【5】新居




「到着したぞ、もう目を開けて良い」
「うん」

 光が収束したのを感じてから、俺は頷いて目を開けた。するとそこは、どこぞのお屋敷のようだった。

「ここは?」
「新居だ」
「新居……」
「王宮の中にある俺の持ち家の一つだ。最も裏門まで近い。これが通行証だ。これを持っていれば、カルネは自由に裏門から出入り出来る」

 渡された腕輪を受け取り、俺は頷いた。手首にはめると、光が漏れる。通行人の腕輪が宿す魔力を感知するらしい。

「まずは部屋に案内する」
「あ、ああ」

 俺が動揺しながら頷くと、ユフェル殿下が歩き始めた。正面の大きな階段を上り、三階まで連れて行かれた。その一角に、広い部屋があって、ユフェル殿下はそこの扉を開けた。

「ここを使ってくれ」
「うん……」
「寝室は、隣だ。悪いが、一緒に寝てもらうぞ」
「……子作りは保留だぞ?」
「保留だとしても、接触頻度は多い方が良いだろう。いつその気になっても良いようにな」
「……」

 それは、そうなのかもしれない。その気になる予定は今の所無いわけではあるが、ユフェル殿下から見た場合は。俺は荷物を机に置きながら、内側からも扉で通じているらしい寝室を眺めた。開いている扉の向こうには、巨大な寝台の端っこが見える。

「それと、食事は、使用人が、朝七時、昼十二時、夜八時に用意する。夜は共に食べよう。仕事で遅れる場合は、事前に連絡してくれ。俺宛の直接連絡魔術は、こちらの腕輪に入っている。執事宛はこちらの腕輪だ。それでこの腕輪は、俺の配偶者としての身分証明で――」

 ユフェル殿下が、俺に大量の腕輪を渡してきた。俺の手首は一つ一つは細いが大量の腕輪で埋まった。王都は、魔力感知で何かと動いているようで、腕輪が大量に必要だという話を俺は祖父から聞いた事があったのだが、事実だと発見した。

「他に、何か必要な物があれば、いつでも声をかけてくれ」
「有難うございます……」
「俺は、陛下に報告する為に、一度城に行く。ドール伯爵夫妻にも挨拶をする予定だが、どうする? 親交が無いと話していたが、一緒に来るか? 来たくはないか?」

 俺を窺うようにユフェル殿下が見た。胸が少し重くなった。正直、いつか会ってみたいとは思うのだが、祖父の葬儀にも訪れなかった両親と顔を合わせて会話をする自信が無い。

「……俺は、王都が気になるので、ちょっと散策してくる。冒険者ギルドにも行ってくる。だから、またの機会に……」
「そうか。案内はどうする? 俺が行く場合は、後日となるし、非常に目立つと考えられるから、本日出向くというのであれば、使用人に案内させるが」
「一人で大丈夫だ。これから、一人で活動するんだし」
「分かった。では、迷ったら俺か執事に連絡を入れてくれ。執事だけ先に紹介する」

 ユフェル殿下は頷くと、俺の背に触れた。そして自然と俺を促した。俺はユフェル殿下の横顔を見ながら、部屋から出た。

 階段を引き返して行くと、一階に使用人達が並んでいた。大勢いる。当然ながら、村人の人数より多い。こんなにも沢山の人と一気に顔を合わせた事が無かったので、俺は緊張した。

「執事の、アーティだ」
「お初にお目にかかります、カルネ様」

 ユフェル殿下が紹介してくれた執事さんは、俺を見ると深々と頭を下げた。すると直後、使用人の他の人々も背を折った。萎縮しそうになる。

「不都合がございましたら、なんでもお申し付け下さい」
「は、はい! これからよろしくお願いします!」

 必死で俺がそう言うと、ユフェル殿下が小さく吹き出した。

「俺にもよろしくして欲しいものなんだが」
「それは検討しておく!」
「前向きに頼むぞ。では、外に出るか」
「う、うん」

 ユフェル殿下がそのまま玄関に向かったので、俺も慌てて従った。そして二人で家の外に出る。使用人達が見送りに出てくれた。扉の外には、緑の庭園が広がっている。村とは空気が違う気がした。村の方が、骨に染み入るような寒さだった気がする。

「あちらが裏門だ」
「分かった。有難う」
「気をつけるように。困ったら本当にいつでも連絡をしてくれ」
「分かった!」

 何度も俺が頷くと、ユフェル殿下が立ち止まった。そして王宮の一角にある、王城の方向を見た。

「俺はあちらへ行く。後日、カルネも国王陛下や王妃様、俺の兄弟姉妹に挨拶をして欲しい」
「考えておく。今は、まだほら、形だけだからな。俺は人間だから、法的な離婚というのをしたら、もう無関係になるんだし」

 そもそも今現在、まだ関係しているという自信すら無いわけであるが。

「始まったばかりだ。まだ分からないだろう?」
「それはそうだけど」
「俺は子供が欲しいから、頑張らせてもらう」

 ユフェル殿下はそう言うと、俺の腕を引いた。俺がきょとんとすると、なんとそのまま俺の手の甲に唇を落とした。

「親睦を深める為に、全力を尽くそう」
「え」
「ただ愛とまで言われると自信は無いが――ではな」

 あっさりと俺の手を離して、ユフェル殿下が歩き始めた。俺は呆然とその背中を暫く見送っていた。そして、気がついたら、冷や汗をかいていた。若干頬が熱い。

「ま、まぁ、子作りはともかく、一緒に暮らすんなら、険悪な仲よりはずっと良いか……」

 何度も一人で頷きながら、俺はそう呟いた。それから裏門に向かう。守衛室があったが、直接的には誰かと顔を合わせる必要は無かった。門自体が腕輪の魔力を感知する事で、役目を果たしているからだ。

 俺は石畳の路を歩いて、初めて王都に足を踏み入れた。記憶に無い幼少時は、王都のドール伯爵家にいたはずではあるが、覚えていないので、初めてとして良いだろう。雪は無い。冬だというのに、花壇には花が咲いている。魔術がかけられているようだった。

 大通りを進みながら、俺は最初、服装の違いを意識した。俺の服は、店に一軒しかなかったお店の服であるから、村人全員が同じだったと言えるが、王都には多種多様な服の人がいる。落ち着いたら、俺も服を買おう……。靴も、みんな違う。何より、ちょっと歩いただけで、様々な店があった。

 俺の目的地である冒険者ギルドの場所は、過去にどのギルドにでも置いてある、冒険者ギルドのパンフレットで住所を見た事があったので、覚えていた。時折道の看板を見ながら進み、俺はギルドを目指して歩いた。ギルドが近づくにつれて、武器店や酒場が増えていった。俺はドキドキしながら、周囲を見渡しつつ先を急ぐ事にした。