【12】大根はただの大根では無かった。



 翌朝、目が覚めるとユフェルの姿が無かった。支度をして階下に向かうと、『仕事で先に出た』とアーティさんが教えてくれた。俺は頷き、朝食をとって新聞を読んでから、イワンさんよりお弁当を受け取って冒険者ギルドへと向かった。

「おはようございます」

 冒険者ギルドの扉を開けて挨拶をした俺は、真っ直ぐにクエストボードへと向かった。今日は記念すべき、初めてのAランクの依頼を引き受ける日なのだ。なのだ、が。起きた時から、昨夜のユフェルの事が気になっていたりもして、ちょっと落ち着かない。

 ……全身にキスをするって、なんだよ……。
 思い出すだけで赤面しそうになる。
 俺は頭を振って気分を切り替えるべく、努力をした。

 依頼書の『A』の欄には、エリスの森の第五区画の強敵|(らしい)モンスター討伐の依頼や、護衛が並んでいる。護衛は他の都市までのものが多いので、泊りがけとなるから今回はパスだ。初依頼には適さないだろうし、夕食の件があるし……。

 なんでも、『パープルゴーレム』という敵が非常に強いようだった。報酬も良い。依頼書一枚につき、五体まで討伐カウントをしてくれるとの事だった。これにしよう。

「すみません」
「あいよー!」

 本日はカウンターの奥に、ディアスさんとガゼルの両方がいた。俺は近くにいたガゼルに依頼書を手渡して、受諾の許可を貰った。

 こうしてエリスの森へと向かう事にし、俺は気を引き締めた。気を抜くと、ユフェルについて考えそうになるのは、本当に困ったものである。第五区画までは道なりに進むと到着したので、俺はそこで剣を抜いた。すぐに巨大な紫色のゴーレムが視界に入ってきたからだ。非常に大きい。小さな家くらいの大きさだ。

「よし」

 俺は一体目を斬り裂いた。細く吐息し、剣を一度鞘にしまう。

「やっぱり大根より柔らかいな……」

 今になって思うのだが、もしかしたらあの大根型モンスターは、中々に強かったのかもしれない。どう考えても大根の方が、パープルゴーレムよりは強かった。

「これなら、思ったよりも早く終わるかもしれないな」

 呟いた俺は、すぐに他のゴーレムを探した。そして斬り、倒していった。アイテムや通貨の回収も忘れない。結果、やはり森への移動時間の方が長い状態で、依頼は終了してしまった。呆気なさすぎて複雑な気分になりつつも、ギルドへと戻る。

「さすが!」

 するとガゼルが俺を、キラキラした瞳で見た。ディアスさんも歩み寄ってきた。

「これならば、複数同時受諾しても構わないぞ」
「が、頑張ります!」

 続けて俺は、パープルゴーレム討伐の依頼を、更に複数引き受ける事にした。それを許可されたのが、認められているようでなんとも嬉しかった。そうしてこの日俺は、パープルゴーレムを二百体ほど屠り――無事、Sランクの称号を得た。

「普通は一日一体がやっとなんだがな。一体倒すと数日は休息をする者が多いし」
「Sランクはやはり格が違うな。ガゼル、明日からはカルネに、Sランク専用の依頼書の中から向いているものを直接渡すように」
「はい、マスター!」

 ディアスさんとガゼルのやりとりに、俺は嬉しくなった。

「一日で出来そうな――その、王都で活動可能な、討伐系でお願いします」
「了解!」

 俺の言葉にガゼルが頷いてくれた。
 本当に冒険者としての活動は順調に進みそうで、俺は嬉しい。しかしこれも祖父と――多分であるが大根のおかげだ。俺は今の所まだ、大根よりも強敵には、一度も遭遇していない。あの大根、正式名称は何だったんだろうな……もしかして、かなり強いモンスターだったんじゃないのだろうか。

