翌朝。
俺が街に転生して、二日目だ。
「えー、まさか、何もする事が無い……なんてわけは、無いよな? 転生って、街とはいえ、一応、新しい人生の開始だろ?」
今日も今日とて誰にも聞こえない声で、ブツブツと俺は言った。
なお、睡眠はあった。
なんか眠いなぁと思って、(体感的に)目を閉じたら、朝になっていたのだし。
「なんだっけ? メルシェっていう冒険者がいて、今、領主の所にいるって話してたな。人間の制度っていまいち不明っていうか、すぐコロコロ変わるから分からんけど……街になったんだし、俺を治めている奴が、領主だよな? 一応、見ておくか」
やる事が無いのならば、当面は、自分でやる事をひねり出さなきゃならないだろう。情報収集は、それには悪くない。
俺は意識を『領主宅』に合わせた。すると俺の視界に、高台にある小さな城が入ってきて、すぐにその内部が見えてきた。
「メルシェ! 結婚式の演出では、もっと派手な水魔術の噴水が欲しいのよ! 光魔術でライトアップして、夜の庭に、キラキラの噴水を起きたいの!」
そこでは、青いドレスを身にまとった金髪の女の子が、目を吊り上げて怒鳴っていた。そういえば、領主の息子が結婚するんだったか? そう考えながらプロフィールを検索すると、この少女が婚約者だった。
「……」
メルシェと呼ばれた青年は、彼女の正面に立っている。口元に微笑を湛えていて、流れるような水色の髪を長く伸ばし、後ろで束ねていた。長身で、これまた目を惹く色男である。ヒルトとは異なり、魔術師のローブも身にまとっていない。一見すれば、ただの富裕層の青年だ。優男という感じである。強そうにも見えない。
「何とか言いなさいよ!」
激怒している少女を前にしても、メルシェはにこやかに笑っているだけだ。
それから、彼は少し屈んで視線を合わせると、笑みを深めた。
「――失礼しました。あまりにもエレナお嬢様の髪の毛が綺麗だったもので、見惚れておりました」
「え?」
エレナというのは、少女の名前らしい。隣の領地の、貴族の次女だという。お見合い結婚らしい。人間とは、結婚制度で領地の力を増したりする生き物だと聞いた事がある。その制度は、昔から変わらないみたいだな。
「長い睫毛が落とす影、淑女であられるエレナ様は、中身だけではなく、容姿も端麗で、我が領地の次期領主ライラード様が、本当に羨ましくてならない」
「な、な……え……」
赤面した少女の手を、静かにメルシェが取った。そしてさらに屈んで口づけた。
「憤慨する姿は、貴女には似合わない。エレナお嬢様には、笑顔がよく似合う」
「ま、まぁ……わ、私! 私には、ライラード様がいるのですから……」
「当日の噴水は、お任せ下さい。真心を込めて、最高の式にすると、お約束します」
キラキラした笑顔で、女ったらしとしか表現不可能の言葉を、メルシェが放っている。最初、モテた記憶の無い俺は、女の子ってこういう言葉が好きなのだろうかと考えた。次に――華麗にメルシェが話を変えて、誤魔化して、エレナの怒りを消し去ってしまったのだと理解した。口が上手いって得だなぁ……。
その後二人は、結婚式の出し物の話を始めた。本日は現領主と、その御子息は不在らしい。ざっと城の中を確認してから、俺は飽きてきたので、意識を街並みに戻した。
何気なく雑踏を眺めていると、路地の一角に、ボロボロの衣を纏った少年がいた。あ。魔族……かなぁ、と思ったが、気配を探ると、混血児のようだった。紅い眼をしていて、髪の色は薄い紫だ。耳が明確に魔族の特徴を保持していてとんがっているし、紅という瞳の色も、魔族のものだ。しかし、少年からは、あまり魔力を感じない。
「外見だけ特徴が遺伝したのか」
納得しながら俺は、暫くの間、少年を見ていた。
俺は魔王だったから、その土地に住んでいたのは、多くが魔族だ。
人間は区別がついていないようだが、魔族は魔物とは違う。意思のある存在だ。
魔物は、魔族から見ても害獣である。一度出現したら、大災害だ。
「……」
しかし少年を見かけると、街の人々は足早に、そそくさと去っていく。魔族は人間に差別されているので、塩対応をされる事が多いみたいだ。ただたまに、人間と恋に堕ちる魔族もいるから、生殖行為は基本的に一緒なので、こうして子供が生まれたりもする。
「ええと、名前は?」
バーナスというらしい。両親の姿は、この街には無かった。年齢は十五歳で、一人で暮らしているらしい。
「人間の街って魔族関係には冷たいけど、かといって魔王領が人間に暖かいかと言われると微妙だしなぁ」
何せ、歴代の魔王は人間に封印されている。俺もそうだ。それで、人間に親近感を抱くって、相当魔王が嫌われていたとかでなければ、あんまり無いだろう。
バーナスは、ロウソクを売っているらしい。マッチもカゴに入っている。しかし、さっぱり売れていない。過去に売れた記録を見ると、それでも同情して買った人間だとか、夜遅くで人間の店が閉まっていて仕方なく、といった記録がある。
魔族の血が、一般の人間よりは空腹を減らしているみたいだから、なんとかこれでも生きていけるらしい。
「やっぱ街って、色々な奴がいるんだなぁ」
一人呟いてから、俺はこれからどうしようかなと考えた。