【21】キメラ



ソファに深々と座って四人は、それぞれ飲み物のカップを手にし、ぼんやりとしていた。

「でもさ、信じられないよな」

 時野が呟くと、縁が視線をあげた。

「ええ。そもそもあの生物は何なのでしょうか」
「詳細が届けられるって言ってたし、それを待つしかないだろ」

 相が言うと、要が組んだ指に唇を寄せて頷いた。

 そこへノックの音が響き、扉が開いた。一同が自然と視線を向けると、そこには亮生が立っていた。

「優勝おめでとう」

 朗らかに笑った亮生を見て、時野は体から力が抜けた気がした。緊張感など欠片もない。

「あの映像は事実なのですか?」

 しかし単刀直入に縁が聞いた。すると亮生が困ったように笑う。

「そうなんだよね。日本のニュースは、今、あの動物一色だよ」

 近くの椅子に座った亮生に、時野は珈琲を淹れて手渡す。
 礼を言ってから、亮生がそれを受け取った。

「東京もね、封鎖されたよ」
「え」

 思いにもよらなかった言葉に、時野は目を見開く。

「日本では、主に首都圏で繁殖してるから」
「いつから?」

 相が気怠げな眼差しで聞いた。すると亮生が、深く息を吐いた。

「メディア関係者の間では、結構前から噂になってたんだけどね。こんな風に爆発的に増えたのは春くらいからかな」
「知ってたのか」

 時野が呟くと、亮生が小さく頷いた。

「ここに来る前、クイーンズ教室の妃真夜博士にインタビューに行ってきたんだよ。いやさぁ、要くんのこと、知りたがってたよ」
「話を変えないで下さい」

 縁がきっぱりというと、亮生が苦笑した。

「一応ね、キメラの事も聞いてきたよ。それを話そうと思ってきたんだ。許可は取ってあるよ。ただね、聞いてきた俺も信じられないんだよね」
「あの生物は一体何なのですか?」
「うーん。最初に確認されたのは、1999年だって。その年にね、ようするに十八年前、この島が海底から浮上したらしいんだ。そんな気配は微塵もなくて、まるで急に現れたみたいだったんだって。少しだけニュースになったんだけど、君たちは生まれてないから知らないか。それにすぐに忘れられた」

 亮生は穏やかな声で語る。カップを傾けてから、続けた。

「この島では、遺跡が発掘されたんだ。日本の古墳時代の石室によく似ている遺跡でね、壁画の他に、古代文字なんかも発見されたんだって。日本語は、記紀の時代から漢字を当てているけど、読み方は独自でしょう? 勿論、類似した言語はアジアには色々あるけどね。それで、神代文字なんて呼ばれるんだけど、太古の日本で使われていた文字じゃないかなんて言う仮説もある」

 静かに四人はそれを聞いていた。時野は、その遺跡と生物に何の関係があるのか、内心首を傾げていた。だが、すぐに亮生が関連を告げた。

「遺跡には、女性の遺体――というのが正確かは分からないけど、それとね、二匹の生物がいたそうだよ。生物は生きていた。最初に発掘に入った研究員を襲って、まぁはっきりいっちゃうと食べて、逃亡したんだって。それが、最初に確認されたキメラ。映像が残ってる。どうやって中に入ったのか……あるいは、遺跡が作られた当時に中に入ったのかは定かではないんだけどね。古代生物との見方が強いみたいだよ」
「じゃあ、大昔の生き物って事か?」

 相が聞くと、亮生が真剣な表情に代わり、頷いた。

「類似の化石は見つかっていないけどね」

 実感がわかなくて、時野は腕を組む。太古の生物が生きている例は、シーラカンスなどあり得るとは思うのだが、仮に大昔に石室に入ったとすれば、怖ろしい寿命を誇っていると考えられる。

「ちなみに、女性の方もね、特異だったんだ。腐敗していなかったみたいだよ……それだけじゃなくてね、うん、生きていたみたいだよ。意識はなかったそうだけど」

 ホログラム映像で見た女性のことを、時野は思い出した。あの映像にキメラは映っていなかったが、恐らくそれ以外は、忠実だったのだろうと漠然と考える。

「研究者の間では、マリアと呼ばれているんだって。聖母様からとったんだろうね。マリアに関しては、要君も知ってるんじゃない?」

 亮生のその言葉に、時野は要を見た。すると小さく頷いて、要がカップを置いた。

「卵子が摘出されて、クイーンズ教室に保存されてる。死後の解剖記録映像も残ってる。公的には公表されていないけどね。石室の研究報告も見たことがあるよ。正確には、古墳時代じゃない。もっと古いんだ。縄文時代の遺跡だと考えられる。ただ、俺はその遺跡とこの島の遺跡が同じものだとは考えていなかったよ。酷似しているとは思ったけど。キメラのことも知らなかった。知っているのは、先史人類に分類される可能性を秘めた――……」

 言いかけた要が言葉を句切った。俯いているその瞳は、透き通るようだった。
 要はそのまま何も言わない。
 時野が見守っていると、不意に相が膝を組んだ。

「とりあえず、キメラが古代生物かも知れなくて、人間を食い荒らしてて、東京が封鎖されたんだよな? 話しからすると、世界中にいるのか?」
「うん。多くの国で発見されているよ」

 亮生が頷くと、相が小刻みに頷き返してから続けた。

「妃廉博士は、キメラだけが要因じゃないけど、世界が危機だって言ってたよな。じゃ、他の要因て、何なんだ?」
「うーん。笑わないで聞いてくれる?」

 亮生が顎に手を添えた。そして、一枚のディスクを取り出した。

「これを見て欲しいんだけど」

 受け取った相が、モニターしたの再生機に歩み寄る。ディスクを入れると、すぐにモニターに映像が映った。それを見て、時野は思わず眉を顰めた。

「なんだこれ?」