【15】教え甲斐?(★)



 こうして仕事終わりまで、俺は気もそぞろに過ごしてしまった……なにせ、会いたさが、ちょっと極まっている。俺は我ながら、初めての恋愛に浮かれている自信さえある。ユースをはじめ部下たちは、そんな俺を生温かい目で見ていたような気がしなくもない……。



「待ったか?」



 夜。勤務終わりに正門で待っていると、宰相閣下が現れた。すぐにクロス侯爵家の馬車の扉が開く。乗り込むと、宰相閣下が手ずからブランデー入りの紅茶を用意してくれた。受け取り、俺は小さく首を振る。



「待ってないです。宰相閣下を待っていたら残業が苦にならないというか」

「ちょっと働き過ぎなんじゃないのか?」

「それ、イルゼにだけは言われたくない」



 走り出した馬車の中で俺が言うと、今まさに書類を広げようとしていた宰相閣下が手をとめた。そして柔和に微笑んだ。



「俺の心配をしてくれるのは嬉しいが、俺の生きがいはお前と仕事だ」

「俺、仕事と同列なのか?」

「優先順位をもっと上げろという意味か?」

「そ、そうじゃなくて! 仕事くらい俺が大切なのかって聞きたかったんだ!」

「無論、お前のほうが大切だ。時折、お前はネガティブだな」



 俺は言葉が出てこなかった。我ながら、女々しい問いをしたのではと、今更ながらに思ってしまう。『仕事と俺のどっちが大事?』って、俺、なんだよ!



 その後、到着したクロス侯爵家で、俺は食事を振舞ってもらう事になった。グラスに注がれた葡萄酒を見ていると、宰相閣下がグラスを手に取る気配がした。俺も手に取りながら顔を上げる。



 目が合うと、宰相閣下がこれまた麗しい顔で微笑した。心臓に悪い笑顔だ。



「存分に食事を楽しんでくれ」

「美味しいです」

「うちのシェフの料理が、リュクスの口に合って何よりだ」



 そんな雑談をしながら、この日は仔羊の肉を味わった。レンドリアバーツ侯爵家のシェフの料理も、慣れ親しんでいるのもあってか非常に美味だと感じるが、クロス侯爵家で出てくる料理も、俺は好きだと思う。



 食後、入浴してから案内された寝室は、初めて入る部屋だった。巨大な寝台が、部屋の大部分を占めている。



「暫くは、ここを俺達の寝室にしたいと思っているんだ。何か希望の家具等はあるか?」

「特に無いけど……そっか、一緒に暮らすんだもんな」



 改めてその事実を思い出し、俺は少しだけ緊張した。寝台のそばには、先日使用した香油の瓶がある。その時、施錠した宰相閣下が、後ろから俺を抱きしめた。一気に俺の体が強張る。唾液を飲み込むと、妙にその音が大きく響いた気がした。



「そう、緊張するな」

「無理です、無理!」

「初々しいな」



 後ろから顎の下を手で擽られる。宰相閣下の長い指先の感触に、俺の緊張は最高潮に達した。宰相閣下は、俺の背を押すと、寝台へと促す。ぎこちなく歩きながら、俺は寝台に座った。すると宰相閣下が、今度は正面から俺を抱きしめた。



「最近、リュクスの愛を感じる事が増えた気がして、俺は嬉しい」

「……ン」



 何か答えようと思っていたら、唇を塞がれた。小さく口を開けると、宰相閣下の舌が入ってくる。そうして深々とキスをしていると、手際良く服をはだけられた。角度を変えながら、何度も口づけをしている内に、気づくとすっかり俺は脱がされていたのである。



 押し倒された俺は、宰相閣下の掌が俺の肌に触れた時、ピクンと体を揺らした。



「言ってくれ、リュクス」

「何を?」

「俺の事が好きだ、と。毎日出来れば繰り返してくれ」

「え? 言わないと伝わらないか?」

「伝わってきているが、口に出すのは重要だ」



 宰相閣下が微苦笑したのを見て、俺は慌てて頷いた。確かに、一度口に出してから、俺の中で宰相閣下の存在感は大きくなり始めたのは間違いない。



「好きだ」

「それで良い」

「ぁ……」



 俺の言葉に頷くと、宰相閣下が俺の乳首を右手の中指と人差し指で挟んだ。そして意地悪く動かしながら、もう一方の手で俺の陰茎をなぞる。それらの刺激がもどかしいと思っていたら、宰相閣下がギュッと俺の陰茎を握った。そして激しく擦り始める。



「ん……ぁ……ァあ!」

「もっと声が聞きたい」

「恥ずかしい……ッ、ぅァ」



 今度は両手で俺の陰茎に触れると、宰相閣下が口淫を始めた。俺は思わず、右手で唇を覆う。大きく声を上げてしまいそうになったからだ。ねっとりと舐められる度に、ゾクゾクとした快楽が背筋にこみ上げてくる。



「あ、出る……――え」



 出そうだと思った時、宰相閣下の口が離れ、手も離れた。思わず震えながら、突然なくなった刺激に、俺は何度も瞬きをする。すると意地悪く宰相閣下がニヤリと笑った。



「出したいか?」

「う、うん」

「そう言う時は、何と言えば良いと思う?」

「出させてくれ」

「――違う。俺を求めてくれ。俺の事が欲しいと、そう言うように」

「っ、あ……あの……イルゼが欲しい」

「素直だな」



 宰相閣下はそう言うと、香油の瓶を手に取った。そしてそれを指にまぶすと、俺の中に、一気に二本の指を進めてきた。じっくりと根元まで突き立てられて、的確に、前回教えられた感じる場所を刺激される。するとじわりと俺の体に射精欲求が再燃した。指の衝撃で一瞬収まっていたのだが、すぐに再び、出したくて仕方が無くなる。



「ぁ……あ……ああ、っ」



 香油のぬめりに、俺はギュッと目を閉じて、快楽の本流に耐えようと試みる。

 しかし体はどんどん気持ち良くなっていく。

 宰相閣下はちょっと意地悪で、そうして手馴れているような気がする。



「あ、ア……ん……ンん!」



 指先がバラバラに動き始め、俺の内部をどんどん広げていく。その感覚に声を上げた時、宰相閣下が少し掠れた声で言った。



「挿れるぞ」

「ン――! あ、ああ!! あ――!!」



 宰相閣下の巨大な質量が入ってきた。長い陰茎で、一気に穿たれた時、俺は背を反らして、快楽に涙した。体が酷く熱い。じっとりと体が汗ばんできて、自分の吐息にすら感じそうになる。宰相閣下の動きは緩慢で、最奥まで貫いては限界まで引き抜く。そうしてゆっくりと俺に抽挿した。その動きが、焦れったい。



「あ、ア、イルゼ……もっと動いて、あ! ああああ!」

「もう少しお前の体を味わっていたくてな」

「やだ、あ、あ、出る、あ、出したい……ッ」

「仕方ないな。俺のもので果てる感覚をよく覚えるように」

「あああああ!」



 宰相閣下の動きが激しさを増していく。肌と肌がぶつかる音が静かな室内に谺する。その後、感じる場所を思う存分突き上げられて、俺は放った。ぐったりと寝台に全身を預けると、俺から楔を引き抜き、隣に宰相閣下が寝転がる。



「教え甲斐のある体だな」



 その言葉が無性に恥ずかしく思えたので、俺はギュッと目を閉じて聞いていないフリをする事に決め込んだのだった。