【5】ドキドキ
「……なんか、ドキドキしたなぁ」
一人、部屋に戻り、着替えながら俺は呟いた。何に着替えたかといえば、夜着ではなく、索敵用の目立たない服へと、である。街を歩いた休暇の日――とはいえ、俺の本来の任務に終わりは無いのだ。弟を救出するまでは……!
と、思いつつも、俺の気はそぞろだった。
どこか切なそうだったルイドの顔が、何故なのか頭を占めている。
「そんな場合じゃないのにな……ダメだ、冷静になれ、俺」
ブツブツ呟いてから、俺は部屋の外へと出た。そして本日も、昨日の続きとして宮廷魔術師の書庫を探る事にした。時間を停止させ、扉から潜り込む。すると、そこには――停止しているルイドの姿があった。
なんだよ、こいつ。結局、仕事してるじゃねぇか!
そう思いつつ、俺は壁際に隠れ、能力を解いた。すると、声が響いてきた。
「魔王様の復活まで――もう少し、か」
ルイドの声に、俺は目を丸くした。これまでの間、宮廷魔術師達は同様の事を口走っていたのだが、そこにルイドの姿を見出した事は無かったのだ。その時、他の宮廷魔術師が言った。
「ルイド様主導の、魔王様復活計画、必ずや宮廷魔術師の全力を持ってして、成功させましょうね!」
――ルイド、主導?
それを聞いて、俺は目を見開いた。冷や汗がこめかみを伝っていく。全身が冷え切った。
「その為にも、捕らえた隣国の王族から、早く宝玉を取り上げなければ」
俺の背筋に冷たいものがどんどん浮かび上がった。
エールは宝玉を持っている。実に単純に、鎖をつけて首から垂らしている。
しかしあれは、一回身につけてしまうと、古の魔法陣が無ければ死ぬまで取れないのだという。
「最悪の場合、首を切り落としましょう」
嗄れた声で、宮廷魔術師の一人が言った。俺は目眩がした。様子を伺っていると、ルイドが頷いている。最悪だ……日中、本当は優しい所もあるのかもしれないと思った分、この光景は、俺にとってきつかった。ルイドの冷酷さを改めて知ってしまった気分だ。
い、いいや、きっと仕事だからに違いない。悪くなかった、って、思ってくれたようだったし――中身は、そう酷い人物じゃない……よな?
そう願いたい。エールの身を思っての、現実逃避でもあったが。
「しかし宝玉を手に入れた以上、肝要なのは、魔法陣の修繕だ。そちらを優先するように。首など後で、どうとでも出来る」
ルイドの声に、俺は怖くなった。エールの首が刎ねられる前に、俺はなんとしても、エールが囚われている牢獄を見つけ出さなければならないだろう。
――それにしても、ルイドにも注意をしなければならない。
そう決意し、俺は能力を用いて、その場を後にした。
翌日。
「ん……」
朝の日差しの中、俺は目を覚ました。最近は遅くまで諜報活動をしているが、俺は寝つきも寝起きも非常に良いため、疲労感はゼロだ。朝の日課の腹筋と素振りも続けている。
こうしてこの日も素振りを続けていると、ふらりとルイドが顔を出した。
俺は昨夜聞いてしまった事柄を思い返し、硬直した。
あちらは――俺を見た瞬間、やはり硬直して立ち止まった。ん? まさか、露見している? 俺はそう考えて、続いて冷や汗をかいた。あちらは何故なのか、頬に朱をさした。
目が合う。俺は殺されるのではという恐怖から、動悸が煩くなった。
「……お前を見ていると、胸騒ぎがする」
ルイドがそう言ったのは、俺の動悸が大変な状態の時だった。だから俺は思わず大きく頷いた。
「俺もなんだ……」
するとルイドが目を見開き、息を飲んで、真っ赤になりながら唇を片手で覆った。それから目を伏せ、麗しい睫毛を震わせてから――ルイドは歩き去った。それを見ていた俺は、どうやら露見していたわけではないようだと判断し、人心地つく。
ん?
それから、ルイドの反応について考えた。胸騒ぎ? え?
そうして今度は、ゆっくりと俺は目を丸くした。
――どういう意味だ?
ルイドは、俺を見ていると……ドキドキするという事か? そ、それって……ま、まさか……恋か?
そう考えた途端、俺の心臓は先ほどまでより煩くなった。別の意味でドキドキしている。顔が熱い。今度は、赤面したのは、完全に俺だった。思わず両手で顔を覆う。これまでの人生、どちらかといえば、醜いという扱いを受けてきたので、誰かに恋をされた事など無い俺だ。そんな俺が、ルイドのように綺麗な人物に、恋をされている……?
嬉しい!!
ルイドは怖いはずだったのだが、歓喜が俺の全身を絡め取っていった。
この日は、午後から宮廷魔術師と冒険者の混合部隊で、魔物討伐へと出かける事になった。遠征だ。その道中で、俺は人々に言われた。
「冒険者側を取りまとめられるのは、ナジェス様だけだ」
「何よりお強いし、その指導力! 指揮能力の高さ!」
「これからも我々を取り仕切って下さい!」
冒険者達が俺を賞賛すると、昨日怖い密談をしていた宮廷魔術師連中も俺の方を見て言った。
「まぁナジェスさんなら不足はないですね」
「実力がものをいいますからなぁ」
「ルイド様もおみとめになるでしょうし」
俺は内心では恐怖がこみ上げてきていたが、彼らにも笑顔で答えた。すると彼らは赤面した。この頃になると、俺は自分の笑顔の破壊力を正確に理解し、利用するようになっていた。美人は三日で慣れるという俺の国の言葉は嘘だったらしい。
こうしてこの夜から――俺は、ルイドと同じ部屋で眠る事に決まった。