【24】イヴの解剖(※)
内部は、透明な壁で仕切られていたが、明らかに手術室に見えた。硝子壁の外には、大勢の研究者達がいた。彼らの前で解剖するのかと思うと気が重い。時野達は、それから青い手術服を着せられ、ゴーグルを渡された。薄手のゴム製の手袋を填める。緊張してきた。手術台の上には、まるで生きているかのような女性が横たわっている。
「なぁ、一応手とか合わせるのか? 死んでるわけだし」
相の声に、縁と要が視線を向けた。
「うん、まぁ、そうする?」
どうでも良さそうに要が言う。すると早速縁が手を合わせた。慌てて時野も倣う。もう始めるのだろうか。心の準備がいっさい出来ていなかった。しかし手を合わせて黙祷を捧げた後、要が静かな声で宣言した。
「始めます」
要はじっくりと体を観察している。
「外傷はないね」
墜落したのに怪我はないのかと、時野は不思議な気持ちになった。
要は特に動揺していない。
そして迷う様子もなく、肛門に体温計を差し込んだ。見ているだけなのだが、時野は心臓が締め付けられる気がした。それを取り出した後は、要が腕に注射針を突き刺した。血液を採取している。それから、要はメスを手に取った。首の下に、まっすぐにそれを突き刺し、開腹していく。あまり見ていて気分は良くない。血が溢れている。目を細めた時野は、直後息を飲んだ。
「おい、これ……」
心臓が、動いていた。それだけではない。他の臓器も脈動している。
「生きてるのか?」
相が焦ったように声を上げた。すると要が、思案するように瞬きをする。
「別に問題はないよ」
「え」
さすがの縁も声を上げた。しかし、黙々と要は体内に手を突っ込んだ。その上、メスをすすめて、臓器を切り離していく。他の三人は動けなかった。摘出した臓器を、要が事務的にトレーに乗せていく。ポカンとして時野はその光景を凝視していた。無言が続く中、粘着質な水音だけが響いた。血液が何度も跳んだ。ただ、傍目から見ていても、出血量は少ないように思えた。要は、流れるような動作で、事を進めていく。
とても長い時間が経過したようにも、一瞬の出来事だったようにも思えた。終わったのだろうかと、要が手を止めたので時野は視線を向ける。だが、そうではなかった。要が細い電動のこぎりを手に取った。
「……おおお」
思わず時野は声を飲み込んだ。要が、何の躊躇もなく、女性の頭部にのこぎりを入れたのだ。骨が割れる音がする。はっきりいって気持ちが悪い。絶対に夢に出てくるだろう。何をするのだろうか。やはり脳をチェックするのだろうか。
しかしそれにしては、額に向かい垂直にのこぎりが入っている。それも、深々とだ。要が動かす角度を見て、時野は気づいた。レントゲンにあった、黒い部分。そこに沿うように、要はのこぎりを動かしていたのだ。
「へ?」
直後、ぱっくりと頭部が取れた。相が声を上げる。脳があるはずの場所は、確かに左側はそれらしきものがあるのだが、右側には、石膏のようなものが入っていたのだ。
取り出した要が、周囲の体液をぬぐう。すると円錐型の箱のようなものが現れた。
「縁さん、多分これから音楽が聞こえるから、よく聞いてて」
「は、はい……」
「相さん、ここからしっかりと見てて」
「おぅ……記憶して絵を描けばいいんだよな」
「うん。時野は」
「は? お、俺?」
「落ち着いてて」
要の言葉に、思わず時野は目を伏せた。確かに動揺していた。汗が滴っていて、全身が熱い。それから要が、手で、玩具を分解するかのように円錐の弧を描いている部分をパカリとあけた。中を見て、時野は目を見開いた。
そこには――小人がいたのだ。まるで十二単のような服を着ているが、掌サイズだった。黒く長い髪をしている。顔がはっきりと見えた。内部には、他に四角いモニターらしき物がある。小さな電子レンジのようなものもあった。大きな金色の球体もある。なんだ、これは? 明らかに機械的だ。人工物だ。ただ小人だけが生きていた。
小人の女性が口を開いた。同時に、音楽が流れ出した。確かにそれは、石室で聞いた音に近かった。しばらくすると、歌がやんだ。優しい音色だった。
要はその後、慎重にそれを水槽のようなものに入れた。別段水が入っているわけではない。蓋をし、その上に、黒い布をかける。
「終了です。お疲れ様」
響いた要の声に、時野は全身から力が抜けた気がした。