魔王城が制圧された。
さすがは、人間だ……。
俺は魔族の土地、この魔王国から出たことが一度も無かったから、これまで人間をみたことは無かった。
しかし俺は、魔族とは異なる技術を用いる、人間の魔術に興味を持って、昔から魔王国図書館で、ひっそりと人間の文字を学び、禁書庫で数少ない人間の魔術書を読みながら育ったので、恐ろしさは以前から感じていた。
魔族の魔術は、基本的に生活密着型だ。食べ物を冷凍するのに使ったりする。
しかし人間達は、その部分は魔道具で補っているそうで、魔術はもっぱら攻撃用らしい。その時点で怖い……。
魔王国での攻撃魔術なんて、せいぜいが、野良犬を追い払うために微風を起こす魔術程度だ。これですら危険だとして、さらに犬も可哀想だとして、使用制限がある。
「この土地は、トール大陸東冒険者連合が制圧した。よって魔族共、今日からお前達は……」
高らかと攻めてきた人間達の指揮官が話している。
固唾を飲みながら、俺達魔族は、続きの言葉を待った。
「……予定では、奴隷にするはずだったんだが、ああ、その、なんだ……さすがに、人智を超えた美形が多いというか……い、いや、ええと……思った以上に無能……失敬、か弱いというか……だからしてその、保護を、あ、あれだ! 人間って慈悲深いからな! 今日からお前達を、保護するから! 庇護するから! これは、人道的な問題であり、決して俺が魔王に一目惚れしたからじゃないからな!」
俺は、ポカンとした。
「人間一人につき、魔族を一匹、保護することになった。俺が魔王を保護するのはたまたまで、特別な意味はない!」
彼は本当に、指揮官なんだろうか?
想いが、ダダ漏れだ。
俺はチラッと、指揮官の後ろの玉座に座っている魔王様を見た。こちらも完全に、デレッデレの瞳で、人間を見ている。
時折二人は見つめ合い、既に相思相愛にしか見えない……。
俺達の魔王様は、昔から頭がちょっと柔軟すぎてヘチマ製のスポンジ風にスッカスカな気配はあったが、それもまたほのぼのとした長所ではあった。
しかし攻めてきた人間の一番偉い人と、たったの三時間で運命の恋に落ちてしまうってすごいな。
人間の方は、惚れても仕方ないだろう。魔王様は、美形だ。
書物で学んだが、人間は美しいものが好きらしい。夕焼けだとか、空の色の変化に心を奪われるそうだ。魔王様の目の色は、橙色だし、なんとなくわかる。
造形自体も麗しいと、魔族間でも評判だった。
ただあんまり魔族は、美醜で恋愛をしないので、人間の指揮官が男前なのは、運命の恋の理由ではなさそうだ。
まぁ、良い。魔王様のことはどうでも良い。
問題は、今後の俺達魔族の身の振り方だ。
とりあえず、奴隷にはされないらしい。
殺されることもなさそうだ、何せ保護されるらしいのだから。
だが、保護?
保護って、何をされるんだろうか?
俺は首を傾げた。俺が雨の日に、野良犬を追い払うのをやめて連れて帰って飼い始めて、狂犬病の検査をしてワクチン接種魔術を……獣医魔術をかけたような感じだろうか?
俺の腕の中では、愛犬となったレクも震えている。
耳がプルプルしている。
うなだれ度では、俺も負けていない自信がある。
だって、人間って怖い。
「ねぇ、ユーグ」
そこへ声がかかった。見れば、漆黒の布地に、金色の刺繍入りのローブをきた人間の魔術師が、指揮官に声をかけたところだった。ユーグというのは、指揮官の名前らしい。
「これはこれは、ライナス様」
俺はその名前を聞いて、震えた。
魔王国の国境にあった外壁から魔王城の大部分を、たった一発の攻撃魔術で破壊した人間の名前だとして、魔族の間で広まっていたからだ。