【五】晩餐会と魔王







 その後、俺は入浴してから、服を着替えた。これから晩餐会だから、それ専用の服を着るようにと勧められたのだ。完全に俺は、衣装に着られている。不思議とコスプレ感は無いが。

「ここが会場です」

 エデルに連れられて向かった先は、王宮の二階にある大広間だった。巨大な出窓がついていて、外の風にも当たれるようだ。会場に入ると、多くが俺を見た。そして……頬を染めた。すっげぇ居心地が悪い。

 本当にみんなには、俺がヒロインに見えているのだろうか? いや、俺は俺として見えているようだが、俺を魅力的だと思っているのだろうか? 老若男女、みんなが俺を見ている気がした。独身の同年代の女性限定で、一人ずつマイペースにお付き合いをしてくれる方はいないものだろうか。

「よぉ、リュート様」

 その時、後ろからポンと肩を叩かれて、俺は振り返った。見ればそこには、騎士団長のアロイスが立っていた。キラキラしている笑顔で、俺の腰に、腰に、そう腰に、それとなく腕で触れた騎士団長が言う。

「今夜は踊ってくれますか?」
「無理かな!」
「おー、つれないなぁ。そんなに華奢なのに、気は強いんだな」
「華奢!?」

 さすがは乙女ゲームだ。女の子に比べたらどう考えたって太い俺の腕が、華奢……? 確かにもやしみ溢れる俺の外見ではあるが、そこまで細いと思ったことはないぞ? 俺はどちらかといえば薄っぺらいのだ。食べても食べても筋肉が付かない。牛乳を飲んでも飲んでも身長もあんまり伸びなかった――が、これでもギリギリ170cmに到達したのだ!

「細くて気が強い奴、俺好みだなぁ」
「え」

 アロイスの言葉に、俺は顔を引きつらせた。思わず吐き気がして、唇を抑える。

「なんか斬新な反応されたな! え? 神子様? リュート様?」
「呼び捨てで良い。そのなんか歯の浮くようなむっずがゆいセリフやめてくれ」
「――俺の事もアロイスと。って、初対面の時にも言ったな」
「ああ……あー、ええと、騎士団長だったよな?」
「おう、そうだ。俺のことをそんなに覚えていてくれるなんて、もしかして俺の好感度、上がってるのか?」

 ――好感度?
 これは俺の理解できる言語に、この世界の言葉が翻訳された結果なのだろうか?
 それとも、この世界にも好感度という言葉があるのだろうか?
 なお、桃恋では、初日の晩餐会で壁際のワインを飲むイベントをこなすと、全キャラクターの好感度(ただし遭遇後のみ)が見えるようになる。

 そうだよ! 俺は今後、フラグ管理をしないとまずいんじゃないのか!?
 ワインを飲みに行こう。現実(ゲンダイニホン)では未成年で、お酒なんか飲んだことはないけれど、この世界では、ゲーム画面でみんなワイングラスを手にしていたのだし。

「俺、喉が渇いたんで壁のところに――」
「お持ちいたしました」

 するとエデルが、俺の前に、ひょいとワイングラスを差し出した。え? 違うの。だめなの。俺、その、細いグラスに入ったオレンジジュースじゃ、好感度が見えるようにならないの。

「ご、ごめん、せっかくだけど向こうの――」

 俺は二人を振り切り、前に進むことにした。自分の未来を切り開けるのは、自分だけだ。そして、勢いよく、真正面にいた人の床についていた片マントの裾を踏んづけて滑った。

「うわ!」
「「!!」」
「――っ」

 俺の声、アロイスとエデルの驚愕、そして俺が踏んだ布の持ち主が呑んだ吐息。
 次の瞬間、転ぼうとしていた俺は、片マントの持ち主に片腕で抱きとめられていた。

「わ……あ、あ……ご、ごめんなさ……急いでたら、床を見てなくて……本当すみません」

 床に激突すると覚悟していたため涙ぐんでいた俺は、オロオロしながら顔を上げた。すると俺を抱きとめた人物が、怪訝そうな顔をした。

 目があった瞬間、俺は唇を半分ほどポカーンと開けてしまった。
 ――なんで魔王がここにいるんだ!? ラスボスだろ!? 潜入調査かなにかですかね!?

