【1】彼氏にしたい芸能人、高校生部門1位。



「はーい、お疲れ様でーす」

 マネージャーの木崎亮生の声に、頷いてから深山時野はパイプ椅子に座った。

 ファッション雑誌のモデルが、本日の仕事だった。男性誌ではない。女性誌の『彼氏とのデート特集』に、彼氏役として出る事になったのだ。

 彼氏にしたい芸能人、高校生部門1位。

 それが深山時野の評価である。

「どっちがいい?」
「お茶が良いっす」

 簡潔に答えた時野は、受け取ったタオルで汗を拭いてから、ペットボトルの蓋を捻った。すると先ほどまで自分が立っていたスクリーンに、新番組の番宣のデモが流れ始めた。

『人類の知性は目を瞠る進歩を見せている』

 自信に溢れた鋭い眼光で、白衣姿の男が球体を持っていた。
 黒い髪と目をしている、彫りの深い顔立ち。心地の良い声。

 腐っても芸能人の端くれなので、先輩俳優達の顔は覚えているつもりなのだが、見たことがなかった。何気なく見ていた時野の視線に気づき、亮生が振り返る。

「ああ、アレね。雰囲気あるよね。さすがはプロの研究者って感じ」
「プロの研究者?」
「手に丸い玩具持ってるでしょ。あれを日本で売り出すんだって。番組開始にあわせて。なんでも、あそこに出てる博士のいる研究室が作った、すごく難しいパズルらしいよ。『インテリジェンス・デザイン』っていう番組なんだ」

 亮生の声に頷きながら、時野は番宣を見守った。イケメン博士は、三十代半ばだろう。骨張った指で、掌サイズの球体を弄んでいる。

『この、天才発掘プロジェクトの最初の難関、2KHの立体パズルを、君は解くことが出来るか? 第一の試練の合格者には、50万円を贈呈しよう。正解者は、訳知り顔で教壇に立つ先生を、たった一年早く生まれただけで勉強が出来る気になっている先輩を、あるいは生意気な生徒や後輩の鼻をあかすことも可能かも知れない』

 挑発的だなと思いながら、時野はお茶を飲んだ。
 するとそこに、テレビ局のスタッフが走ってきた。

「お疲れ様です、ちょっと良いですか?」

 時野が見上げると、代わりに亮生が一歩前へと出た。

「どうしました?」
「この番組、最初は各都道府県一校ずつ、あ、都内だけ3校でやるんですよ」

 スタッフがスクリーンを一瞥した。馴染みの顔だった。

「それで、良かったら時野くんに出て欲しいなと思って、ですね。学校側には承諾を得ているので、収録することは決まってるんですが。やっぱり、こう、ねぇ? 売りが欲しいじゃないですか。彼氏にしたい高校生No.1の、普段の高校生活風景なんて、クイズの正答よりもみんな気になってるはずですよ」

 微笑して亮生は頷いている。時野は正直不安になり、顔が引きつりそうになった。実は時野は、口下手なのだ。だからバラエティ番組はこれまで必死に回避してきた。問題はそれだけではない。時野は学校で浮いているのだ。今年に入って、春のクラス替え以降、ようやく一人親しい友人が出来たのだが、それまでは友達一人いなかった。

「前向きに検討してみます」

 亮生の言葉に、スタッフは目を輝かせて、礼の言葉を口にしてから歩き去った。
 嫌な流れに、時野は俯く。すると亮生が苦笑した。

「テレビのお仕事も、少しずつ増やしていきたいと思っていたところだしね」
「でも俺、面白いこと言えないっすよ」
「別に自然体で良いんだよ。無理に場をわかせる必要もないし。君はいるだけで良いんだよ。いっさい喋らなければそれはそれで魅力になるしね。寡黙って言うのかな」

 朗らかな亮生の声に、時野は泣きそうな顔で笑った。