【4】街



 しかし――弟の件で、俺はこの国に来たのだ。それは、決して忘れる事が出来ない。何をしていようとも、一番にはエールの事が心配である。



 そんな俺の、現在までの調査結果によると――何やら、この帝国の皇族は、魔王を始祖としているらしかった。そして現在は、昨年没した皇帝陛下の後継者を、残された殿下達が争っているとの事だった。前皇帝陛下は、歴代でもっとも魔王の力を色濃く受け継いでいたらしい。その血をより強く受け継いだ者を選定途中であるとの事だった。王子は全員で五名――ギース殿下は第一王子であるらしい。



 だが。



 五人の王子殿下のいずれも、まだ皇帝の座にはついていない。理由は、この帝国では、魔王の力により、死後も復活が可能らしく――……ただしそのためには、失われた魔法陣と奇跡の宝玉が必要らしい。



 なんだか、どこかで聞いた事がある。うん。

 もしかすると、魔王と呼ばれた先代を復活させるために、エールの宝玉が狙われたのではないのか? 俺は時間停止能力を駆使しながら、主に深夜、宮廷魔術師の書庫等を調査している。今の所は、露見していない。このまま任務終了まで露見しない事を祈る。



 と――こうして、この日も諜報活動を終えてから、俺は宿舎に戻って眠った。

 そして目を覚ましてから、魔道具の給水器で、お湯を頭から浴びた。

 体を洗い、綺麗にしてから、俺は初日に着ていた外套をまとって、待ち合わせ場所へと向かった。十時丁度だ。本当にルイドは来るのだろうか? そう考えていたら、既にいた。初めて見る私服姿のルイドは――口さえ開かなければ本当に麗しいなと思ってしまう出で立ちだった。



「おはよう」



 俺が声をかけると、ルイドが勢い良く顔を上げた。それからぷいと顔を背けた。



「行くぞ」

「どこへ行くんだ?」

「――行きたい場所はあるか?」

「さぁな。初めて街を歩くわけだからな」

「だろうと思って、いくつか適当な場所を見繕っておいた」



 お、意外とルイド、気がきくじゃん。そう思いながら、俺は歩き出したルイドの隣に並ぶ。するとルイドがチラリと俺を見た。



「きちんと食事はとっているのか?」

「ルイド。それはどういう意味だ?」

「お前が貧弱だと言っている」

「あ、やっぱりか? 怒っていいか? お前のほうが、俺より細いよな?」

「それはない。仮にあったとしても、お前は剣士で俺は魔術師だ。俺の方が細い分には何の問題も起きない。寧ろ魔術師と同じ程度であっては、貧弱として良いだろう、剣士のお前は」



 ルイドがあからさまに溜息をついた。イラっとした。どう考えても俺の方が体格は良いはずだ。そう言われて育ってきたのだ。確かに同じくらいの背丈ではあるが、心外だ。



「あ」



 その時、俺はたまたま目に入った店を見て、思わず声を漏らした。窓から店内が見えたのだが、そこには小鳥の意匠が刻まれた時計が置いてあったのである。



「どうかしたのか?」



 するとルイドが、立ち止まった俺に対して、不審そうに振り返った。



「あ、いや――なんでもない」

「……大陸の御伽噺が主題の時計だな」

「……ネジを回すと音もするんだ。昔、俺の母上が同じものを持っていたんだ」



 俺の母は、実を言うと、孤児だった。物心ついた頃には、その時計以外の持ち物がない状態で孤児院にいたらしい。母も逞しい体をしていたから――帝国人の血が入っていたのかもしれない。ただ母は、俺とは違い、王国でも美しいとされる顔立ちだった。俺が切れ長の瞳だとすると、母は大きな垂れ目をしていたのである。意外と王国は婚姻が自由なので、平民が妃となるのも珍しい事ではないし、同性愛者も多い。



「行こう、ルイド。案外、この街が楽しそうで、俺は嬉しくなってきた」



 亡くなった母を思うと切なくなるので、俺は気分を切り替えて、ルイドの腕を引っ張った。するとルイドが息を呑んだ。



「引っ張るな!」

「何、赤くなってるんだよ?」

「気のせいだ!」



 今回は、俺は適当に言っただけであり、実際にルイドは別に赤くなってはいなかった。その後俺達は、昼食までの間、街の様々な所を見て回った。店を見る事もあれば、植物園に行く事もあった。



 話していると、ルイドは――毒舌で嫌味で冷たいのは変わらないが、いつもより寡黙だった。俺ばかりが喋っていて、ルイドは頷きながら呆れた顔ばかりしていた。



 その為、夕方になり、俺は言った。



「悪かったな、せっかくの休日を潰して」

「……」

「退屈だっただろ? 俺は楽しかったけどな」

「……別に」



 別にってこたぁないだろぅと、巻き舌で怒りたくなった時である。



「……悪くなかった」



 ポツリとルイドが言った。俺は何度か瞬きをしながら、ルイドを見た。西日のせいで、その表情がよく読み取れない。ただ、改めて、綺麗だなと思った。ルイドはじっと俺を見ている。だから俺も、彼を見据える事にした。



「……」

「……」



 すると、沈黙の時間が訪れた。え? ど、どうすれば良い? 困惑してしまう。ルイドは非常に真剣な顔かつ……何か言いたそうに俺を見ている。どこか切なそうだ。彼の顔を見ていると、焦燥感が浮かんできた。胸がトクンとした。



 そして、ルイドの唇が動こうとした時の事だった。



「何やってるんだよ、美人二人で!」



 そこへ声がかかった。我に返って視線を向けるとギース殿下が立っていた。ルイドに横から抱きついて、両腕を回している。ルイドは目を見開いている。



「僕のルイドは、今日も麗しいなぁ。勿論、ナジェスも僕のお気に入りだけど、やっぱり僕の一番はルイドだ!」



 ギース殿下の登場により、俺は、何故なのか焦燥感と緊張感から解放されて、全身から力が抜けていくのを感じていた。