【1】俺は魔王だ……った。




「魔王、君を封印させてもらう」


 そう言って、魔術師が俺に杖を突きつけた。

 ――俺は、一応、生まれながらにして魔王である。


 別に魔王になりたかったわけじゃない。先祖代々、我が家が魔王業を営んでいただけだ。ただまぁ、何かと人間とのいざこざも絶えなかったのは事実だ。


「我輩を、封印?」


 俺は、魔王らしい一人称を心がけた。我が家には、魔王らしい言い回しのための家庭教師がいたから、こういう場面では困らない。


 まぁ、正直な話、魔王というだけあって、俺の一族って、魔力が膨大だ。だから、人間の力では、屠るのが難しいんだと思う。そのため、父さんも祖父さんも、封印されたらしい。殺されるわけではない。しかし、肉体は静止封印空間に拘束されるので、その時点で魂は自由になる。


「悪逆非道の限り、決して許す事は出来ないと、バローナ王国の国王陛下が嘆いておられる」


 俺は、誓って、悪逆非道と呼ばれるような事はしていない。何せ、俺は引きこもって、この魔王人生を生きてきた。部下はいるし、部下達は色々やっていたらしいが、俺は治世に励むでもなく、お部屋でダラダラして生きてきた。


 つぅか、バローナ王国って、何処ってレベルだ。

 人間は寿命が短すぎるから、国名を言われても、俺には理解できない。


 ただ、人間って、干ばつとかがあると、『これも魔王のせいだ……』とか、言い出すからな。まぁどうせ今回も、そんな感じの冤罪だろう。


 俺に対峙している魔術師は、勇者パーティの凄腕らしく、黒い髪に碧い瞳をしたイケメンだ。背が高い。若干細身ではあるが、いかにもモテそうだ。爆発すれば良いのに。当然、引きこもって生きてきた俺は、恋愛経験が微塵も無い。俺の女神は、二次元だ。魔族の間でも、近年マンガが流行している。


「覚悟しろ」


 そう言うと、魔術師が右手で分厚い魔導書を開き、封印のための魔術を展開し始めた。既に剣士やら弓師やらにボコボコにされていた俺は、座り込んでそれを見上げる。


 あくまでも封印だ。死ぬわけではない。


 だが、肉体的には、ほぼ『死』として扱われる。封印主に魔術を解かれない限り、俺は永劫、今の体には戻る事ができなくなる――と、歴代が封印され続けてきた魔王家の俺は知っていた。なお言うと、さらに一歩進んだ知識がある。


 このミルワーレル大陸では、創造神エルグラムへの信仰がある。近年では、神様を信じる人間は少ないらしいが、全ての命ある存在は、肉体が死すれば、転生するというのが、一応の宗教だ。そしてこれが、ただの伝承ではなく、事実であるという知識が、我が家には伝わっている。


 だから封印されると、魂だけ転生するらしい。肉体自体も封印されるとは言え残るし、俺にとって、死は怖いものでは無い。だから俺は、淡々と魔術師の封印作業を眺めていた。


「封印!」


 高らかに魔術師が宣言した瞬間、俺の四方に青緑色の光が走った。ぼんやりとそれを眺めている内に、俺の視界が白く染まった。



 ……。


『ようこそ、天界へ』


 光が収束し、目を開けた時、俺は白い空間にいた。


『残念ながら、第百六十七代魔王ミリヤーデ、貴方の肉体は封印され、ほぼ死にました』


 どこからともなく、中性的な声が響いてくる。多分これが、神様の声なのだろう。


『これより、貴方の魂は転生致します。例外として、肉体の封印が解かれた際には戻る事も可能ですが、基本的には、死亡扱いです』


 神様の宣告に、俺は小さく頷いた。


『転生先は、魂の善行ポイントによって、任意に選ぶ事が可能です。貴方のポイントは3万です。ある程度、貴方の希望に添った転生が可能です。ミリヤーデ、貴方は何に転生したいですか?』


 その声を聞いて、俺は暫しの間、思案した。


「そうだなぁ……俺、もう魔王とか疲れたし、もっと平々凡々な人生を送りたいな。それこそさ、初心者の村って名高い、ミークスとかに生まれたい」


 初心者の村というのは、この大陸に大勢いる冒険者の、登竜門のひとつとして名高い地方都市だ。平和だと耳にするし、俺はまったり暮らしたい。


『良いでしょう。貴方を、これより、ミークスの街に転生させます』


 その言葉を聞いた直後、再び光が溢れた。

 思わず目を瞑った俺は、次に瞼を開いたと意識した瞬間……呆然とした。


「ん?」


 俺は呟いたのだが、そんな俺の声は、骨に響くようにしか、俺には届かなかった。


『貴方は無事に、ミークスの街に転生しました。ご武運を!』


 そんな声が脳裏で響く。え? 俺は両手を持ち上げようとして――そもそも両手が無い事に気がついた。というか、体が無い。は?


「……」


 沈黙しながら、俺は前方を見た。前方を見ているつもりだったが、俺の視界には、ありとあらゆる角度の街が入り込んできた。


「なんだこれ?」


 実際の首は無いが、感覚的に首をひねりながら、俺は声が出ていないものの、思わず呟いた。混乱していると、俺の――なんというか、存在の上を、住民が闊歩している気がした。


「え……?」


 そこで俺は気がついた。俺は……街の意識(としか表現できない何か)に、なっていた。


「……」


 確かに俺は、『ミークスとかに生まれたい』と願った。神様は俺に、『ミークスの街に転生しました』と言った。言ったよ……って、ちょっと待て。俺は、口にはしなかったが、『ミークスなどの街の人間に生まれたい』と、思っていたのだ。決して、街自体じゃない!


「は?」


 しかし声を上げても、俺の言葉は誰にも聞こえないようである。

 このようにして……俺は、初心者の街(の意識)に、転生してしまったのだった。