【3】インテリジェンス・デザイン――高校生クイズ(予選)――
さて、二時間目は、総合的学習プログラムの時間だった。
簡単に言ってしまえば、自習の時間である。いつもは皆がダラダラと過ごすのだが、この日は違った。
「えー、本日は、テレビ局の撮影が入ります」
来波の声に、時野は息を飲んだ。見れば、顔なじみのADなどが入ってきた。『インテリジェンス・デザイン』という番組名が入った白い上着を羽織っている。
「班ごとに別れて、クイズに挑戦してもらう。抜き打ちだ」
担任の言葉にクラスがざわついた。いくらなんでも、テレビ局も事務所も仕事が速すぎるだろうと泣きそうになる。その上、班ごとである。好きな相手と、と言う組み分けだったらあぶれる可能性が高いため辛いところだったが、班ごとも今回の席順に限っては同じくらい辛い。
それから時野に気づいたスタッフ達は、お辞儀をしたり手を振ったりした。時野は必死で会釈を返す。その後、テレビ局の人々が、番組について説明した。この学園には時折テレビが入るから、皆がお祭り気分で盛り上がっている。憂鬱な顔をしているのは、ある意味時野だけだ。いや、そんなことはなかった。
「怠っ」
班で机をあわせるため、移動させながら相が呟いた。心底面倒くさいという顔をしていた。座り直した相は、着崩した制服の首元を弄っている。彼も時野の同類だ。
一方、縁は満面の笑みを浮かべていた。
「面白そうですね。私に挑戦するとは良い度胸です」
実に楽しそうだ。内心溜息をつきながら、時野は机を動かした。そして要を見る。
要は笑うでも怒るでも不安がるでもなく、本当にいつも通りの無表情だった。
「全問正解した班には、賞金50万円です」
響いた声に、どよめきが起こる。縁がスッと目を細めた。
「はした金ですね」
「寿司、良いよな」
しかし相が不意にそんなことを言った。それを見た縁が、頬杖をつく。
「寿司ですか? 貴方は焼き肉派に見えますが。それも庶民が行く典型例の食べ放題」
「俺はなぁ、油ものはあんまり好きじゃねぇんだよ」
答えた相は不機嫌そうに見える。怖い。だが縁に恐れは見えない。
「あなた達は、賞金を何に使いたいのですか?」
縁に問われ、時野は唇を指で撫でた。別に欲しいものはない。要の様子を窺うと、彼は配布されているタブレットを受け取っていた。
「俺はいくらが食べたい」
視線に気づいた様子で要が言う。寿司に行く流れなのかと思案してから、時野も答えた。
「俺は中トロ」
「私は卵一択です」
縁がそう締めくくった時、再びテレビ局スタッフによる教示が入った。
「今からモニターに問題を映します。皆さんは、タブレットに回答を書いて下さい。全部で七問です」
四つ合わせた机の中央に、要がタブレットを置く。
Eというラベルが付いていた。ここは暫定的にE班となった。テレビカメラは他の班も映しているのだが、時野がいるこの班だけ、二台設置されている。
その内に、モニターにデフォルメされたピエロが現れた。
『一問目――国語です』
笑みを含んだ音声が流れるのに合わせて、ピエロの口も動く。
そう言えば全国の高校で行うらしいと時野は思い出した。一般常識クイズか何かなのだろうか。画面を見守っていると、漢字が表示された。
『黄玉――読み仮名を書いて下さい』
時野は目を伏せた。コウギョク? 聞いたことがない。それから目を開けると、縁が難しい顔をしていた。
「キイロダマ? これは、日本語ですか?」
「全然分からない」
要が呟く。あ、一問目で全滅か。時野は、少し気が楽になった気がした。
「トパーズに決まってんだろ」
だが、さも当然だという風に相が言った。ト、トパーズ……? どこをどう読めばそうなるのかさっぱり分からなかったが、確かにトパーズは黄色い石といえないことはない。要が納得したように頷いている。時野が見守っていると、縁がタブレットにトパーズと書いた。少しだけ、ドキドキした。
『正解は、トパーズです。第一問通過者は、A班、B班、E班です』
ピエロが言った。安堵すると同時に、意外とみんなできるんだなと時野は驚いた。
『二問目――数学です』
今度はモニターに図表が現れた。縁がまた難しい顔をする。それから相を見た。
「わかりますか?」
「俺は数学は無理」
それから相は、時野と要をそれぞれ見た。視線に気づいたものの、時野は腕を組むしかない。要ほどではないが、そこそこ時野も数学は得意だ。しかし何度考えてみても、これは教科書の範囲の数学ではない。
「3だよ」
要がぽつりと言った。すごい。流石要だ。時野が素直にそう考えていると、相が「さっぱりわかんねぇ」と呟き、縁が「わからなくとも正解すればいいのです」と口にして、タブレットに書き込んだ。