 魔王は、黄緑色と銀を溶け合わせたような輝く髪に、翡翠色の瞳をしていた。非常に長身で、俺と比較するならば、身長190cmくらいは余裕で有りそうに見える。アプリストアの画面に出ているイラストとは違い、現在角は無いから、人間に変装中だろうか?

 これがまた、腹が立つほどイケメンであるが、俺はもうイケメンは見慣れたし、男の顔面には興味はない。

 魔王は蔑むような顔で俺を見下ろしている。それから、眼光を鋭くし、俺の背後にいた二人を見た。

「開戦をしたいという意思表示と受け取って良いのか?」
「違います、そいつはただのバカの子です。俺が思うに、本当に転びました」
「騎士団長の仰るとおりです。どうぞご慈悲を」

 アロイスとエデルは低姿勢だ。状況が飲み込めない俺を、支えていた魔王がゆっくりと立たせた。そして俺を覗き込むように首を動かした。

「名前は?」
「リュートですね!」
「……」
「あ、あ、あの、あ、あ、あ、貴方は!?」

 魔王である。それは知っていたが、俺は仮にも神子だ。この国に、魔王が害をなそうとしているのならば、とめた方が良いに違いない。それでこその剣と魔法のファンタジー!

「グリュテノフ王国の爵位としては、魔王国との境界にあるリンダッツェを拝領している、アルトバルン=リンダッツェ公爵だが」

 ……俺の記憶によると、魔王の名前は、アルトバルン=ラ・リ・ゼ・ルラ=マ=フェルド=ミミーティシアだったような気がする。俺はカタカナに弱いから間違っているかもしれないが。とりあえず名前部分は同じだ。ということは、素性を偽って、この国の貴族になったのだろうか? 貴族ってそんなに簡単になれるのか?

「ええと、リンカッフェ公爵」
「リンダッツェだ」
「チンダッセ公爵!」
「リンダッツェ……――アルトで良い。気安く呼ぶことは許さないが、便宜上の問題だ。なんだ?」
「いつから貴族なんですか?」

 俺は名探偵になった気分で尋ねた。すると、アルト(魔王)が半眼になった。

「どういう意味だ?」
「え?」
「――グリュテノフ王国では、毎年爵位の見直しがある。そういった意味で言うならば、俺は一昨年からこちらの枠組みの中にもいるが、そうした新制度とは異なる古来から連なる人間の派閥という趣旨ならば――」
「? ごめんなさい、もっと簡単に喋ってください」
「本当に貴様は馬鹿なのか?」
「? 俺? 俺、学校の成績は悪かったかな? でも、人間、数学Aで人生がはかれるわけじゃないしな! 英語だって、使わなくても、今は翻訳ソフトが進化してるし!」

 質問の意図がよく見えなかったが、それ以上に、魔王の言葉が難解だった。
 魔王は、端正な右手で前髪をかき上げると、俺を見て嘆息した。

「そのように子供のようなままで姿だけ大人びて成長しても、誰にも害されなかったのか?」
「どういう意味だ?」
「馬鹿というのは言葉が悪かった。貴様は、無知だ」
「どう違うんだ?」
「より純粋に思えるということだな。少なくとも、魔王国であれば、三日と生きてはいられまい」

 それを聞いて、俺は相手の正体を思い出した。

「アルト。俺は気づいてしまった」
「何に?」
「重大な秘密に。それを話したいから、とりあえず俺があの壁際のワインを飲んできたあと、ちょっと二人きりでお話してくれませんか?」

 俺が意を決してこの国のためを思って言うと、アロイスとエデルが急に俺の口を押さえ、四肢をがんじがらめにしてきた。

「開戦だけは、やめてくれ!」
「神子様は、僕がワイン前にお連れしておきます! アルトバルン卿はごゆっくり!」

 このようにして、俺はズルズルとエデルに引きづられて壁際に向かう事となった。
 開戦って、何のお話だろうな?