【9】プロポーズ




 気だるい体を引きずって寮の自室に戻り、一夜が明けた。本日は学園がお休みであるが、火急の用件として、実家の侯爵家から呼び出されている。内容は分かっている。アニス姫との婚約解消とザイドとのお見合いの話だろう。

 馬車でバーレイ侯爵家に戻ると、執事のレイズが出迎えてくれた。応接間に促された俺は、複雑そうな笑顔を浮かべている父と対面した。騎士団の総団長をしている。

「父上、ただいま帰りました」
「……アニス姫との件は本当に残念だった。して……サーフェルド帝国の第二王子殿下から見合いの打診があったのだが……ザイド殿下とは、その……どういう関係だね?」

 俺は言葉に詰まった。昨日の事が脳裏をよぎる。なんて答えたものだろうか。

「少々私は混乱しているんだ。アニス姫が修道院に行ったのは、ザイド殿下との不貞が理由であるのに、ロイルがザイド殿下と見合い……?」

 父が混乱するのは無理もないだろう。なにせ俺も混乱しているのだから。

「サーフェルドは責任を取ると申し出てきたが……一般的に、ロイルの心情を考えるならば、断る以外の結果はない。あちらも傷に塩を塗るような提案だと理解していそうなものなのだが……」
「……」
「念のため聞くが、ザイド殿下と結婚する意志はあるのかね?」

 俺はアニス姫以外と結婚する未来図を描いた事は一度もない。しかしアニス姫はもういないのだ。

「政略結婚としては、実を言えば申し分ないのだが――私が危惧しているのは、ザイド殿下にロイルが何か恨みをかっていじめを受けているのではないかということで、な。許婚を奪い、その上、騎士としての未来まで奪って隣国の後宮で飼い殺しにするつもりなのではないのかと……」

 それはあり得る気がした。ザイドが俺を好きだというより、俺で遊んでいるか、俺に恨みがあると聞いたほうが、しっくりとくる。

「しかしザイド殿下は、ロイルを正妻として迎えたいと話しているんだ」
「え?」
「本気で恋をしていると書簡にはあった。建前かもしれないが――事実だとすれば、私にはさっぱりわけが分からない」

 帝国は一夫多妻制度である。男でも片側の配偶者が妻と呼ばれるらしい。家庭教師に習った知識だ。そして確かに同性愛は多いが、正妻に同性はあまり無い例である。それはこの国も同じだ。後継者の問題があるからだ。無論、ザイドは第二王子殿下であるから、帝国の世継ぎを切望されているわけではないだろうが……。

「そこでロイルの気持ちが聞きたい。この婚姻話、どうする? 断るのは中々厳しいが、心情的に……その……寝取られたわけだからな」

 父の言葉に俺の胸がざくりと痛んだ。ただ――ちょっと冷静にもなってきてはいる。俺はゲームのアニス姫に恋焦がれていたわけであるが、実際のアニス姫はちょっと違った。理想と現実は違うのかもしれない。そもそも俺だってゲームの中のロイルとはキャラが違うのだから、俺の失態だとも言えるだろう……。

 ちょっと意地悪な所は、ゲームのロイルとザイドはよく似ていたのだ。俺ももっと意地悪になれば良かったのだろう。お花にお水をあげている場合では無かったに違いない。

「旦那様、ロイル様。サーフェルド帝国第二王子殿下ザイド様がお見えです」

 そこへレイズが入ってきた。それを聞いて、俺と父は顔を見合わせた。焦っていると、他の使用人に先導されてザイドが応接間に入ってきた。一応身分が違うので、礼をした父に倣い、俺も頭を下げる。

 ……寝取られた事よりも、昨日体を重ねてしまった事が恥ずかしくて、俺は顔を上げられない。

「バーレイ侯爵、突然失礼する」
「――ザイド殿下に置かれましては、ご健勝のご様子。しかし……色々と確かに急ですね」

 父がひきつった笑顔で述べた。俺はそれをちらりと見てから、その後は目の前のカップの中身を凝視した。俺は一体どんな顔をしていれば良いのだろうか。

「恋に時間は無関係だ。俺は長らく恋をしてきたが――昨日、俺とロイルは愛を交わした」

 直球でザイド殿下が暴露した。思わず俺はお茶を吹きそうになった。父も盛大に咳き込んだ。

「ほ、本当なのか、ロイル」
「……」

 否定したかったが事実だ。事実なのだ。俺は何を言えばいい? 焦っていると、満面の笑みでザイドが頷いた。

「ああ、本当だ。なんなら体を改めれば良い。キスマークをつけておいた」

 俺は両手で顔を覆った。父が唖然としている気配がする。

「俺とロイルは相思相愛だ。きちんと同意も取った」

 ザイドの言葉は嘘ではないが、俺は流されただけであり、まさかの父の前での暴露展開など考えてもいなかった。

「帝国の父である皇帝陛下も、俺の初恋が叶ったとして祝福してくれている。この王国の国王陛下にも改めて侯爵家との縁組を打診して下さった。あとはロイルが嫁いできてくれればそれで良い」

 俺は頭が真っ白になった。完全に外堀を埋められている。父も何も言葉が出ない様子だ。どうしよう。ここは、俺が何かを言うしかない。

「ザイド……殿下。あの、本気なんですか?」
「いつもの通りに話してくれ。呼び捨てで良い」

 いつもなんて、昨日がほぼ初めての会話だ……が、俺は頷いた。

「本気なのか?」
「何度もそう伝えただろう?」

 思考が停止しそうだ。そんな俺の隣に静かにザイドが座る。レイズがお茶を運んできた。ザイドは俺の肩を抱き寄せると、ニヤリと笑った。

「俺と結婚してくれ」