【22】空に走った黒い亀裂


 そこには、奇妙な形の飛行機が映っていたのだ。飛行機と呼ぶのが正確なのかは分からないが、とりあえず空に浮かんでいる。印象としては、空飛ぶ円盤だ。円盤……UFOと呼ばれるようなものに見える。

「一ヶ月前に墜落して、大騒ぎになったんだよ。理由はね、中から発見された人。一応、ロシア政府は、軍の最新兵器だって発表したけど、違うって言うことは、各国の研究者はみんな分かってる。だってこれね、最初は、隕石だと思われてたんだよ。宇宙から、飛来したんだ。だから隕石映像を撮ろうとした人たちが撮影しちゃったんだよね」
「人が乗っていたのでしょう? 宇宙人と言うことですか?」

 縁が信じていない様子で首を傾げた。亮生は天井を見上げながら続ける。

「分かってない。問題はね、さっき話した古墳で発見された女性と、DNAが一致したことみたいだよ」
「え? 宇宙人と古代人は一緒って事か?」

 時野が目を細めると、困ったように亮生が頷いた。

「うーん。そう言うことになるのかなぁ? 誰もね、真実は分からないんだよ。分かってることの一つをあげると、中にいた女性自身から、音楽が流れたんだって。実はね、古墳で発見された女性からも、類似の曲が流れたんだ。どちらもやっぱり映像に残ってる」
先日縁がピアノで再現した音を、時野は思い出した。あの曲がそうなのだろうと直感した。
「その歌がね……石室の方では、特に人体に被害はなかったんだけど。今回のUFO騒ぎの時は、不思議な現象を起こしたんだよね」
「どのような現象ですか?」
「一つ目は、集団幻覚。みんなが空に亀裂が走って、そこから黒いドロドロした怪物が這いだしてくるのを見たんだって。ただね……一応、幻覚と報道されてるんだけど、これ、見て」

 亮生がリモコンを取り、別の映像に切り替えた。

「うわ」

 思わず時野は声を上げる。そこには、空中にはっきりと亀裂が走っていたのだ。まるで、空が硝子のようになり、罅が入っていた。しかし、猫の目のような形をした亀裂の向こうは、海の中のようにも見える。漆黒だったが。

「映っちゃってたんだよね。映像に。幻覚だったらさ、映らないでしょ。人類の危機って言うのはさ、正確にはこっちのことなんだよね。ほら、姿を現した物体から、黒い液体みたいなのが漏れてるよね? それは、真下の街に落下したんだよ。結果、その街は消滅した。人も家屋も山も湖も、音もなく消えたみたいだ。残ったのは、巨大なクレーターだけ。こっちは当初の報道で言われていた、隕石が落下した結果、という事になってる。今ね、この亀裂も色々な国で目撃されてるんだよ。亀裂の向こうから現れるのは、ドロドロとは限らないみたいだけど。共通しているのは、人間にとって脅威だっていう事かな。形は様々だけど、いくつかの街は、もう消えて無くなってる」

 にわかには信じがたい光景だった。時野は、言葉を発しない要を一瞥した。要は静かに映像を見ているだけだ。

「この映像が本物だとして……」

 相が困惑したように言う。

「俺達は、これに対抗する手段を探すって事になるのか?」
「そうなるね」
「無茶ぶりだろ……」

 相の言葉はもっともだった。時野は思わず両腕で体を抱く。つらつらと話していた亮生も声を飲み込んだ。

「要。あなたはどう思いますか?」

 縁が聞くと、要が顔を上げた。

「まだ情報が足りないから、何とも言えないけど――これは必ずしも、現在の人類に絶対的に再現できないことだとは思わないよ」

 時野は、要が何を言いたいのか、よく分からなかった。