【六】好感度マーク






「それより大変なんだ、エデル!」
「ええ! 僕の心臓は止まるかと思いましたよ!」
「え? どうしてだ?」
「……リュート様こそ、何が大変なんです?」
「魔王がいた! 内緒だぞ! 魔王がいた!」
「……」

 俺の言葉に、エデルが沈黙した。そして腕を組んだ。俺はとりあえず目的のワイン前に来たので、それを手に取り一口飲んでみる。初めて飲むアルコールは、甘い味がした。

「きっと潜入調査だ! この国は偵察されているんだ!」

 小声で俺は必死に伝えた。ギュッと目を閉じ、頑張って声を出した。しかしエデルからの反応がないので、目を開けると――彼の頭の上に、ハートマークが出現していた。あ。好感度マークだ。数値は……なんと、ゼロ? え? どう考えてもエデルの俺への好感度は100だろ?

「何もご心配なさらないでください、リュート様。全力で僕達がお守りいたしますから」

 俺の眼前でエデルがはにかんだ。赤面している頬を見ても、どこからどう見ても、好感度は100だ。しかしながら、数値はゼロだ。え?

「エデル……お前……」
「はい?」
「俺のことが好きだったんじゃなかったのか!?」
「お慕いしていますよ?」

 エデルが再び赤面しながら優しく笑った。
 ――だが、待って欲しい。数値はウソをつかない。どっからどうみても、好感度はゼロだ! つまり、エデルは嘘を言っているのだ。なんということだ、というか、どういうことだ?

「腹を割って話そう。俺も、本音を言えば、男に好かれたくないから!」
「!」
「何が一体どうなってるんだ?」
「――ですが、サラ様は厳しいと思いますよ? あの方は、非常に溺愛されておりますので」
「いや、そういう問題じゃなくて! 俺はこの国の神子なんだよな? だからこの国のためになることをしたいけど、チュ、チュウとかは無理で……」
「!?」
「だ、だから! 惚れてないんなら、だ、だから! 普通に協力できるなら、協力プレイしよ? な?」

 俺が必死で言うと、エデルが稲妻で打たれたような顔をしていた。そして目を丸くして、じーっと俺を見てから、腕を組んだ。

「では、こちらからも、腹を割ってお話を」
「う、うん」
「リュート様は神子なんですよね?」
「だと思う」
「とすれば、攻略したい最推しとやらがいると思うんですが、率直に言って誰です? 逆ハーレムエンド狙いですか? サラさんは、どこにもいませんが」
「まって、なんでお前がそんな用語知ってんの?」
「黙秘します」
「俺はさ、ただ冒険したかっただけで……男とは恋に落ちたくないです」

 俺がそう述べた直後、エデルの頭の上のハートが、透明から三割ほどピンクに染まった。そして『好感度30』と表示された。え、待って? 逆効果?

「まさにリュート様のような神子をお待ちしていたのです!」
「え、え? と、とりあえず、俺への好感度下げて?」
「爆上がりです!」

 上がったら困るんだよおおおおおお!

「リュート様。この国に、魔物討伐のために『無償』で『身体接触なし』で、お力をお貸しいただけますか?」
「? え? うん。全然良いけど?」

 俺がそう言うと、後ろから肩を叩かれた。振り返ると、宰相閣下が立っていた。

「今の内容の書類を作成した。署名を頼む」
「は、はぁ……」

 ギュッと羽ペンを握らせられたので、俺はその場で名前を書いた。すると、宰相閣下の好感度がゼロから2にあがった。

「私は仕事に戻る。あとは任せたぞ。その調子で。くれぐれも開戦だけは避けつつ、より良い条件を引き出してくれ、こちらにとってな」

 スタスタと宰相閣下は歩きさってしまった。それを見送っていると、エデルが嘆息した。

「リュート様がリュート様で本当に良かった」
「?」
「――気を取り直して、いいや、気分も新たに、それこそもう生まれ変わったような気分ですし、陛下にご挨拶してから、晩餐会を楽しみましょうか」

 エデルがそう言うと、丁度会場に入ってきた所だった国王陛下と、その隣に立っているサラ嬢を見た。国王陛下の頭の上には、好感度マークが出現している。好感度はゼロだ。エデルに促されたので、俺は二人の方向へ進む。するとサラ嬢と目が合った。

「ごきげんよう」

 挨拶されたので、俺は立ち止まった。

「神子様。エバート陛下の妃に相応しいのは、わたくしです」

 サラ嬢が、笑顔で言った――結果、音がして、国王陛下の好感度が1上がった。え? これは、いじめられた神子を哀れんで、同情して、好感度が上がってしまったという事か?

「エバート様の事を誰よりもお慕いしているのは、このわたくしです」

 国王陛下の好感度は、サラ嬢の言葉が終わると、今度は2も上がった。

「今夜もずっとわたくしが、エバート様の相手役を務めさせて頂きます」

 再び音がして、好感度が合計で5になった。
 不思議な上がり方に、俺はちらりと国王陛下を伺う。
 ……真っ赤な顔で、熱っぽい眼差しを、サラ嬢に向けている。もう見ただけで伝わって来る。誰がどう見たとしても、控えめに捉えたとしても、国王陛下はサラ嬢しか見えていない様子だ。

「わたくしは、エバート様を心から愛しておりますの」

 国王陛下の好感度が一気に10あがった。うん。これは……俺がいると、サラ嬢が独占欲(?)を発揮してくれるのが嬉しくて、俺の好感度が自動的に上がるんだろうな……。

「ああ、ええと、陛下はともかく、サラ様」
「エデル様、何か?」
「もう『悪役令嬢』の素振りは、不要なようです」
「え?」
「リュート様は、全面的にご協力下さるそうです」

 事情をエデルが説明すると、初めて国王陛下が俺を見た。

「男に興味がないという事は、女には興味があるという事か?」
「へ? はい」

 大きく俺が頷いた瞬間、音がして好感度が0に戻った。

「サラは俺の妃候補だ。まだ、候補なだけで、もうすぐ正式な妃となる予定だ」
「そうなのか、おめでとうございます?」
「……サラは俺のものだからな」

 必死で訴えるような瞳をして、国王陛下が俺に言う。すると隣で、サラ嬢が嘆息した。

「わたくしは、わたくし自身のものですが……」
「とりあえずご挨拶は、この辺で。陛下、サラ様、お二人も楽しんでくださいね。僕は、リュート様の案内を続けます」

 エデルは用件だけ伝えると、俺の腕を固く掴み、引っ張り始めた。サラ嬢の方は分からないが、恋する陛下の邪魔をしてはならないという配慮が伝わってきたので、俺は大人しく付いていく事にした。