【九】キス(☆)
階段を降りて外へと出ると、窓から見た場所と同じ所に、魔王が立っていた。
冬の夜は寒くて、雪こそまだないが、風が冷ややかだ。
「来てくれた事、礼を述べる」
「あ、いや……こちらこそ、今日から泊めてもらうから、挨拶しようと思って……」
「本来であれば俺から出向くべきだったんだが、たった今帰還した。すまないな」
「気にしないでくれ。怪我とかは?」
桃恋というゲームは、基本的に『キス』で神子の力を分け与え、『ハグ』で攻略対象の怪我を癒すゲームだった。それらをしない事になったとはいえ、俺も神子なのだから、力を分け与える事と怪我を癒す事は可能だと思う。
「問題ない。かすり傷程度だ」
「そっか。俺に出来ることがあったら言ってくれ!」
「見返りはなんだ?」
「え?」
「リュートと言ったな? 俺は何を提示させられる事になるんだ?」
「見返り……? 困った時は、お互い様だろ?」
俺が首を捻ると、アルトが虚を突かれたような顔をした。そして好感度が、マイナス2598になった。それをじっと見ていたら、音がして、好感度がマイナス3000に変化し、そのまま青いハートが消失した。
「神子の力で、人の深層心理を覗く術、俺は感心しない」
実に冷たい声が響いてきた。
――!? 好感度を見ていると気づかれた上に、それを見えなくされた? そんな事が可能なのか?
「本当に貴様が見返りを求めないというのであれば、この場で力を供与し、証明してくれ」
「え? あ、ああ……良いけど。どうやって渡したら良い?」
「――なんだって?」
「だから力だよ、力! 力はどうすれば、分け与えられるんだ?」
俺には、その部分からして分からない。
「……神殿に伝わっている書物では、口づけをすると記載されていたが、俺は本来、キスとは愛する相手とすべきものだと思っている」
「俺もそう思う。決してキスしたいとは思わない」
「だから俺は、それ以外の方策を、神子であるのならば貴様が知っているのではないかと期待して聞いたんだ。知らないのか?」
「知らないですね!」
はっきりと俺が断言すると、アルトが呆れ顔になった。
「キス以外の方法を知らないのに、キスを拒むという事は、はなから力を貸す気は無かったという事か?」
「へ? 違う。だ、だって……いや、協力したいけど、知らないんだよ、俺……」
項垂れた俺を見ると、アルトが軽く首を振ってから、嘆息した。そして俺の正面に立った。じっと俺を見ている。
「神子の力を借りずとも、魔物の脅威から、この人の国を俺は保護する。魔物被害により停戦協定を結んだ際に、それは決定された事だからだ」
「だけど被害が甚大だから、俺が呼ばれたんだろ?」
「……ああ。確かに、俺が素直に貴様から力を借り受けたならば、被害は抑えられるだろうな。だが、俺はリュートに何も返す事は出来ない」
「だからお返しはいらないから!」
「つまり、俺とキスをしても構わないという事あるいは、最初からキスがしたかったという事か?」
「構わなくないし、キスはしたくない!」
「矛盾しているな。ならば、どうやって力を与えてくれるんだ? それも分からないのだろう?」
それを聞いて、俺は戸惑った。アルトの言葉は正しい気がする。
「キ、キス……! 分かった。分かったぞ。キスの一つや二つ!」
「……」
俺は思い切って、背伸びをした。そしてギュッと目を閉じて、キスに挑戦する事にした。男同士だが、今はそんな事を言っている場合ではないだろう。アルトは身長が高いため、俺は必死で背伸びをしたのだが、ちらっと目を開けても、届く気配がない。肩に両手でつかまり、俺は今度は懸垂をする気持ちで、体を持ち上げた。すると、ようやく触れるだけのキスができた。チュっと可愛らしい音が出た。思いのほか柔らかかった。
「こ、これで良いか? どうだ? 力はみなぎ――!?」
俺が聞こうとした瞬間、腰に腕を回され、グイと屈んで顔を近づけられた。目を丸くした俺を抱き寄せると、アルトが不意に深々と唇を重ねてきた。え。驚いて何か言おうと開いた唇から、アルトの舌が入り込んでくる。え、え、え、ディープキス!?
「ん……っ、ッ」
ねっとりと舌を絡め取られた時、俺は大恐慌状態となった。どうしよう。息継ぎの仕方が分からない。今度は怖くなって、ギュッと目を閉じた。酸欠状態の俺の歯の裏側を、アルトが舌でなぞる。それから再び舌を絡めると、口を強く吸われた。
「っ、ン――!!」
瞬間、背筋がゾクリとした。息が苦しいだけでなく、なんと快楽が浮かんできて、腰に熱が集中し始めた。思わず押し返そうとしたのだが、体が震えてしまい、力が入らない。
「ぁ、っ――」
その時、俺の息継ぎを促すように、アルトが顔の角度を変えた。その瞬間、俺は必死で呼吸した。だがすぐにまた唇を塞がれる。舌をその後引きずり出され、甘く噛まれた時、ビクンと俺の肩が跳ねた。
――気持ち良い。
気づけば俺の陰茎が勃ち上がりかけていた。
「ァ、ぁ……っ、ぅ……」
頭がぼんやりする。キス、上手すぎるだろ……。俺、キスだけで勃っちゃうとか、想像した事も無かった。すっごく恥ずかしい。
「ん、ぅ……っ……」
再び舌を優しく噛まれ、俺は涙ぐみながら、静かに目を開けた。体がふわふわする。するとアルトが、翡翠色の瞳を俺に向けていた。目が合うと、アルトが唇を漸く離した。
「リュート」
「あ……」
「一体いつ、力を分け与えてくれるんだ?」
「え!? 今のでも、分けられてないのか!?」
一気に俺の逸物は萎えた。今のキス、無意味!? ただ気持ち良かっただけなのか? 俺のファーストキスだっていうのに!
「魔王である俺には、身体的な接触をしていれば、神子の力を強制的に奪取する事は可能だ。ただな、それは自発的な提供とは話が異なる。勝手に盗まれるのは嫌だろう?」
「お前が取れるんなら、取ってくれ! 俺は渡し方が分からないんだぞ!?」
「良いんだな?」
「あ、ああ!」
俺が大きく頷くと、再びアルトにキスをされた。すぐにまた、全身が熱くなった。いいや、また、じゃない。さっきとは全然違う事になった。
「う、ぅァ……あ、あ、あ」
思わず俺はもがいて唇から逃れた。全身が沸騰したように熱くなったのだ。今度は完全に、俺のブツはガチガチになっていた。頭の芯が痺れたようになり、全身から力が抜ける。
「う、フぁ……ひ、ゃ、ンん……んんん!」
そんな俺の手首を片手で握り、もう一方の手では腰を抱き寄せて、アルトが深々とキスをしてくる。端正な双眸を伏せているのが見えた。
「ん――!!」
その時、アルトが膝で、俺の陰茎を服の上から刺激した。
直後、俺は出した。下腹部がベトベトになってしまった。涙ぐんで、肩で息をしながら、俺は呆然とアルトを見上げる。ガクリと力が抜けてしまって、俺はアルトの腕の中に倒れこむ。するとアルトが俺を覗き込んできた。
「力は貰った。大丈夫か?」
「……大丈夫な要素が無いだろ」
「部屋まで送る。着替えは用意させてあったはずだ」
アルトはキスをしたというのに、平然としている。俺はまだ初の事態に動揺しているというのに……。こうして俺は、それから部屋へと送ってもらい、服を着替えてその日は寝た。