【十四】愛でられるとは?






 この日、アルトはずっと俺のそばにいてくれた。お茶の時間には一緒に紅茶とスコーンを食べ、沢山の話をした。アルトが俺に聞くのだ。

『好きな食べ物は?』
『好きな色は?』
『好きな動物は?』
『誕生日はいつだ?』
『好みのタイプは?』
『嫌いなタイプは?』

 まぁ、そんな感じの、俺のプロフィールを聞いてきた。それに答えていたら、あっという間に夕食の時間になった。本日は、子羊のシチューだった。それを食べながら、俺は聞いてみた。

「どうしてアルトは、俺の事を聞くんだ?」
「好きな相手の事を知りたいと思うのは当然だろう?」

 す、好きな相手……!! 気づくと俺は俯いて頬を染めていた。なんで男の言葉に、俺は照れてるんだ!! で、でも、アルトだけが、俺を好きでいてくれるのだ。自分の事をあんまり好きじゃない相手より、自分を好きになってくれる人の方が、一緒にいたいと思うのは当然だよな?

 食後は、アルトが部屋へと戻っていった。俺は入浴しながら、体を湯船に沈めていた。今日は、話が出来て良かった。明日からもぬりえを頑張ろうという気力が湧いた。そんな事を考えながらお風呂から出ると、アルトの姿がソファにあった。

「あれ? 帰ったんじゃ?」
「シャワーを浴びてきた。俺と寝るのは嫌か?」
「……う、うーん……え、えっと、腕枕って事か?」
「貴様の許しがあるのであれば、抱きたいが」
「な、無い! 許し、ないからな!」

 真っ赤になって俺が声を上げると、小さくアルトが笑った。その余裕のある表情を見て、俺ばかりが意識しているような気になって、恥ずかしくなってしまった。

「来い」

 立ち上がったアルトが、寝台へと向かう。そしてこの前と同じように、上半身の服を脱ぎ捨てた。俺は素直に従い、ベッドの上にあがる。するとすぐにアルトも俺の隣に横になり――そして、俺を抱きしめた。ギュッと抱き寄せられると、硬い胸板からアルトの体温が伝わってくる。

「……っ」

 その時、偶然なのだろうが、アルトの指先が、俺の乳首を掠めた。その瞬間、ゾクリとして、俺は目を閉じる。多分なのだが……18禁ゲームのヒロインポジションである俺の体は、過度に敏感になっているのだと思う。だって普段は乳首なんか感じないし、どう考えたってキスで勃っちゃったりしないはずだ。

 アルトも、神子はSEXを求めるって言ってた。そこからの推測だ。
 力を抜かれた時も、俺には尋常ではない快楽が襲ってきたのだし。

「!」

 俺が考えごとをしていたら、アルトが俺の首筋をペロリと舐めた。

「な、な、何するんだよ……!!」
「無防備だなと思ってな」
「アルトが何にもしないって言たんだろ!? 俺、信じてるからな!」
「手は出さない」
「でも今舐めた!」
「? 愛でないとは言ってないだろう? 少し触れるくらいSEXとは違う」
「え」

 俺は童貞なので、違いが分からない……。困惑して言葉を失っていると、アルトが唇の両端を持ち上げた。首を舐めるのは、セクハラとか、身体接触とは違うのだろうか? 俺、ちょっとよく分からないぞ!

 アルトが片手で、俺の髪を掬ってから、静かに俺の頭を撫で始めた。それから唇を俺の額に押し付けた。一瞬だったから抵抗する暇もなく、俺は目を丸くするしか出来ない。それからアルトは俺の頬を撫でた。時々俺の耳の後ろ側を擽っては、微笑している。

「俺に触られるのは嫌か?」

 優しい声音を聞いて、俺は即座に頷こうとしたのだが――……体は動かなかった。
 考えてみると、全然嫌ではないのだ。どうしてなんだろうな?

「嫌ではなさそうだな」
「え、え、な、なんでだよ!?」
「顔を見れば分かる」

 喉で笑ったアルトがあんまりにもイケメンに見えて、俺は悔しくなった。頬が熱い。嫌じゃないなんて口が裂けても言いたくなかったのに、俺って顔に出やすかったのか……。

「早く俺の体温に慣れてくれ」

 そう言うと、アルトが俺をより強く抱き寄せた。俺は額をアルトの胸板に押し付けて、自分の顔が見えないようにする。とっくに、俺はアルトの体温が好きになっているのだが、絶対にそれはバレないようにしよう。

