【二】イケメンという言葉のゲシュタルト崩壊







「……ん」

 目を覚ますと俺は、見知らぬ大きな部屋に居た。何故大きな部屋かと分かるのかといえば、だって、天蓋付きのベッドに、俺は寝ているのである。俺の自室には、とても入りっこない。

「お目覚めですか、リュート様」
「……お、おはようございます」
「これより国王陛下に謁見して頂きます、お召かえをなさって下さい」

 爽やかな笑顔のイケメンに言われて、俺は沈黙した。ゲームでは、ヒロインはここでドレスを与えられる。まさか俺は女装するのだろうか。戦々恐々としながら、たしかこのイケメンは、神官長とかだったかなと思い出しつつ、俺はクローゼットの前へと向かった。

「……」

 幸い、女性物のドレスは無かった。男物の服に見える。俺はバサッと黒いローブを脱ぎ去り、学ランに手をかけた。

「目の毒です」
「?」

 すると神官長が何事か呟いた。振り返ると顔を染め、片手で唇を覆っている。は? 怪訝に思いながら学ランを脱いでいくと、神官長が目を閉じた。

「あ、貴方のように美しい方は、人目のない場所で着替えをなさった方が良いです。僕はここでリュート様についていなければならないという規則があって、禁欲訓練をしている事で別ですが……それでも、僕だって男です」
「見れば分かるぞ?」

 骨格が違うしな。いくら俺でも、男女を見間違える事はほとんどない。しかし――『美しい方』か。さすがはヒロイン……男に褒められても嬉しくはないが、今の俺はさぞや美人に見えるんだろうなぁ……。桃恋のヒロインは、絶世の美女で可愛いという設定だった。

 上半身を脱ぎ終えた俺は、その後もサクサクと着替えを終えた。終始顔を真っ赤にしていた神官長の事は無視した。

「申し遅れました、僕は神官長のエデルです」
「よろしくお願いします」

 着替えを終えると、金色の髪を揺らした神官長が、俺に向き直った。碧い瞳をしている。アーモンド型の瞳で、睫毛の色も金色だ。実に――イケメンである。

「では、参りましょうか」

 こうして俺は神官長エデルに先導されて、部屋を出た。どうやら俺は、王宮にいるらしい。ゲームで見た事のある風景が、リアリティを伴って目の前に広がっている。赤い絨毯の上を歩きながら、俺は小さく唸った。

 俺達が歩くと端によって、頭を下げてくれる人々。見事にイケメンばかり。
 決して王宮が男社会というわけではないはずだ。
 たまに侍女さんが通るのだが、何故なのか非常に印象に残りにくい顔をしている。さながら現実世界の俺の量産型である。

「あ」

 その時、顔がくっきりした少女が前方から歩いてきた。彼女は俺の前でも道を譲らず、堂々と歩いてくる。寧ろ神官長が立ち止まった。チラッと見れば、エデルは怖い顔をしている。俺は視線を戻した。イケメンは所詮男だ。少女は、美少女で巨乳だ!

「ごきげんよう、神子様。リュート様と仰るそうね」

 響いてきた流麗な声音を聞いて、俺の脳裏にスチルがよぎった。
 ――!! ヒロインのライバルの女の子じゃないか! ヒロインが誰と結ばれた場合でも、八割型、追放とかされるキャラだ。

「お役目、応援しております」
「あ……」
「わたくしは、サラと申します。お困りの事があれば、お声を」

 ドレスの端を持って優雅に頭を下げてから、そのままサラ嬢は歩き去った。見惚れていると、神官長が咳払いをした。

「彼女は、リュート様が現れる前の神子候補でした」
「うん」

 知ってる。

「今もその座を狙っております」
「俺やりたくないし、サラさんにやってもらわないか?」
「っ、げほ」

 俺の言葉に神官長が派手に咽せた。我ながら良い案だと思い、俺はサラさんの背中を見守る。するとグイっとエデルに腕を引かれた。

「神子とは、狙ってその座につくのではないのです。神聖な力がある存在を示すのです」
「そんな事言われても……」
「行きましょう。陛下がお待ちです」

 こうしてそのまま俺は、玉座の間に連れて行かれた。ビシっと並んだ近衛騎士達が扉を開けてくれた。真正面に玉座がありそこに一人、その右に一人、左に二人の人物が立っている。

