【一】ゲームの世界へと転移させてくれ!






 ――現世に、疲れた。俺は、某魔○堂さんで通販した真っ黒いローブを着込んで、両手の指を組み、地水火風を象った祭壇の短剣(模造品)を見ながら、全力で祈っていた。

 頼む。頼む。頼む。頼むから……!
 俺を異世界へと誘ってくれ!

 俺はこの望みを叶えるために、ありとあらゆる魔術書を、この日までに読み込んできた。例えば、クロ○リーだとか。現在俺は十八歳。見事に、大学入試に落下した。春から俺は、浪人する金銭的余裕などないので、フリーター生活となる。嫌だ、俺は働きたくない!

 ゲーム三昧の日々を送りたい!

 だ・か・ら!
 頼む、頼むから、本当に頼むから俺を、どうにか、ゲームの世界へと転移させてくれ。この際ゲームの世界ならば、どこでも良い。神様仏様(?)兎に角、この願いを叶えてくれる相手であるのならば、どんな相手にでも魂を売り渡す心意気はある!(なお、実際に悪魔や死神が現れた場合、そうする勇気はないかもしれないが)

 どこでも良い。贅沢を言うならば、魔術がある世界が良い。剣と魔法とか格好良いよなぁ。だとすると、やっぱり倒す対象の魔族とか魔王とか魔物とかは、いた方が生えるのかもしれないが、俺は殺伐とした人生を送りたいわけではない。そう、平和に! スローライフ!

「柳都(リュウト)、ご飯! さっさと学ランから着替えて、その怪しい上着を洗濯機に入れて!」

 その時、妹の声がした。妹もまたゲーム中毒であるが、奴は俺と違い現実を見ていて、彼氏もいるそうだ。いいんだ俺は。異世界で恋人を得るのだから! そうだな、異世界は俺にとって都合が良く、俺がモテる世界だとなお望ましいが、そこまでは求めまい。

 祭壇の中央にある水晶玉が輝き始めた。毎回ここまでは、到達している。後一歩で、俺は魔術を完成させられそうなのだ。この魔術は、異世界への扉を開くという魔術技法である。

「柳都? お兄ちゃん? さっさとして!? 早くしてくれないと、私が【桃恋】できないでしょ!?」

 俺は精神集中を邪魔してくる妹の声に、イッライラしていた。
 桃恋というのは、【聖なる唇 〜 桃色の蒼恋 〜】とか言う、妹がハマっている乙女ゲームのタイトルだ。神子としてヒロイン(主人公)が召喚され、男どもに力を貸し、恋に落ちるとか、なんかそんな内容らしい。夕食の席で、最近その話題しか妹は口にしないから、俺も概要だけは覚えてしまった。どころかフレンド登録システムとやらで友人の協力により閲覧可能なシナリオがあるだとかで、俺までやらされた始末だ。

「お兄ちゃん!?」
「うるせぇバーカ!」

 ついに俺は叫び返してしまった。集中力がプツンと途切れて、頭の中が、一瞬、桃恋への怒りで染まった。

 ――水晶玉の光に俺が飲み込まれたのは、その直後の事である。



「……え?」

 気づくと俺は、学ランの上に、黒いローブをまとった状態で、明らかに現代日本とは異なる街並みの場所に立っていた。

「へ? せ、成功した……?」

 おずおずとフードを取りながら周囲を見れば、腰に剣を携えている人や、手に杖を持つ人、通りを走る馬車……明らかに中世欧州風の景色が広がっていた。

「よし、よし、よし、よし、きた! やったー!」

 成功! 成功した。俺は満面の笑みを浮かべた。頬が崩れるのが止められない。わーい。やったー! 異世界だ。異世界、異世界に違いない。俺は異世界へとやってきたのだ!

 問題は、ここがどんな異世界か、である。
 俺は注意深く周囲を伺った。何か、手がかりはないだろうか。
 周囲の会話に聞き耳を立てるが、日本語として聞こえてくる。文字も読める。

「……ええと」

 その後俺は、俯いた。まずは自分の所有物の確認をしようと決めたのである。服は学ランとローブ。他に所持品は、右ポケットに入れっぱなしだった鏡だけだった。それを取り出して顔を確認したが、そこにあるのは、紛れもなく俺の顔だった。

 ザザッと音がしたのは、その時の事だった。
 なんだろうかと顔を上げると、俺は銀色の甲冑をまとった集団に囲まれていた。

「お探しいたしましたぞ、リュート様ですな!?」
「え? は、はぁ……。俺は柳都と言いますが」
「【神託の星読みの軍神】である【マルス】の預言書の通りだ。今日のこの日時に、この場所に、漆黒の出で立ちで現れるとの事」
「……へ?」
「紛れもない『神子』ですね」

 それを聞いた瞬間、俺は頭をぶん殴られたような衝撃に襲われた。
 ――信託の星読みの軍神マルス?
 ――神子?
 どこかで聞いたぞ。ちょっと待て、これは。これは。そういえば、そうだよ、俺だって妹を手伝って登録したアプリでチュートリアルだけやらされたではないか。

 ――【聖なる唇 〜 桃色の蒼恋 〜】の、神子召喚場面だ!

「ま、待ってくれ……」

 ああ、ああ、確かに俺は祈ったさ。『ゲームの世界へと転移させてくれ。この際ゲームの世界ならば、どこでも良い』と。

 って――だからといって、乙女ゲーム!?
 何故、RPGじゃダメだった? ダメだったんだ? ん? ああ……そうだよな、最後に俺のイメージした光景が、妹の声で乙女ゲームの世界だったからなんだろうな(魔術理論的には)。

「魔王を倒すために、どうぞご助力下さい。リュート様。一同、お迎えに上がりました」
「……」

 ヒロイン(神子)の名前は、最初に登録する事になっていた。そして完全に、俺の名前が、神子……つまり聖なる力を男どもに貸し与えるポジションの人物として、この世界では記録されている模様である。

 念のため俺は、胸と股間に視線を落としつつ、感覚を確認した。性別は、俺のまま。男だ。なお、桃恋のヒロインは可愛らしい女の子だったが、俺は似てもにつかない。だが、考えても見れば、乙女ゲームにおいていちいち、ヒロインの性別が明記される場面も、ゲーム内では特に無かった。男の娘だった可能性……?

 いや、そういう問題じゃなく、え?
 俺の役割って、ヒロインである神子だとすると、男にキスしたりギューッてしたり胸を揉ませるナチュラルなセクハラ被害を受ける事による神力提供だよな? え?

 ――確かに、この世界には剣と魔法があって、魔物や魔王がいる!
 ――そして俺はヒロインだとするならば、モテるだろう(ただし男に)!
 ――惜しすぎる! 掠ってるけど、本当に理想から程遠い!

 混乱と困惑で、俺は硬直した。石化していたと言っても良いかもしれない。
 そんな俺の前に、豪奢な馬車が止まり、俺はそれに乗せられたのだった。

 ……現場からは、以上です。
 胸中でそう付けくわえた俺の前で、一人が杖を振った。すると急に眠くなり、俺は眠ってしまったのだった。