【四(SIDE:周囲】主人公にみえていない現実








「――して? 『今回』の神子はどうなんだ?」

 目を据わらせて、膨大な羊皮紙に羽ペンを走らせながら、宰相のルイスが不機嫌そうに聞いた。玉座の間に、書類整理のため臨時設置された執務机の上には、『前回』の神子が巻き起こした問題への対策案件の書類が山積みである。

 腕を組み、足も組み、すごく嫌そうな顔で国王陛下であるエバートも目を細めている。彼は辟易した顔をしてから、隣に立っているサラをちらりと見て、苦しそうに笑った。それを見たサラが拳を握る。

「何をお考えなのですか? 神子の召喚条件を変更するなどと!」
「俺はサラ以外はいらないんだ。だから、後宮入りを望む女神子はもう良い」
「陛下! 現実を見てください! わたくしの心は、陛下にはございませんから!」
「っく」

 十歳ほど年下の妃候補の一人に惚れきっている国王陛下であるが、相手にされていない様子だ。サラは、別段エバートが嫌いなわけではないが、好きなわけでもない。なお、ずっと神子が出現しない場合の神子候補として育てられてきた彼女であるが、昨年――この国は、『神子召喚魔法陣』の復活に成功した。はれてお役目から解放されたと穏やかな気持ちになっていた彼女であるが、結果は非常に残念なものであり、彼女以外の士気が著しく低下した。

 神子は『聖なる神の力を加護として持つ者』である。基本的に女性だ。

「……ま、まぁまぁまぁ……」

 神官長のエデルが、なんとか宥めようとした。神子召喚魔法陣を復活させた当人である。そして前回の神子も、『前々回』の神子も、その前の神子も、その魔法陣にのせて、無理やり強制送還した人物もまた彼である。

 何故なのか――神子としてやってくる女性は、皆、このグリュテノフ王国を乙女ゲームの世界だと述べる。それに気づいたエデルは、宮廷魔術師長のロイドの力を借りて、神子達が召喚されてくる『ゲンダイニホン』について調査した。すると、世界がよく似た、少女向けの『げーむ』とやらがあると判明した。

 召喚魔法陣で勝手に拉致している加害者は、無論この世界の住人なのだが、こちらへやってきた神子達の妄想は派手派手しかった。皆、なぜか、国王・宰相・騎士団長・宮廷魔術師長・神官長・あるいはその全員、場合によってはなんと魔王とまで恋愛をする気でいるのである。全くもって意味が分からない。求めているのは、神子の聖なる力のみ! はっきり言って、魔物討伐のために力を貸して欲しいし、同行して欲しい。

 が――もう、そこまでは、求めない。
 この場にいる人々は、そう考えていた。再来月に控えている、神子が絶対必須の百年に一度のマルス神の祭儀に立ち会ってくれればそれで良い。元々はサラもそれをやる予定でいたのだが、本物がいると明らかになってしまった今、サラにはそれは出来ない。神殿の水晶玉が適任者を選ぶからだ。

「兎に角大人しくしている神子を見つけ出せればそれで良い」

 宰相が、サラをギロリと睨んだ。サラは顔を引きつらせる。

「だ、だからといって、男性の神子様など初めてでは?」
「そうだ。だからこそ、魔王に迂闊に言い寄る事もないだろう。同性婚制度が施行されてまだ一年。魔族は元々貞操観念が緩いとは言うが、こちらと『ゲンダイニホン』の価値観は似通っていてまだまだ同性愛者は少ないと聞いた」

 その言葉に、エデルが俯いた。遠い目をしている。
 前回の神子が一番最悪で、漸く一昨年和平条約を締結したばかりの、魔族の王、魔王にいいよってしまったのである。彼女いわく『最推し』だったらしい。

『次にこのような事があれば、魔王国は、再びグリュテノフ王国と戦をする準備がある』

 魔王が冷酷に言い放ったその日に、エデルは前回の神子を強制送還した。それまで、自分達に興味を示さないマシな神子だと信じきっていただけに、心が痛かった。

「どうやら、エデルが作った魔法陣の術式に組み込まれている『聖なる唇 〜 桃色の蒼恋 〜』が『げーむ』をさしているようだが、これはどこから拾った古代語だ?」

 ロイドが虚ろな顔で、魔法陣チェックを再開しながら述べた。エデルは腕を組む。

「マルスの預言書からです」
「ここの古代語の意味も怪しい。『桃恋をしているプレイヤーを神子として召喚する』――? 『ぷれいやー』とはなんだ?」
「知りませんよ! 大神殿に伝わっていた、百年前の魔法陣を半分位移してるんですから!」
「逆ギレか」

 ロイドが舌打ちした。

「なんとしてでも、神子の『愛を囁かれないと聖なる力を発揮しない欠点』を修正しなければ。特に『キス』『ハグ』『SEX』による力の供与などという馬鹿げた事をやめさせなければ。しかしタチが悪いな。魅了の魔術をデフォルト装備しているせいで、結界魔術を封じた魔道具の配布を急がないとならないなんて――その上で、『みんなが神子に惚れている』ふりをするなどと」

 エデルは泣きたくなった。そうなのだ。そうなのである。神子は、召喚しても、聖女さながらに力を無償提供してくれたりはしなかったのだ。キスしたりしないと発動しない。そのせいでサラしか見えない国王陛下が、夜、寝室で襲われかけた時、泣きながら近衛騎士に助けを求めるという神子痴女事件が発生した。閨の講義はこの国では座学だけなので、国王エバートは、純粋なる童貞である。童帝と称しても良いかも知れない。外見は俺様だが、中身はお子様だ。

「おーい。迎えに行ってきたぞ」

 そこに、アロイスが入ってきた。騎士団に指示を出し、街に転移してきた新たな神子を確保した報告に来たのである。

「今は、どうしてるんだ?」
「魔術で眠らせてある」

 アロイスはそう言うと、どんよりとしている玉座の間を見渡した。

「なんか貧弱でもやしっぽい男の子がきたぞ。いたんだなぁ、『おとめげーむ』ってやつをやる『男』。男が男との恋愛を楽しむ気持ちは、俺は好きになったら性別は問わないからわからなくはないけどな、男が好きなのか?」

 朗らかなアロイスの声に、皆が脱力した。新しい神子の召喚条件としたのは『男』である。これは、魔王に言い寄らせないためである。戦争の火種は決して作ってはならない。

「とりあえず、俺達は計画通り、適度に愛を囁きながら、祭儀まで神子を縛り付けておけばいいんだったな?」

 アロイスは笑顔だが、さらっとそう言った。だが誰も反論しない。皆、大きく頷いている。

「適度に惚れているふりをしつつ、時々万が一の場合は神聖な力を、そ、そうだな……なるべく無償で供与してもらう方向で期待しながら、顔を赤らめ、あとは大人しくしているように監視しよう」

 それを聞き、サラが最後に頷いた。

「ではわたくしは、過去の神子様達に言われた『ライバル』『悪役令嬢』のお役目、今度こそ見事に演じきってみますわね!」

 多分無理だろうな、根がお人好しだからなぁと、何人かが思ったのだった。
 リュートに見えていない現場からは、以上である。