【18】夜会(★)


 帰宅するという宰相閣下を、俺は玄関まで見送りに出た。正面にはクロス侯爵家の馬車が止まっている。その時、宰相閣下が長い指先で、俺の顎を持ち上げた。



「キスを、しても良いか?」

「聞かなくて良い……んン」



 最初は触れるだけ、それから深々と、俺達はキスをした。それから宰相閣下が、両手で俺の頬に触れた。そしてまじまじと覗き込むと、静かに言った。



「愛している」

「……俺も」



 その後再び啄むようにキスをされ、俺は真っ赤になった。こうして宰相閣下は帰っていった。



 さて――翌日の夕方。

 本日は、レフェルの歓迎の為の夜会が王宮で開催される。俺は家から持参した、いつもよりも豪華な貴族服を纏った。するとユースが言った。



「よく自分で着られますね。僕、使用人いないと無理」

「着付けてやろうか?」

「いえ。マギノアの家から人を呼んでるから大丈夫」

「そういえば、お前って、レフェルと知り合いなのか?」

「――俺の兄が、レフェル様とは同窓、宰相閣下ともそうだけど……というご縁で、何度かマギノア侯爵家においでになった事がある程度です」



 なるほど、そういう縁だったのか。そう考えていると、執務室の扉が開いて、宰相閣下が入ってきた。宰相閣下は、宰相正装だ。



「準備は整ったか?」

「はい!」

「では、先に会場に入るか」



 そう言うと、実にさり気なく、宰相閣下が俺の腰に触れた。ドキリとした。距離が近いのもあるが、宰相閣下の思いのほか強い腕の感触に、胸騒ぎがする。ユースにも先に出ると告げて、俺はそのまま宰相閣下と歩き始めた。回廊を通っていると、人の視線が飛んでくる。



「何だか……恥ずかしいというか、緊張するというか」



 思わず俺がポツリと呟くと、宰相閣下が喉で笑った。



「俺の隣にいるのは、嫌か?」

「そんな事は無いです」



 寧ろ嬉しい。こうして大広間に入ると、会場には既にまばらにではあるが宮廷の人々の姿があった。宰相閣下は俺を促して、真っ先に国王陛下の元へと向かう。



「あー、本当に連れてきたんだ」



 陛下は俺達を見ると、生温かい瞳で笑った。宰相閣下は悠然と微笑しながら頷いている。俺は長めに瞬きをしてから、小さく頷いた。



 それから三十分ほどしてから、夜会が始まった。本日の夜会は立食式で、ダンスもある。宮廷楽士達がヴァイオリンやピアノを弾き始めた頃、宰相閣下が俺にフルートグラスを手渡しながら、微笑した。



「踊るか?」

「俺、ダンスなんて出来るかな?」



 はっきり言って、リードする側もされる側も自信が無い。



「お前が俺のものだと知らしめたい。付き合ってくれ」



 宰相閣下はそう言うと、俺を促してホールの中央に躍り出た。転びそうになりながらもついていくと、宰相閣下が俺の手を取りキスをした。俺も何度か夜会に出た記憶はあるが、宰相閣下が踊っている所を見た記憶はない。



 それから旋律に合わせて、宰相閣下が俺をリードしてくれた。緊張しながら、必死に俺は踊る。明らかに俺達に視線が集中しているのが分かった。だが、俺は踊るのに必死だったから、それはあまり気にならなかった。



 こうしてダンスを終えて礼をした時、俺は気づいた。レフェルとユースが話をしている。ユースは呆れたような顔をしていて、レフェルは怖い顔をしている。



「なぁ宰相閣下、あの二人って……」

「放っておけ。それより少しテラスに出て、夜風にでも当たろう」



 その言葉に頷いて、俺は新しいグラスを手にしながら、テラスへと出た。宰相閣下はその間も終始、俺の腰に腕を回していた。



 テラスへと出て夜風に当たる。そうしていたら、そっと宰相閣下が俺の右手を持ち上げた。そして包むようにした後――俺は指を見て硬直した。そこには銀色の指輪が鎮座していた。



「改めていう、結婚してくれ」

「は、はい!」



 勢いよく俺が頷くと、宰相閣下が柔らかく笑った。それから俺を抱きしめると、額にキスをした。



「誰にも邪魔なんかさせない。俺はお前を手に入れる」

「邪魔されても、俺の気持ちはもう変わらないです」

「本当に?」

「うん」

「――確かめさせてくれ。出よう」



 宰相閣下はそう言うと、俺の手を引いた。こうして俺達は中座し……宰相閣下の執務室の隣にある、宰相閣下の仮眠室へと向かった。初めて入るその部屋にも、花の甘い香りが漂っていた。



「ん」



 宰相閣下が性急に俺の服を脱がせにかかる。そして軽く押すようにして、俺を寝台に縫い付けた。はだけられた服を半分ほど纏った状態で、俺は体を軽く起こす。



「いつもしてもらってばっかりだから、た、たまには俺も――」

「それは魅力的な提案だが、俺はお前に触れているだけで、体が昂ぶるんだ」

「ぁ……」



 俺の首筋に、噛み付くように宰相閣下がキスをした。それから香油の瓶を取り出す。ポケットから出てきたそれを見て、手際が良すぎると思ったら、俺は真っ赤になってしまった。



 それから宰相閣下の指が、俺の中に忍び込んでくる。陰茎に触れられる前に指を挿入されたのは初めての事だ。進んできた指の感覚に、俺は息を詰める。そうしていたら、抜き差しされる速度が激しくなった。



「あ、あ」

「いつもと違う服を着ているお前を見ていたら、止まらなくなりそうだ」

「こういう服の方が好きか?」

「何を着ていてもお前が好きだ」



 それからすぐに宰相閣下が俺に挿入した。いつもより激しくて、俺の手首のそれぞれを掴んだ宰相閣下は、荒々しく動く。



「あ、ア! ああ!」

「少しは慣れてきたか?」

「分からない――あ、あああああ!」



 寝台に縫い付けられたままで、激しく動かれる内、俺の全身が熱に絡め取られ始めた。ぬちゅりと香油が音を立てるのが、俺の羞恥を煽る。半分ほど服を着たままだから、衣擦れの音もまた響いている。



 いつもとは異なり、まるで獣のように激しく動く宰相閣下に、俺の体は翻弄されていく。体が熱い。繋がっている場所から、快楽がこみ上げてくる。



「ぁ、ア、ん――っ、うあ、あア! あ、ダメだ、もう出る!」

「イくと言ってみろ」

「イく、うあ」

「誰のもので?」

「あ、はっ、うあ、ああ、ア!! やぁ、あ、あ、宰相閣下」

「イルゼ」

「イルゼの、イルゼので」

「よく俺の形を覚えるんだぞ?」



 そんな事を言われなくとも、俺の体は宰相閣下の存在感しか認識出来ない。そのまま感じる場所を激しく貫かれ、俺は中への刺激だけで放った。肩で息をしていると、宰相閣下が俺の唇を口で塞いだ。そしてねっとりと舌を絡めとってから、俺の歯列をなぞる。



「明日は夜会の代休で、午前中が休みとなった。お前もそうだろう?」

「う、うん」

「――レンドリアバーツ侯爵には、遅くまで夜会に出ていたと言い訳するか、いいや、言い訳は不要だな。俺と共にいたと、婚約者のそばにいたと言えば良い」



 宰相閣下はそう言うと、一度俺から陰茎を引き抜いた。