【2】初料理
「今日からここで暮らせ」
俺はセリスに促されて、巨大なお屋敷に来た。セリスの家である。
弟は入院しているし、俺は家を売り払った為、その日暮しで適当に寝ていたので、あてがわれた自分の部屋を見て、驚いた。天蓋付きのふかふかのベッドが目をひく。
「……どうしてこんなに良くしてくれるんだ?」
「俺にも人並みの同情心があるだけだ。お前が子供だから、というだけだ」
淡々とセリスが言う。俺は俯いた。そんなに俺の境遇は可哀想なのだろうか? 俺はそうは思わない。この王国には、俺のような人間は沢山いると思う。
大陸魔導戦争で両親が戦死した孤児は大勢いるのだ。
「俺……こんな風に優しくされた事、無いよ」
「それは運が悪かったんだろう」
「そうなのかな? 俺はそうは思わないけどな」
「手始めに料理を作ってもらう。料理は出来るか?」
「……焼くくらいしか出来ない」
俺が俯きながら述べると、セリスが笑った気配がした。驚いて顔を上げると、セリスが優しい顔をしていた。ゆっくりと瞬きをしながら、その表情を確認する。
「では、野菜炒めを作ってくれ」
「野菜炒め? それは、野菜を焼けばいいのか?」
「肉もいれる。ゼルラリア肉を入れると良い」
ゼルラリアというのは、A級の魔物でその肉だ。頷いた俺は、その後セリスに連れられてキッチンへと向かった。食材は、魔導食料庫からセリスが出してくれたので、包丁を手に取ってみる。一人では、露店で購入した林檎等をまるかじりしてばかりだったから、俺は加工に慣れていない。切るって、どうやるんだろう。俺は包丁と肉を交互に見た。生肉なんて買えない生活を送ってきたから、緊張する。
「どうした?」
「上手く切れなかったら、クビか?」
「――いいや」
「料理なんてした事無いから……」
「レシピという概念は分かるか?」
「高い本だろ? そんなの読んだ事無い」
「文字は読めるか?」
「うん。お父様とお母様が教えてくれた」
俺が頷くと、微笑したセリスが指を鳴らした。すると俺の前に書籍が一つ出現した。『料理の基礎』と書いてある。
「これを読むと良い」
「……読んだら俺も、炒められるか?」
「多分、な」
空中の本を手にとった俺は、おずおずと開いてみた。すると包丁での切り方から記載されていた。絵がついていたので、視覚的にも理解出来た。
「やってみる」
「その意気だ」
セリスは楽しそうに笑うと、俺の頭を撫でた。完全に子供扱いされている。まぁ二十三歳だというセリスから見たら、俺は子供かも知れない。十歳も年が違う。しかし俺は、自分では己が大人だと思っている。馬鹿にはしないで欲しい。
その後俺は、書籍に目を通してから、改めて包丁を握った。
必死にキャベツやニンジンを切っていく。セリスはそんな俺の後ろに立ち、時折「手を切らないようにな」と心配してくれた。やっぱり名高い冒険者だけあって、人格者なのだろう。ほんのりと俺の心が温かくなる。
「切れた! 炒めてみる!」
「ああ。油は適量、火加減にも注意するんだぞ」
「本で読んだから分かってる」
俺は楽しくなってきて頬を持ち上げた。正直眠気はあるのだが、初料理の衝撃でテンションが上がってしまう。こうして俺は、野菜炒めを作成した。味見という概念を覚えたので、食べてみたが、中々美味しい。
「できたぞ!」
「うん。よく頑張ったな」
「うん、うん。食べてくれ!」
「一緒に食べよう。ちょっとお前は細すぎる。所で、名前は?」
俺が作った野菜炒めを、フライパンから皿に、セリスが移してくれた。俺は誰かと一緒にご飯を食べるなんて久方ぶりの事なので、わくわくしながら――名乗った。
「ヴェルディって言う」
「――ヴェル、か。ヴェルと呼ぶ」
「うん。愛称はヴェルだ」
頷いた俺に微笑してから、セリスがテーブルに皿を置いた。そしてライスを魔導炊飯器からお茶碗にわけてくれた。いつも林檎かキュウリを生噛りしていた俺は、物珍しくて、野菜炒めをしげしげと見る。それからフォークを差し出されたので受け取った。
「あ、美味しい……うん。味見でも美味しかったけど、料理するだけで、野菜って美味しくなるんだな」
「そうだな。これから色々と覚えると良い」
「……うん」
俺はなんだか嬉しくなりながら、いっぱい食べた。すると食べ終わってからすぐに、眠くなってしまった。
「セリス、俺、眠い」
「眠ると良い」
「……でも、闇依頼が失敗したって言いに行かないと」
「依頼主は誰だったんだ?」
「言えないよ……それは、内密なんだ」
「子供を唆すような悪い大人は、俺は容赦出来ない。教えてくれ」
「ダメだ。セリスが制裁しちゃうなんて聞いたら尚更だ」
「お前の事は今後俺が守る。だから素直に話してくれ」
「ダメだ! 俺だって責任をもって闇依頼を受けたんだからな」
俺はきっぱりと述べた。なお、依頼主は、この土地の豪商であるユークさんである。セリスに獣人の奴隷取引で、過去に摘発された人物である。