『正解は、3です。第二問通過者は、B班、D班、E班です』
やっぱりこのクラス、結構すごいんじゃないのかと時野は思う。しかし既に、B班とE班以外は50万円への道は途絶えた。
『三問目――美術です。この絵画のタイトルを答えて下さい』
ピエロがそう言うと、今度は画面に絵画が表示された。見たことがある。ファミレスに飾ってある絵に似ていた。
「簡単ですね」
今度は縁が静かに口にした。そして……英語とも違うどこかの国の言語をタブレットに綴った。三問目も正解だった。縁は、邦題ではなく絵画の原題を書いたのだ。
『四問目――音楽です』
続いて曲が流れた。クラシックだと言うことは、時野にも分かった。
すると再び縁が悠然と笑った。
「この程度、常識です」
再び縁は原題を書き、正解した。これまで時野は、縁の頭はとても悪いと思っていたから、教養があることに驚いた。
『五問目――体育です』
なんだろう、保健体育でもやるのだろうか。時野が腕を組んでいると、教室の後方にマットが運ばれてきた。
『左手だけで、逆立ちし、その後空中で一回転して着地し直立して下さい』
あ、本当に体育なのかと、時野は生暖かい気持ちになった。
ここまでの通過班はB班と、E班である。そしてB班には、運動推薦で入ってきた運動神経抜群の高上優雅がいる。順に行う中、見事に遼雅はやってみせた。さて、うちの班は誰がやるのだろうかと考えていると、縁と目があった。それとなく視線を逸らすと、今度は相と目があった。それも交わすと、なんと要とも目があった。
た、確かに自分は出来るだろう。時野は漠然とそう思った。時野の実家は、古武術の道場をしていて、代々SPを多数輩出している家柄なのだ。
「ファイト」
要が淡々と言った。やるしかない。時野は悟った。出来ればスポーツが出来るイメージなど欲しくはなかったが、班の全員が自分を見ているのだから仕方がない。溜息をついてから、時野はマットの前に立った。そして、左手で逆立ちをした。クラスからどよめきが漏れる。時野が運動を得意とすることは、昔からこの学園に通っている生徒達の幾人かは知っていたが、やはりイメージには無いのだ。
スッと着地すると、拍手が起きた。無事に成功したことに安堵しながら、時野は席へと戻った。
『六問目――論理テストです』
ピエロの声に続いて、今度は川の絵と文字が表示された。
「私はこの手のテストは嫌いです」
縁が目を細めた。相は頬杖をついている。
「俺は嫌いというか、分からん。考えるのも怠ぃ」
時野は必死に考えてみた。だが、途中で詰まる。それから要を見ると、小さく頷いていた。
「7だよ」
さも納得したという顔で、縁がタブレットに書き込む。絶対に分かっていないだろうに。
すると相が、宙に指で線を引いた。こちらは、「なるほどなぁ」と本当に理解しているようだった。時野もそれに倣う。
『それでは最終問題です。七問目――パズルです。この球体を、五分以内に、二つにわって下さい』
ピエロの声が終わると、スタッフ達が、球体を配布した。テレビ局の番宣で見た代物だった。受け取った要が、じっとそれを見据えた。僅かにその目が細くなる。いつになく真剣に見えた。要のこのような表情は初めて見る。
「なんですか、これは」
縁の言葉に、要は顔を上げた。
それから再び思案するような顔つきで、パズルを見る。
「まかせた」
最初からやる気がないというか、自分に解けるはずがないと諦めている相は、両腕を机にのせて見守る体勢になった。時野もまた見ていることにした。
すると、嘆息してから、要が左手に球体を乗せた。
そして――一瞬で二つにわった。
なんだ、案外簡単だったなと思う。しかし、B班の様子を窺うと、苦戦していた。そのままタイムアウトとなった。
『全問正解、初戦通過はE班です』
ピエロの声に、歓声が上がった。何とか勝ち抜いたことに、時野はホッとした。要は別に喜ぶでもなく、ただじっとパズルを見ている。相は相変わらず気怠げな表情だ。ただ、縁だけが口角を持ち上げて笑っていた。
「私がいるのです。当然ではありませんか」
「まぁお前、二問も当てたしな」
相が頷くと、縁が自慢げに頷いた。
このようにして、クイズ番組の収録は終わった。ただ、時野は嫌な予感がしていた。ピエロは、『初戦』と言ったのだ。まさか、まだ、続くのだろうか……?
「以上で収録は終わりです。皆様ご協力有難うございました」
映像終了後、スタッフ達が笑顔で腰を折った。
まぁ、何はともあれ一段落だ。すでに時刻は昼休みに突入していた。
撤収していくスタッフを見守っていると、相が呟いた。
「で、賞金はいつ渡されるんだ?」
誰も答える人間はいなかった。