【2】伴侶紋とお血筋





 布を取り終え、俺は腕を差し出して見せた。するとユフェル殿下が息を呑んだ。両目が細くなり、焦るように何度も視線が動いている。

「間違いない……」
「何がですか?」
「――俺の噂は知っているか?」
「どの?」
「どの? 俺にはそんなに沢山の噂があるのか?」
「新聞は王室のゴシップが大好きなので、よく見ますけど」
「っく」

 俺の言葉にユフェル殿下が咳き込んだ。それから、ローブの首元を緩め、下に着ていた服のリボンを解き始めた。何事かと見ていると、鎖骨の少し下に――俺の痣とそっくりの模様が刻まれていた。

「これだ。魔族が持つという、伴侶紋を、俺は生まれた時から持っている。魔族の側のものであるのは、君の持つ紋とは違い、更に外に銀色の輪がある部分だ」
「……つ、つまり、やはり殿下は、国王陛下の御子息では無いという噂についてですか?」
「そうだな。俺は半分ほど魔族の血を引いているという証明でもあるから、噂だとは言えないが。国王陛下はご存知だが、それでも俺を息子として育ててくれた」

 そう言ったユフェル殿下は、それから顔を背けて、胸元を直した。

「しかし俺が魔族の血を引く事に、違いは無いんだ」
「はぁ」
「そしてどうやら俺の場合は、魔族の血の方が濃いようで、伴侶の有無で魔力が変わるようなんだ」
「……」
「ずっと伴侶となる紋を持つ者を探していた。そこで、君にたどり着いた。人間が紋章の持ち主で少し安堵している。今まで、岩や草木ばかりの紋を確認してばかりだったからな」

 ユフェル殿下は、嘆息してから椅子に座り直した。その前と隣に、村長さんがカップを置いた。俺にも座れという意味らしい。そこで俺は目が合った村長さんに頷き返してから、ユフェル殿下の隣に座った。

「率直に言うが、俺の伴侶になってもらえないか?」
「やっぱりそういう流れのお話ですよね? え、ちょっとそれは、その……」

 俺は出来れば、この田舎の村には、女性は二人しかおらず両方既婚者であるが、いつか都会に出て可愛い同じ年くらいの相手と結婚したい。男は予想外だ。魔族やその血族というのも無論想定外だ。せめて魔族の美女だったら、分からないが。

「確認後、もし伴侶であった場合は、婚姻して良いと、ドール伯爵夫妻からの許可は得ている」
「俺、両親と親交無いんで、そんな事を勝手に決められても……」
「貴族は王家の者に従う義務がある」
「俺は貴族教育も受けてませんし、失礼ですが殿下も王族ではあるかもしれないけど、お血筋的には違いますよね?」

 俺が言うと、ユフェル殿下が苦い顔になった。誰だって出生について、こんな事は言われたくはないだろう……。しかし俺だって、魔力を強めたいから結婚して欲しいと言われても困るのである。

「ああ。俺は、魔王の実子だ」
「――え?」
「魔族を統べる者の血を引いている」
「……」
「今、魔王が身罷ろうとしているそうだ」

 ユフェル殿下は、カップに手を伸ばし、一口飲んでから、改めて俺を見た。

「魔王には、俺の他には子がいなかったそうでな」
「はぁ……」
「魔族は何よりも血統を重視する。俺を見ても分かる通り、魔族との間に生まれた子には、魔族の特徴が出る。よって、魔族は俺の母親について問題視する事は無い。そもそも俺を生んだ王妃様にも、魔族との間の伴侶紋があったからだ」
「……」
「魔王から見れば、この国の陛下の方が間男であるらしい」
「……」
「俺は、国王陛下を尊敬しているから、そんな戯言は信じないが」

 溜息をついたユフェル殿下は、それから目を伏せた。

「先方が、俺に帰国し、次期魔王となるようにと打診してきた」
「え!?」
「人間の国であるこのエステル王国と、魔族の国であるフェルディアナ帝国が、和平関係を結ぶ事が出来れば、この小国の大陸内での力は増す」
「……」
「よって、俺が即位し、これまでの御恩を国王陛下にお返しする形で、条約等を制定するという案がある」
「大変ですね……」
「他人事のようだな」
「他人事ですからね……」
「自国の事だろう? それに、君の場合――俺に伴い、フェルディアナ帝国についてきて貰いたいから、個人的な話ともなる」

 それを聞いて、俺は首を振った。

「無理です。ほら、男同士ですし、魔王様にユフェル殿下が即位しても、そこで途絶えちゃいますし」
「魔族は、伴侶紋を持つ相手であれば、相手がどんな存在でも孕ませられるそうだ」
「へ?」
「岩が卵を産んだ例もある。花の種から魔王が出生した事例もある」
「……」
「人型であるから、ハードルは非常に下がったと言える」

 ユフェル殿下は、どこか安心したような笑顔を浮かべた。俺は生温かい気持ちになった。

「いやあの、魔力を強めたいからとか、世継ぎが欲しいからという理由で、結婚しろと言われても……俺の夢は、恋愛結婚なんで……」

 そう。愛が肝心である。愛さえあれば、男同士でも良いかもしれないが、俺達はたった今が初対面であり、愛など何も無い。

「恋愛?」
「はい」
「それは考えた事が無かった……俺は、幼少時より、国の決めた婚約者と結ばれるとばかり思っていたからな。恐らくは魔族の」
「へ?」
「伴侶紋は、似た形のものであれば、伴侶となっても良いという決まりがあるようでな。魔族は皆、紋章を持つから、俺が即位せずとも婚姻により、帝国との和平関係の構築を行う事は、出生時よりの既定路線だったんだ」
「……」
「だから俺には、恋愛という概念は、これまで存在しなかった」

 一人頷いたユフェル殿下は、それから再びカップを手に取った。

「生まれてこの方、二十四年間、一度も恋をした事は無い」
「俺と同じ歳なんですね」
「伴侶紋は、基本的に同年代を選ぶようだな」
「なるほど」
「君は恋人がいるのか?」
「……」

 残念ながら、この村には女性が二名しかおらず、どちらも既におばあちゃんであるのと、俺は物心ついてからずっとこの村で暮らしてきた為、初恋はまだだ。だからこそ、恋愛に夢を抱いているのである。