【2】とりあえず……ギルドとかを見てみる。



 ――って、だったのだ、じゃない。俺、これからどうすれば良いんだよ!?


 混乱しながら、(体感的に)腕を組んだ。街になったって、何だよ? 街に転生して、何するんだよ? 俺はもし目の前に、あの神様らしき声の主がいたら、蹴り飛ばしたくなった。基本は暴力反対なので、実際に対面したら言葉責めで許すかもしれないが。


 一応……これはこれで、俺は新しい人生を得たのだろう。人じゃないけどな!


「ま、まぁ、人間関係に煩わされたりは無いか。人間じゃないしな」


 俺の声は、虚しく空に溶けていった。何せ、俺以外には、誰にも聞こえないらしい。


「街……街か。街として、俺は何をしたら良いんだ?」


 静かに俺は、(感覚的に)首をひねった。誰にも見えないようではあるし、俺は街だが、何となくひねっている感じはする。


「ここは一応、初心者村と名高い、冒険者の登竜門だしな。やっぱ、冒険者ギルドのチェックでもしてみるべきか?」


 ブツブツと俺は呟いた。話し相手もいないから、完全に独り言だ。それは、魔王時代と大差ないが、内緒である。


「お、街の中だと、好きな場所がズームできるのか」


 俺が、『冒険者ギルド』を意識した瞬間、俺の視界に、柊と不死鳥の紋章が刻まれた看板が現れた。正面には、簡素な木の扉がある。このデザインは、大陸統一ギルドのマークだ。変わっていなければではあるが――かなり昔の幼少時に、俺はそう習った覚えがある。


 そのまま扉の中を意識すると、カウンターには、薄茶色の髪の毛をした少年が、黒いエプロンをつけてたっていた。じっと見ていると、少年のステータスが頭の中に広がった。十六歳で、ブランという名前らしい。街の意識って、結構便利だな。ただ願わくば、俺は人間として、ギルドの門を叩いてみたかった!


「今月のS+ノルマは、十七件かぁ」


 ブランは、カウンターの上に、依頼書を広げて溜息を吐いていた。

 S+というのは、昔と変わっていなければ、最高難易度の依頼だ。


「メルシェかマイル、ヒルトかな……」


 呟くようにブランが言った。人名らしいから、俺は頭の中で、そいつらが誰か考えた。すると、俺の考えは、街の検索に繋がったようで、各個人のプロフィールが脳裏を過ぎった。とはいえ、簡素なもので、名前と顔と、特技しか出ては来なかった。


「げ」


 しかし俺はその中の一人を見て、思わず(体感的に)眉をひそめた。

 ヒルト=ヘルセイユという人物が表示された時、既視感に思わず唸ったのだ。

 何せ……俺を封印した、勇者パーティの魔術師と同じ顔をしていたからだ。


「あれ? 今っていつなんだ?」


 そう疑問に思うと。花欧歴250年という暦が俺の頭に浮かんだ。確か、俺が倒されたのは、花欧歴247年だったと思う。つまりは、三年後に転生したという事だろうか? だとして、俺の前にも、この街に意識はあったんだろうか?


 ぼんやりとそう考えたが、俺は分からないので、思考を放棄する事に決めた。


 その時、ダンっと大きな音がして、ギルドの扉が開いた。入ってきたのは、脳内再生プロフィールで見た、剣士のマイルだった。黄緑色の髪と瞳をしている。昔と変わっていなければ、彼にはミスリーナ王国の血が入っているはずだ。その土地の部族の特徴的な色彩である。


「よお、ブラン」

「マイル! 依頼は?」

「勿論達成だ。ほらよ」


 マイルはそう言うと、巨大なドラゴンの首をカウンターに置いた。ちょっとえぐい……。誰にも見えないだろうが、俺は目を細めた。俺は、あまり血なまぐさいのは得意ではないのだ。


「さすが!」

「俺にかかればS+なんて、大した事は無い」

「本当に頼りになる! このギルドの神様的な冒険者だ」


 ブランが瞳を輝かせた。それから少年は、サラっと依頼書の一枚を前に差し出した。


「こっちもお願いできないかな? マイルが一番適任だと僕は思うんだ」

「――ん。火竜退治か」

「ドラゴンスレイヤーの異名を取るマイルになら、きっとこなせると考えてるんだよ」


 そんなブランの声に、マイルがすっと目を細めた。


「ぶっちゃけ、一人じゃきつい」

「……そ、そうかもしれないけど」

「メルシェはいつ空いてる? あいつと俺なら、すぐにでも倒せる」


 そう言いながら、マイルは腕を組んだ。俺は、一人脳裏で、改めてプロフィールを捲る。マイルは剣士であり、メルシェ=ユーグナーという人物は魔術師だ。水魔術の使い手らしい。確かに、火竜を相手にするならば、剣士と水魔術の使い手のペアは最適だろう。


「メルシェは……今月いっぱいは、領主様の御子息の護衛に就いているんだよね……」

「あー、ご結婚なさるんだったな。リア充羨ましい」


 俺はその言葉に衝撃を受けた。俺から見るとマイルもリア充風だったからだ!


「だけどね、マイル。この依頼の期限は、来週の半ばなんだよ……」

「そう言われてもな。無理なもんは無理だ。俺は自分の力量をよく知ってる」


 きっぱりと断る形の言葉を、マイルが放った。

 続いて扉が開いたのは、その時の事だった。古めかしい、軋んだ音がした。

 入ってきたのは――俺を封印した魔術師の、ヒルトだった。


 深々と、目深にフードをかぶってはいたが、体躯や髪色で、直ぐに俺はヒルトだと分かった。彼だってナントカ王国の依頼だったのだろうし、別に恨んでいるわけでは無いが、こうして実際に見ると、若干ヒヤリとする。


「あ、ヒルト! おかえり!」


 ブランが明るく声をかけた。だが、答えるでもなく静かにヒルトはカウンターへと進む。


「――依頼を達成した」

「さっすがぁ!」

「報酬はギルド口座に振り込んでおいてくれ」


 ヒルトは簡潔にそう述べてから、すぐそばにある依頼書が貼り付けられている緑のボードへと顔を向けた。そこには、CからAまでの依頼が並んでいる。そんなヒルトを一瞥してから、ブランが咳払いをした。


「あ、あのさ、ヒルト。実はね、来週期限の火竜退治があるんだけど……」


 先程マイルに振った依頼を、マイルがそのままそこにいるにも関わらず、ブランが口にした。


「ど、どうかな?」

「――そうか。引き受ける」

「た、単独で行ってもらえる? 今ちょっと、人手が無くてさ!」

「ああ。俺は、他人とパーティを組むつもりは無い」


 平坦な声音でそう言うと、ヒルトが差し出された依頼書を手にとった。するとブランは安堵したように吐息したが、マイルが不愉快そうに眉をひそめた。


 そのままヒルトが歩き出した。それを見送りながら、ブランとマイルが視線を合わせる。


「俺、あいつ苦手なんだよな」

「マイル……知ってるけど、ヒルトはあれでもさ、腕は確かだよ?」

「実力と人柄は比例しない」


 彼らはそんなやり取りをしていた。その内に、夜は更けていった。