【1】冒険者の武装解除って三十時間もかかるのか……?



「武器をすべて捨てろ」

 俺はニヤリと笑った。実に気分が良い。

「……」

 目の前では、セリスが沈黙している。無表情でじっと俺を見ている。セリスはこの界隈の冒険者の中で最も実力があるとされる双剣使いだ。SSSランクの冒険者である。一方の俺は、Bランク。ごく平均的な冒険者……といっても、冒険者資格は持っているものの、ニ万ドールという微妙な額がかけられているワルである。ちなみに冒険者の平均月収は二十万ドールだ。ドールというのはこのベルリア王国の通貨である。

 現在俺は、セリスの相棒である、猫獣人のマルルを人質にし、拳銃を突きつけている。マルルに恨みはない。なお言えば、セリスにも恨みはない。

 単純に、純粋に、俺は闇依頼を引き受けただけだ。闇依頼というのは、ギルド経由の正規の依頼以外の――お金を貰って汚い仕事をするという……まぁ、要するに犯罪である。

 セリスに恨みを持つ者は多い。妬み、嫉妬、そういうモノもあるし、他にもセリスに捕まって騎士につき渡された過去を持つ者や、不正を暴かれた商人などが、よくキレている。はっきり言って逆恨みなのは知っている。

 しかし俺は、金が必要なのだ。よってセリスをボコったら、二百万ドールという闇依頼を引き受けた次第である。だがBランクの俺だ。普通に相手にしたら負ける。そこでマルルに近づき、マタタビ酒を振舞って、拘束した次第である。

「もう一度だけ言う。マルルの命が惜しければ、即刻武装解除をしろ」

 俺はなるべく意地の悪い顔を心がけた。引き金に指を掛ける。

「……分かった」

 するとセリスが腕を持ち上げた。左手の袖をめくったセリスは、右手で、そこに装備していた双剣をまず床に落とした。続いて右の袖。今度はそちらから双剣が落ちる。

 ふぅ。武装解除に成功か。意外と簡単だったな。うんうん。良い感じ。どうやっていたぶろうか。そう思っていたら、続いてセリスが上着を脱いだ。ん? 見ていると大量のアイスピックみたいな武器が、一斉に床に落ちた。え。こんなに装備してたのか? 唖然としていると、続いてセリスがアウターのポケットに手をいれて、拳銃を取り出し、床に放り投げた。持ちすぎだろ!? そう思って目を瞠っていると、今度はボトムスを膝まで持ち上げた。ドドンと音がして、弾丸が落ちていく。

「……」

 今度は俺が沈黙する番だった。
 以後――……十時間が経過した。未だ、セリスの武装解除は続いている。本当、どれだけ持ってるんだよ……? 俺はマルルに拳銃を突きつけたまま、震えた。顔色が悪くなった自信しかない。

「ま、まだあるのか?」

 恐る恐る声をかけると、セリスが亜空間魔術倉庫から取り出した大剣を床に投げながら頷いた。無表情は変わらない。黒い髪に黒い瞳をしている端正な顔のセリスは、俺を一瞥すると言った。

「あと二十時間はかかる」
「え」
「寝ていても構わないぞ?」
「いやいやいや、そうしたらマルルに拳銃を突きつけられない!」

 しかし実際、俺の眠気はピークに達していた。マルルを拘束したのは十七時。既に二十七時――午前三時である。日付が替わって本日の二十三時までかかるのか……? 本当こいつ、どれだけ武器を所持してたんだ? 俺は困惑した(なおマルルは恐怖はどこへ失踪したのか、俺に拳銃を突きつけられたままで寝ている……)。

「何が目的だ? マルルをそろそろ解放してくれないか?」

 セリスは大砲を床に慎重に置きながら、何気ない様子で俺に聞いた。俺は白髪のマルルを見る。まつげまで真っ白だ。あどけない顔で寝ているマルルは、青い目をしていると知っている。

