【一】人工島・罔象市






 男娼館を出て、欠伸をしながら、明楽溟露(あきらめろ)は歩いていた。情事の後と酒の席でばかりは、どうしても普段は抑えている煙草が吸いたくなる。時刻は午前二時を少し過ぎた所で、まだまだこの花街には客引きの黒服の姿も絶えない。

 第二関東湾に浮かぶこの人工島・罔象(みずは)市だけではなく、花街は大抵どの都市にでも存在している。明楽が罔象市で暮らし始めて、早三年。その間、本指名をした事は一度も無いが、何度も通っている男娼館ラークには、顔馴染みの男娼も増えてきた。

 星が煌めく空を見上げて、あれらが人工映像には思えないなと、ニホン国の技術力の高さについて、時折明楽は考える。太陽と月以外は、全てが管理された光景であり、天候も気温も、島内部は科学技術で管理されている。その点さえ除けば、本土の大都市と、罔象市には大した違いは無い。例えば、吐き出した息がたった今白く染まったのも、管理の結果ではあるが、本土の気候とは一致している。

 黒い髪を揺らし、コンビニエンスストアに立ち寄った明楽は、久方ぶりに紙パックの煙草を購入した。石は切れているが、オイルライターは自宅にある。他にはブラックガムと冷たいミルクティを購入した。

「あー、俺も朝まで娼館にいたかった」

 ――ヤり足りない。
 そんな事を考えつつ、帰宅が義務付けられている刻限の内に、明楽はマンションのエレベーターホールを通り抜け、自宅がある三階へと向かった。この階には、2LDKの部屋が二つだ。隣は、罔象市の班に共に配属された同期の家だ。

 カードキーで部屋のドアを開けた明楽は、ドアノブを押して中へと入る。
 現在、午前三時になろうとしている。
 部屋にいるかの定時確認があるのは、朝四時と決まっている。

 それを規定している職場、ニホン国軍罔象方面部隊特殊対策班が、明楽の所属先だ。対策班は、大都市ごとに設置されている。だが、滅多に表に出る事は無い。職業を明かす事がそもそも職務規定違反であるから、家族や友人に話す事も出来ない。

 その為、大学卒業時までに得た友人とは、ほぼ全て縁が切れている。二十八歳となった現在、頻繁に親交があるのは、どうしても同僚となる。

 国際社会の潮流に乗り、ニホン国も現在では、性別に囚われない愛情の持ち方を推奨している現在、同性婚も主流となった今、恋愛対象も同僚が多くなってくる。そして職場に限っては、性差が根付いているので、圧倒的に男社会だ。無論部隊全体では女性もいるが、ある特殊作戦のために集められている罔象の対策班には、現在の所男性しか所属していない。

 明楽はモテる。非常にモテる。性格も身持ちも良いわけではないが、顔は良い。だが職場の人間に手を出すのは、後が面倒であるからと、あまり恋人は持たない。別れる前提である。

「俺が結婚するとしたら、それこそ特殊任務の場合だろうな」

 ポツリと呟き、ミルクティをグラスに注いで飲みながら、定時連絡の時間を明楽は待っていた。近年ではクローン母体による代理出産と、遺伝子合成による受精卵の生成が主流である為、男女問わず子は遠くで生まれる。同性同士の場合でも、二人の遺伝子を受け継ぐ子が生まれてくる。結婚願望も子孫を残したいという願望も、明楽は持ってはいなかったが、とりあえず今宵はまだまだ射精出来るという感覚が残っている。男性も女性も抱ける明楽ではあるが、基本的に挿入専門のバリタチだ。そして男同士の場合でも、少なくともこの罔象市には、ネコと呼ばれる受け身な男性の方が多いため、困った事は一度も無い。

 その後、定時連絡を終えてから、明楽はスマートフォンでカレンダーを見た。スケジュール上は、明日、転配属の知らせが来る。

「次の春こそ、俺より有能な奴が入る事に期待だな。俺には移動の辞令はおりてない」

 そう嘯いてから、明楽はシャワーを浴びた後、寝台に入った。