 そんな事を考えつつ俺は帰宅し、この日も入浴を終えてから、アーティさんに復習として食事のマナーを教わった。いつもは夕食は八時と決まっているようだったから、俺は本日の出来事をユフェルに話すべく待っていたのだが、九時を過ぎても帰ってこない。

「先にお食事になさいますか?」

 アーティさんに聞かれたので、俺は首を傾げた。

「遅くなるのか?」
「――王都北西部に、大量のマンドラゴラが出現したそうで、王宮の騎士は、特別騎士団も含めて、朝から対応中だと聞いております」
「マンドラゴラ……?」
「SSSRランクの魔獣です。明日には、冒険者ギルドにも討伐要請が降りると考えられます」

 Sランクになったので、希望すれば、俺はSS~SSSRランクの魔獣討伐にも参加可能だ。Sランクからは自分で自分の力を見極めつつ進む事もあるらしい。基本的にはガゼルが回してくれるのだろう依頼に対処する事になるが、俺もマンドラゴラとやらの討伐に参加する事は可能だろう。まだ見ぬSSSRの敵を思うと、俺は緊張半分、やってみたいという気持ちが半分という形になった。

 結局その日は、ユフェルは帰ってこなかった。
 翌日――俺が冒険者ギルドに向かうと、ガゼルがカウンターから身を乗り出してきた。

「カルネ! マンドラゴラが大量に出たんだ!」
「え、あ」
「討伐に行ってもらえないか? 空いてるSランクは全員呼び出されてるんだ!」
「行きます!」

 ……とはいえ、まさか本当に行く事になるとは思ってもいなかった。
 現地には、ギルドの奥にある転移魔法陣を用いる事で、到着可能だった。
 向かうと、大勢の騎士がいたから、俺は視線で何気なくユフェルを探した。
 すると先頭で派手に魔術を用いて――大根を燃やしていた。

 ん?
 え?
 大根!?

 何故村に生えていた大根(型モンスター)が、大量にこの場に存在しているのだ?
 困惑しながら周囲を見渡すと、騎士も冒険者も、皆が大根と格闘している。

「――カルネ?」

 その時、ユフェルが俺を見た。俺の前に降り立ったユフェルは、驚いた顔をしている。

「どうしてここに?」
「ギルドでSランク冒険者だから招集を受けたんだ」
「そうか、ついにSに……」
「なぁ、どうして大根と戦ってるんだ?」
「大根? 確かに似ているが、これらはSSSRランクの非常に凶悪なマンドラゴラというモンスターだ」
「え?」

 俺は唖然とするしかなかった。基本的には食べる為に手で抜いている事が多かった村だが、剣でも無論討伐は可能だ(食べる部分が減ってしまうが)。俺は何とも言えない気持ちで剣を抜いた。

「大根収穫――じゃなかった、マンドラゴラ討伐なら任せてくれ。たったの七十本程度、俺一人でも今日中に余裕だ」
「何? いくらカルネが凄腕だったとしても、それは過信のしすぎではないのか?」
「いいや。村で毎日相手にしていたから、真面目な話だ」
「……心強いが、無理はするな」

 ユフェルはそう言うと、戦闘に戻った。俺はユフェルとは逆側の人気が無い方から討伐を始める事にした。そして――斬って斬って斬っていった。ああ、背負うカゴが欲しい。誰も食べる予定は無いのか、無残にも大根は地に転がっていく。大根は、大根の身の部分自体がアイテムなので、光にはならない。その場に大量の大根の輪切りが完成していく。

 ――気付いた頃には、周囲が手を止めていた。斬っているのは、俺ばかりだった。
 ユフェルさえも動きを止めて、ポカンとしたように俺を見ている。
 何だか気恥ずかしい。しかし俺は、初のSランク冒険者としての依頼という事もあったし、少しはユフェルの前で格好良い姿を見せて口だけではないと証明したいというのもあって、とにかく斬った。

 夕暮れが近づく頃――その場にいた大根(改め、マンドラゴラ)の討伐は完了した。ほぼ俺が一人で倒したといっても良いだろう。