「金と、お前を殴る事だ」
「身代金ならばいくらでも払う。マルルを解放してくれ」
「二百五十万ドールは貰う」
「そうか」
「そ、それと、殴らないと……」
「武装解除には時間がかかるから、先に殴ってくれないか?」
「え、えっと……でも、武器を全部捨ててなかったら、俺が殴った瞬間に反撃されるかもしれないし……」
「しないと誓う」

 俺は迷った。確かに一撃でも入れられれば闇依頼は達成である。

「分かった。殴らせてもらう」

 ……だってな? 時間の無駄だしな? そう考えて、俺はマルルの縄がきちんとしているのを確認してから、セリスに歩み寄った。長身のセリスは、俺よりも頭一つ分背が高い。見上げながら、俺は拳を握った。

「殴るぞ?」
「ああ、早くしてくれ」

 鉄壁の無表情でセリスが言う。俺は意を決して拳を振り上げた。
 普段はカツアゲくらいしかしない俺は、ビクビクしながらセリスの鳩尾めがけて手を繰り出す。

 ――その瞬間だった。

 手首を握られ、俺は投げ飛ばされた。
 後頭部を壁にぶつける。本当痛い。衝撃で涙ぐんでいると、そんな俺の前でセリスがマルルに歩み寄り縄を解いた。そして眠っているマルルの髪を撫でてから、その体を横たえた後、俺の正面に立った。非常に冷酷な顔をしている。

「マルルに手を出した罪、償ってもらおうか」
「……」

 周囲に威圧感が溢れかえった。俺はビクリとしてから、思わず呟いてしまった。

「命だけは助けてくれ」
「――それは、何か? 死んだほうがマシな目に遭いたいという意思表示か?」
「ち、違……」

 狼狽えた俺は、思わず目を閉じる。するとセリスが俺の顎を手で持ち上げ、ギリリときつく掴んだ。

「闇依頼を引き受けるような人間には、制裁が必要だと俺は考えている」
「……」
「が――お前はまだ子供だな」

 その言葉を聞いて、俺は静かに目を開けた。確かに年齢的には、俺はまだ子供かもしれない。この王国の成人年齢は十八歳だが、俺はまだ十ニ歳だ。二次性徴の途中である……。一般的の子供だったら、学校に行っている年齢だ。

 しかし、俺は金が必要なのだ。今年で十歳になる弟が、魔力過剰症という病気で、医療院に入院しているのである。両親は既に没しているから、俺が頑張らなければならないのだ。だが、俺のような学もない未成年に出来る仕事は、それこそ悪事ばかりなのである。他には、エロ貴族相手の男娼くらいだ。

 けれど俺は両親の教えで、体は売れないでいる。
 俺の両親は、戒律を重んじる宮廷魔術師だったのだ。俺も魔力があるから、簡単な魔術ならば使える。

「更生する気はないのか?」
「……即、金が必要なんだ! 二百万ドールあれば、薬が買える!」
「二百五十万ドールじゃなかったのか?」
「それは身代金で、お前をボコる闇依頼の代金は、二百万ドールだったんだよ!」
「そうか。では、四百五十万ドール支払ってやるから、更生しろ」
「……本当に?」
「薬が必要という事は、病気なんだろう?」
「俺は元気だ。弟が……」

 俺が思わず述べると、セリスが静かに頷いた。

「ならば、弟の治療を引き受ける。俺としては、道を誤ろうとしている子供は救済したい」

 ――さすがにセリスは、名高い冒険者であるらしい。
 その後俺から手を離したセリスは、ゆっくりと俺の頭を撫でた。

「もう悪事からは足を洗って、今後はまっとうに生きろ」
「……」
「俺が雇ってやる」

 その言葉に俺は涙腺が緩みそうになってしまった。弟と二人で生きていくと決意してから、このように他者に優しくされた事は無かったからだ。

「今日からお前を雑用係に任命する」
「雑用係……?」
「俺の家の一切の家事や、俺の冒険者活動の手伝いをしてもらう」

 俺は目を丸くしてから――小さく頷いた。セリスが俺に手を伸ばし、俺を立ち上がらせる。その手は大きくて、心強い。