【2】個性的なクラスメイト
月曜日、憂鬱な気持ちで時野は、在籍する都立F学園高校二年一組へと向かった。
校門を過ぎてから教室の扉を開くまでの道中、何度も視線が跳んできた。あまり気分の良いものではないが、もう慣れた。
教室の後ろ側の扉を開けて、入ってすぐの一番後ろの席に鞄を置く。
「おはよう」
椅子をひいた時、隣の席の北条要が声をかけた。金髪碧眼の帰国子女は、視力良好なのだが紫外線をカットすると言って、度が入っていない眼鏡をかけている。時野は、自分よりも余程要の方が顔が良いと思っている。飄々とした性格の要は、時野が学校生活をしていて初めて得た友人だ。学年首席である。この学園では、上位十名のみ成績が発表されるのだ。
「時野、古典」
手を差し出した要のいつも通りの姿に、少しだけホッとして、時野はノートを渡す。
古典だけはあまり得意ではないらしい。代わりに時野は、仕事で欠席した授業のものをはじめ他の教科のノートを要から借りている。昨年までは貸してくれる友人もいなかったため、こんなやりとりがいちいち嬉しい。
ただ――古典のテストは一時間目で、後五分で開始だ。一読しただけで成績を維持できる要が不思議で仕方ない。自分も勉強するかと、時野は参考書を開いた。
「あーあー、真面目ですね!」
そこへ声がかかった。時野は顔を上げて、引きつった笑みを浮かべた。
振り返ったのは、前の席の縁=フォスターだった。金色の髪に紅い瞳をしている。
縁とは何度か同じクラスになったことがある。彼も時野同様幼稚舎からこの学園に通っているのだ。しかし、縁は別に友達ではない。仲が良いわけでもない。縁は、時野とは違った意味で、浮いている。縁の場合は、中身がぶっ飛んでいるのだ。
「勉強など下々の者がする事です」
余裕たっぷりにそう言って笑った縁は、日本有数の資産家の息子だ。縁もまた外見が秀でている。だが近寄った者は、『ついていけない……』と悟り、すぐに縁から離れていく。この学園では、縁に関わるのは自殺行為だという伝説がまことしやかに囁かれている。一説によれば、縁に嫌味を言った生徒の親の会社が即日、縁の家の経営する投資ファンドの手により買収されて倒産した、などという話もある。
その時チャイムが鳴り、教師が入ってきた。朝のSHRが始まる。
担任の来波がつらつらと挨拶を述べること十分。多くの生徒は、そっちのけでノートや教科書、参考書を見ている。前を向いているのなど、縁くらいだ。さてSHRが終わろうとした時、教室の扉が開いた。皆の視線が向く。入ってきたのは、鞄を肩の後ろにかけるように持った、山瀬相だった。
「遅いぞ、生徒会長」
来波の声に、相が目を細める。不機嫌そうだった。実に不機嫌そうな顔だった。その迫力に気圧され、皆が黙る。このF学園高校の生徒会長にして、裏番長だと囁かれる相は、整いすぎた顔立ちも手伝い、特に朝は怖ろしいのだ。実際には、低血圧の彼は、ただ眠いだけらしいのだが、周囲はそうは思わない。やはり彼も関わってはいけない存在と認識されている。ちなみにこの学園の会長職は、前任者の指名制だ。
「あー、その」
相はポケットに両手を入れると、顔を背けた。
「道に迷ったんだ」
「お前の家から学校までの間にはジャングルでも広がってるのか? もういい座れ」
頷いて、相が席に着いた。要の正面、時野の斜め前、縁の隣である。
時野は自分の席の位置を気に入っているが、要は兎も角前の二人が頭痛の種だった。基本的に班編制をする時なども、この席順で別れる。二十名のため、大体四人一組だ。
イケメン班、と呼ばれることもある。しかしそれ以上に、キワモノ班と呼ばれることが多いとも知っていた。
「よし、一時間目。古典のテストを始めるぞ」
先生の言葉に、皆が気合いを入れ直す。
「だりー。面倒くせぇな」
相がふんぞりかえって呟いた。縁は、プリントを受け取り名前を書くと、すぐに睡眠の姿勢をとる。要だけは普通にテストに臨んでいる。決して相や縁の色には染まってはならないと時野は考えながら、ペンを握った。