【２３】博士からの呼び出し

　その後亮生が帰り、入れ違うようにして研究者らしき青年が、言付けを持ってきた。

「エリア６に着て欲しいと、廉博士からの伝言です」
「エリア６？」
「地下六階です」

　相の問いに、青年は単純明快に答えた。

　青年に先導されて、四人は部屋を出る。青年は、チラチラと要を見た。そして好奇心旺盛そうな光を瞳に宿し、どこか高揚するように切り出した。

「は、はじめまして、２ＫＨ博士。お会いできて光栄です。俺は、ジェラルドと言います」

　流暢な日本語だったし、外見は日本人だったから、出てきた名前が意外だった。しかし時野はもう驚かない。国籍など、このホテルにおいては全く分からない事に気づいていた。

「よろしくお願いします」

　要はと言えば、気のない返事を返す。エレベーターに乗り込むと、首から下げているカードを、ジェラルドがボタンの脇の溝に走らせた。すると下部の蓋が開き、地下１０階までの階数表示が出た。それからジェラルドが楽しそうに様々な話しをしていたのだが、時折要が頷く他は、皆無言だった。

　エレベーターから降りると、埃除去装置のような場所を連れられて抜けて、白が基調の、いかにも研究室らしき場所に通された。様々な人々が、顕微鏡を覗いていたり、試験管を動かしている。

「こちらです」

　そのフロアを奥に進み、小部屋へと一同は案内された。

　カードキーで解錠された扉の向こうは、やはり白い。しかし、執務机とソファ、テーブルの他には、スクリーンが降りているだけで、特に何もなかった。

　机の上には、ノートパソコンと地球儀がある。他の部屋に比べれば、簡素な印象だ。
　ジェラルドは中には入らず、扉を閉めた。

「改めまして」

　部屋の奥には、先ほど会場で見た、妃廉の姿があった。
　白衣を着ている。痩身の青年だった。

「座ってくれ」

　促されて、四人はソファに座る。すると廉が、パソコンのキーボードを叩いた。唐突だった。特に説明するでもなく、さも当然であるかのように、スクリーンに映像を流す。

　時野達は、それに視線を向けた。そこには、石室のホログラムで見た女性とそっくりの人物が、目を伏せて映し出されていた。

「君たちを呼んだのは、他でもない」

　廉は肘をつき、頬杖をついて、やはりそれを見た。

「この人物――イヴを、解剖してもらいたいんだ」

　か、解剖……？　時野は思わず半眼になった。勿論普通の高校生である時野には、解剖の知識など無い。

「その過程で、音楽が流れると推察される。縁くんにはその解析をその場で手伝って欲しい。また、撮影しても、映らない部分が存在する。相くんには、その部分を正確に記憶し、絵で再現して欲しいんだ。執刀は要。手順は分かっているな？」

　縁と相が顔を見合わせる。要は小さく頷いた。時野は、ああ自分は不要だなと、少しだけ安堵した。

「では、疲れているかも知れないが、四人で早速頼む」

　しかし、四人と強調されて、時野は泣きそうになった。いる意味があるのか分からない。
その時要が呆れたように吐息し、顔を上げた。

「今から？　急だよ。ＭＲＩやＸ線もとりたいし、器具の用意もあるから、せめて明日以降にして」
「それらの用意はこちらでしてある。要、お前鈍ったのか？　こんな単純作業に、準備も何もないだろ。やれ」

　廉は呆れたようにそう言った。要が言葉に詰まっている。解剖とは単純作業なのだろうか。天才の考えることはよく分からない。

　それからさらにパソコンのキーボードを叩き、廉がＭＲＩ画像などを表示させた。同時に要には、白い封筒を投げる。乱暴だ。受け取った要は、中からＭＲＩなどの現物を取りだした。目を細めて、それを確認している。

　隣に座っていた時野が見ると、右の頭部が頭蓋骨に沿って円錐のような形で真っ黒にそまっていた。この部分が画像に映らないのだろうか？　それ以外は、眼窩も鼻も歯列も、骨も、時野も見たことがある人体に思えた。これが宇宙人だと言われても、あるいは古代人だと言われても、ピンと来ない。

「場所はエリア７だ。健闘を祈る」

　廉が、さっさと出て行けという風に手を振った。要が立ち上がったので、一同はついていった。フロアを抜け、今度は階段を下りる。歩きながら、縁が呟いた。

「音楽が聞こえてきたら、私達にも集団幻覚が見える、というか……この施設に亀裂が現れるのでしょうか？」

　すると要が首を振った。

「多分それはないよ」

　それからは黙々と歩き、エリア７についた。