【1】スローライフに疲れました。






 世の人は、言う。
 ――スローライフに憧れる!
 と。

 本当かよと、俺は切実にツッコミを入れたい。そりゃぁ都会の冒険者達は、俺とは違って忙しいのかもしれないさ。けどな、ド田舎で冒険者をしている俺から見れば、それは羨ましい事なんだよ……!

 ……。

「はぁ……」

 溜息しか出てこない。今日も俺は、大根(型モンスター)を収穫(討伐)している。季節は冬。明日から聖夜が二日間ある(イヴと当日だ)。そんな中にあっても、俺は本日も大根収穫だ。この大根が食べられる物でなかったならば、俺は怒っていたかもしれない。

 というのも、俺が暮らす、ワミルーナの村の冒険者ギルドには、依頼がほとんど無い。そしてこの村には、冒険者自体、俺しかいない。みんな農作業を(及び、作物風モンスターを討伐)して、ご飯を食べている。

 山脈によって、国の奥地にポツンと孤立している僻地の村だ。国も、この村の存在なんて覚えていないんじゃないかと思う。店は村に一軒だけ。冒険者ギルド兼食料雑貨店兼飯屋兼宿屋兼役所である。総人口、七名。

 どうしてこんなド田舎で、俺が暮らしているのかというと――正直、親に捨てられた。多分。俺の左手首には、生まれつき、痣があった。金色と紫色で出来た丸い痣で、まじまじと見ると、魔法陣のように見える。そしてここ、エステル王国には、伝承がある。

 曰く――『魔族の伴侶となる人間には、痣が出る』。

 ……。
 俺は生まれつき、魔族の伴侶になる可能性を保持していたらしい。魔族は、遠方の魔族の国に住んでいるらしいが、人間に害をなす存在として嫌われている。魔族は伴侶のあるなしで、魔力量が変わる存在らしい。つまり、人間の伴侶を全力で探しに来る可能性がある(なお、植物などにもこの痣は出るらしいが)。

 俺の両親は、名目上は、人が少ない場所で俺を保護すると述べた。そして白羽の矢が立ったのが、この村だ。俺の祖父が当時、冒険者の第一線を退いて、隠居して暮らし始めていた所だった。俺は祖父に預けられた。その祖父も亡くなって十年が経つ。俺も今年で二十四歳となった。

 両親が俺を引き取る様子は無い。俺はいつまでこの村にいるというのか。別に村が嫌いなわけじゃない。ただ大根を抜き続ける毎日に嫌気が差しているだけだ。俺も派手に魔獣討伐などをする冒険者になってみたいんだよ!

「カルネ! まだ終わらないのか?」

 そこへ声がかかった。振り返ると、御年九十二歳の村長が立っていた。ギルドの唯一の店員でもある(つまり他の店系の全ても一人で行っている)。村人その一だ。カルネ=ドールは俺の名前である。

「あと一本です。うおおおおお!」

 俺は全力で大根を抜いた。ふぅ。これで本日の仕事も終了である。

「カルネに客が来ておる。はよう!」
「へ? 客?」
「いかにも。先程村に到着された宿泊客なのじゃが、カルネに用事があると言ってるんだ!」

 村長さんが声を張り上げた。俺は大根(型モンスター)をカゴに放り込みながら、首を捻る。はっきり言って、心当たりは無い。

「あ、これ、収穫物です」
「依頼は達成とする。どのみち、行き先は同じだ。客人に会ってくれ」
「はぁ」

 頷きながら、俺はカゴを抱えた。中をよく確認するでもなく、ギルドに向かって村長さんが歩き始める。俺はその後に従った。

 雪が舞い散り始めている。空を見上げて、そろそろ積もるだろうかと考えた。
 土が固められた路を歩き、俺達は冒険者ギルドの建物の前まで向かった。
 入口でカゴを下ろし、俺は湧水で手を洗う。冷たい。

「はよう!」
「あー、はい!」

 村長さんに急かされたので、俺は手を急いで布で拭いてから、中に入った。するといつも無人のカウンターの椅子に、ローブを纏った一人の見知らぬ人物が座っていた。深々とフードを被っている為、顔は見えない。

「君が、ドール伯爵家の跡取りの、カルネか?」

 俺が突っ立っていると、そう声をかけられた。そう、俺の両親は貴族だったりするようだ。しかし貴族教育など、俺は一切受けていない。亡くなった母方の祖父は、貴族ではなく名だたる冒険者――というわけで、あまりマナーには煩くなかった。だから祖父から躾けられた記憶も無い。

「一応そうだと思いますけど。カルネ=ドールです、俺が」
「そうか。俺は、ユフェル=エステル。第二王子だ」
「え?」
「話があってここへと来た」

 フードを取ったユフェル殿下は、険しい表情で俺を見ている。名前だけは、俺も新聞で見た事があった。というか、この人物は、かなりの有名人だ。王妃様が、魔族に、過去誘拐された事があるのだが、戻ってきたら生まれたのである。つまり、第二王子殿下ではあるのだが、魔族の血を引いているのではないかとして、非常に有名なのだ。

「どういったお話ですか?」
「――生まれつき、魔族との伴侶紋を持っていると聞いた。見せてもらえないか?」
「はぁ。良いですけど」

 俺は頷いてから、左手の袖をまくった。そして巻いてある布を解く。その間、じっとユフェル殿下は俺を見ていた。緑色の瞳が、真っ直ぐに俺を捉えている。髪の色は、焦げ茶色だ。髪も目も黒の俺とは、色だけでなく、顔の作りも違う。ユフェル殿下は率直に言って美形だ。これもまた、噂に拍車をかけている。魔族は、美しい容姿をしているらしいのだ。

「これです」