昂ぶるように、新月の夜、収まるように」
「あ、ああああ! うあ、何、いやぁああ」

 その時黒薔薇が光を放ち、俺の全身に快楽の漣が走った。

「これで楽になる。毎日昂ぶる事は無い。あとは、俺を覚えろ。お前の魔力、全て俺に渡し尽くせ。風の国の性魔術の生贄になるんだ、お前は今後な」
「あ、あ……ああ……そんな、あ……体が変だ、変だ、う、うあ」

 力が入らない。ブルブルと震える指先にまで、何かが染みこんでくる。ずっと果てている感覚がした。息が出来ない。

「吸い尽くしてやるから安心して良い」

 この夜俺は、何が起きたのか、この時点では分からなかった。
 後で理解したのは、エガルが俺から黒薔薇の呪いじみた熱を抜いてくれたという事だ。
 ――だが、代わりにこの日から、俺はエガルの性奴となる事が決定されたとも言える。