 そんな俺を今度はアルトが両腕でギュッと抱きしめる。
 この夜は、アルトの温度に浸りながら――俺は爆睡した。


 朝。

「ん……」

 カーテン越しに入ってくる陽光で目を覚ました俺は、アルトはもう帰っただろうかと思って、隣を見て硬直した。そこにはまじまじと俺を見ているアルトがいたのだ。

「あ……」

 アルトは俺の唇に、不意にキスをした。すぐにそれは離れたが、思わず俺は真っ赤になった。

「な、何を」
「目覚めのキスだ。朝、ともに寝たら、起きた場合、魔族はキスをする風習がある」
「つまり、挨拶って事か?」
「――そうだな」

 ふぅんと思いつつ、俺にとってはキスはキスなので、照れるしかない。

「今日はゆっくりなのか?」
「ああ。昨日、あらかたの討伐が完了したんだ。残りは、今日は騎士団長が指揮する者達が掃討予定で、神官達もそこにいるから、負傷者も出ないだろう」
「そうなのか」
「休みなく働いていた俺は、今日は一足先に休んで良いと言われている。人間達は俺に気を遣い、俺を畏怖している」

 それを聞いて、俺は首を傾げた。

「アルトはこんなに優しいのに、どうして怖がられてるんだ?」
「俺の前魔王までは、人間と魔族は拮抗状態にあって、領土争いをしていた。だが、前魔王が人の国を魔物に襲わせる計画を立て、この地に魔物召喚魔法陣を構築したんだ。結果、それまで人間の土地には出現しなかった魔物が、特にこの領土を襲うようになった。見かねた俺は、前魔王を屠って、前魔王に従っていた魔族を粛清した」

 アルトは長々と目を閉じて、そんな事を語った。

「そ、それってやっぱり魔物は、魔王の手先だったって事か? アルトじゃないけど」
「そう表現する事は可能だろう」
「屠るっていうのは……こ、殺したのか?」

 俺にはない語彙力だ! だが、怖いのは分かる。

「いいや。魔術亜空間に封印した。それは死に等しくはあるが、改心すれば封印解除は可能だ。既に魔王としての力は、俺がすべて吸収したから、その者は魔王ではなくなったが、一人の魔族として生きていく事は可能だ」
「粛清っていうのは……?」
「投獄した」
「難しくて分からないけど、アルトは人間にとって良い事をしたんじゃないのか? 今だって人間のために戦ってるんだろ?」

 俺が尋ねると、アルトが苦笑して、俺の頬に触れた。

「――その後俺は、停戦条約を結び、この土地と爵位をもらい、確かに魔物の討伐をしている。だがな、仮に俺の気が変われば……前魔王よりも膨大な力を持つ俺は、すぐにでも開戦し人間の国を滅ぼす事が可能な力があるわけでもあり、過去よりも俺の治世において魔族は統制が取れているから、人間の国家など二時間もあれば滅ぼす事が可能となった」

 それを聞いて、俺は眉根を下げた。

「でもアルトは優しいから、そんな事はしないだろ?」
「どうだろうな。当初はそんな事をする気はなかったが、前回来た神子の対応で、少し考えが変わった」
「前の神子は何をしたんだ?」
「神子の力を使って、一時的に俺の魔力を吸い取り封印しようとした」
「え? なんでそんな事を?」
「魔力が枯渇すれば、魔族は暫くの間無力になる。その隙に、俺の上に乗りたかったようだな。率直に言って、逆レイプされそうになった。俺達魔族は、男女問わず恋愛をする生き物だが、強姦を許容できるほど優しくはないし、快楽主義でもない」

 俺はポカンとしてしまった。

「あの女は、俺に跨ろうとした。俺は無理に魔力を解放して、撃退したが、嫌悪しかない。その事実をこの城の者も皆知っているから、魔族はあまり神子に良い感情は抱いていないんだ」

 それを聞いて、何度か俺は頷いた。

「今でも人間の国の末端の者は、魔王が諸悪の根源だと考えている。俺は当初、人間達が俺を屠るために、神子をこちらへ寄越したのだと考えて、開戦を検討した」
「そ、そうだったのか……」

 そういえば、俺もこの世界に来た直後は、『魔王を倒すために力を貸して欲しい』と言われた。あの時俺を迎えに来た騎士達は、末端だったのだろう。

「じゃあ、俺のことも、アルトは普通なら、嫌いになるんじゃ?」
「――必死に、俺の肩に掴まって背伸びをしていた貴様があんまりにも可愛くてな」
「へ?」
「悪意がないことがすぐに伝わってきた。特に、表情からな。リュートは、本当に顔に出やすいらしい」

 アルトはそう言ってクスクスと笑うと、俺の隣で上半身を起こした。

「そろそろ朝食の時間だ。今日は、ダイニングで食事をしよう」
「あ、ああ」
「着替えてくれ。俺も一度部屋に戻り着替えてくる。この部屋ばかりでは退屈だろうからな、今日は少し、城の中を案内しよう」

 それを聞いて、俺は首を振った。

「気持ちは嬉しいけど、俺は塗り絵をしないと」
「――お守り、か。その件については、神官長に俺は少し聞いてみたいことがあるから、今日は休むといい。働き詰めはよくない。聞くといえば、執事も問いたださなければな」

 確かに俺は、一度も休んでいない。だから小さく頷いて、俺も体を起こす。
 アルトはやっぱり優しいなと俺は、改めて感じたのだった。