【10】復学と退学



「……アニス姫を」

 俺は声を絞り出した。俺だって同じ行為をしたのだし、アニス姫ばっかり一生修道院で暮らすなんて、考えてみると酷い。

「元の生活に戻してくれるんなら、その……つまり、不貞扱いじゃなくて、ええと……婚約の解消は円満だった事にして、だからその……ええと……」

 俺が言葉を発すると、父とザイドが驚いた顔をした。俺は身振り手振りを交えて、必死に言葉を探す。

「……俺とザイドは、そ、相思相愛で、それで、ええと結婚? する事として、アニス姫とはそれが理由で解消した――という流れに出来るんなら、俺、結婚します」

 こんな事にはなったが……アニス姫が俺の最推しである事には、やはり代わりはないのだ。俺の言葉に、父とザイドが顔を見合わせた。その場に沈黙が降りる。先に沈黙を破ったのはザイドだった。

「そんなにアニスが好きか?」
「好きというか……不憫で。俺のせいだしな……」
「――アニスを元の生活に戻す事を条件にするならば、俺と結婚するんだな? 二言は無いな?」
「……ああ。それで良いよ」

 俺にはどうせもうアニス姫との未来はない。それにザイドだって、ここまで言うのだから俺に悪いようにはしないだろう――というのは、甘すぎる憶測だろうか?

「では、そのように手配しよう」
「……ロイル、本当にそれで良いのか?」

 父が心配そうに俺を見たが、俺は苦笑して頷いておいた。ザイドは従えてきた配下の者らしい外交官に何やら指示を出している。


 ――こうして、俺の結婚は決まった。休み明けに教室に戻ると、アニス姫の机が再び運ばれてきていた。幸いまだ修道院には本格的には行っていなかった様子で、復学は非常にすんなり出来たらしい。姿はまだ無いが、

 俺はといえば、自分の学用品を片付ける準備をしていた。すると隣から、バリス殿下に腕を引かれた。

「話は聞いた」
「殿下……お世話になりました」
「……本当に、お前はそれで良いのか?」

 バリス殿下は、非常に苦しそうな顔をしている。良い友人だ。俺の事を本当に心配してくれているらしい。するとそこへカルエとユードがやってきた。この組み合わせは珍しい。

「ほ、本当に行っちゃうんですか? 帝国に」

 ……ザイドが即結婚するというため、俺は退学する事になっている。ザイドは帝国の別の学園に編入、俺は第二王子の妃としての教育を受ける事になるようだ。ユードの問いに俺が曖昧に頷くと、カルエが腕を組んだ。

「本当に良いのか?」
「まぁ……」

 アニス姫との未来が無い今……流れに身を任せてみるのも、悪くはないだろうと俺は思っている。正直、何も考えられないのだ。考えられないというより、考えたくない。こうなれば勢いだ。

「……ザイドにも良い所もあるかもしれないしな」

 俺が微苦笑しながら呟くと、全員が沈黙した。
 その後も俺は、幾度となく様々な人に「本当に良いのか?」と聞かれて、その日を終えた。寮の部屋を片付けながら、俺に聞いてきた人々が口々に「ザイドは女癖・男癖が悪い」と話していた事を思い出して、なんとなく「やっぱりそうなのかな?」という気持ちになりつつも、ダラダラと荷物をしまっていく。

 日が落ちてから、ノックの音が聞こえた。ぼんやりと俺が視線を向けると、ザイドが入ってきた所だった。制服姿ではなく、私服だった。

「俺の方は、こちらの退学手続きを済ませた。ロイルはどうだ?」
「恙無く」
「そうか」
「荷物は明日、家の者が取りに来るので、あとはいつでもどこにでも行けるぞ」
「漸く夢が叶うというわけか――お前がアニスを好きである一点を除いては満足だ。すぐに俺に惚れさせてやるが」
「ザイドは自信家だな……」

 果たして俺は、ザイドに惚れる日が来るのだろうか。そもそもザイドは、本当に俺を好きなのだろうか。それ以前に、俺には好きな相手がいるのに他の相手とSEX三昧というのがよく分からない。

「普通さ、寝取ったら、嫌われると思わないのか? 俺にはそこが信じられない」
「視界にも入らない状態の無関心でいられるくらいならば、嫌われた方がマシでもあったし、お前の気持ちは兎も角、手に入れる事を第一として行動したまでだ」
「でも姫以外ともヤってたってみんなが言ってたぞ」
「なんだ、嫉妬か?」
「別に、そうじゃない」
「まぁ確かに多くと体の関係は結んだな」
「俺が好きなのにか?」
「やはり嫉妬か?」
「だから違う!」
「――性欲は溜まるからな」
「へぇ」

 俺は投げやりな気分で頷いた。どうせ俺が正妃になるとしても、すぐに後宮には寵姫が溢れかえる事だろう。

 ――この夜は、確かにそう思っていた。

 こうして俺は帝国に嫁ぐ事となった。なんだか人生何が起こるか分からないものである。さて、帝国で花嫁修業を男ながらにする事になった俺であるが――そんなある日、帝国に魔獣が出没した。花嫁修業で視察の練習を兼ねて田舎の村に出かけていたら、水竜が出現したのである。反射的に俺は倒してしまった。するとザイドが言った。

「やはり戦っている方が生き生きとしているな。なんなら、帝国騎士団に所属するか?」

 俺もそのほうが気楽なので、大きく頷いた。