 真正面はもう見るからに王様だ。若き国王である。妹の最推しだったから、俺はプロフィールを知っている。エバート=グリュテノフ国王陛下、御年二十七歳。一見俺様だが心の中は繊細で、暴君のような台詞が多いが安定した治世を行っている人物。烏の濡れ羽色の髪と紫紺の瞳。

「そちらが預言にある神子か? 聖なる力を宿すと言う」
「ええ。お連れいたしました、陛下」

 神官長が腰を折ると、国王陛下が顎で頷いた。偉そうである。まぁ偉いのか。そうだな、偉いんだろうな、王様だもんな。

「名はなんと申す?」
「柳都です」
「リュート……預言書の通りだな。俺はこのグリュテノフ王国の国王である、エバートと言う。マルス神の加護を持つ神子の来訪を歓迎する」

 陛下はそう言うと、右に一人で立っている紫色の外套を着た人物に、視線を向けた。そこに立つのもまた、イケメンである。こちらは妹の、二番目の推しだった。二番目? 最推しではなかったが、このキャラも好きだ好きだと言っていた事は覚えている。白銀色の髪に、緋色の瞳をしたこちらのイケメンは、宰相閣下だ。宰相閣下も二十七歳であり、国王陛下とはご学友で、幼い頃からの付き合いのようだ。国王陛下に視線を返した宰相閣下は、それから改めて俺を見た。

「宰相のルイス=ジャックローズと言う。よろしくお願いします、神子殿」
「……どうも」
「衣食住の保証を致します。何も心配する必要は無い」

 それは純粋に有難い。俺は何度か頷いた。

「異世界から訪れるという預言の通りであれば、こちらの世界では何かと困惑なさるかもしれない。基本は、神官長のエデルに全て申し付けて下さい。他に分からない事があれば、直接私に伝えてくれても良い」

 宰相閣下はとても頼りになりそうな台詞を述べている。頬を染めていたエデルよりは、少なくとも真面目に見える。と、思った時だった。

「宰相閣下が親切とか気持ち悪いな」

 左側に立っていた、帯刀している青年が吹き出した。そちらを見ると、こちらも俺の知識にある、騎士団長が立っていた。その言葉に、目に見えて宰相閣下の表情が歪んだ。眉間にシワが刻まれたのだ……。

「黙れ」
「事実だろ?」
「……っ」

 宰相閣下が反論しなかった。えええ……。真面目に見えたのに、ヒロインの魅力で優しくなっていただけだったのか? そうなのか? 男って……いや俺も男だけど。というか、俺達みんな男なんだけどな。

「神子殿。紹介する。彼は、王国騎士団の団長を務めるアロイス=ローランドだ」
「――宰相閣下よりご紹介頂きましたアロイスです。どうぞアロイスと」

 にこやかに笑った騎士団長は、いい人そうなお兄ちゃんという印象である。焦げ茶色の髪と瞳をしていて、他が『現実にはこんな男いねぇよ』という感想を抱かせるのに対し、彼はいても不思議は無いように思える。いたらさぞかしモテるだろう。イケメンだ。

「命を賭しても、俺がリュート様の事は、魔王から守る。何も心配しなくて良い」

 爽やかな騎士団長の言葉に、俺は曖昧に笑った。このゲームは、乙女ゲームであり、戦闘要素など無かった。魔物の脅威や魔王というのは、設定上のものだった。ちなみに魔王は出てきたが、魔物などヒロインが救出されるスチルのためだけに存在しているような感じのゲームだった記憶しかない。そして彼が守るべくは俺ではなく、国のはずだ。

「……」

 なお、終始その場を沈黙しながら見守っていた最後の一人は、どこか辟易したような顔をしている。金色の長髪を後ろでまとめている彼は、宮廷魔術師長である。皆の視線があつまると、気だるそうに、宮廷魔術師長が緑の瞳を揺らした。

「宮廷魔術師長のロイド=ラビスです」

 そして非常に面倒くさそうにそう名乗ると、俺から完全に視線を逸らした。彼もまたイケメンである。そろそろイケメンがゲシュタルト崩壊しそうな俺だった。